30:見惚れてしまう
★★★
あの後、ダンボールによって隠されていた謎の隠し扉を見つけた僕達は、その奥の下り階段から地下室へと到着したのであった。
「理世さん、背中が痛いんです。優しくさすってください」
「自業自得ね。助けられたのに助けようとしたかった罰よ」
だからってあんなすごい勢いで壁にぶつけなくても!
「手を抜いてくれたのは分かりますけど…………だってあの三人は気絶したのに僕は悶絶で済んだんですもん。それでもあれはやりすぎですよ……」
骨折れたんじゃないかな?
ゴスッ! って鈍い音が響いたし。
「やりすぎだったかもしれないけれど、あんなことをやってる暇もなかったのよ? それを分かってるのかしら」
「…………」
分かっている。
そんなの分かっている。
そんなことは重々承知しているのだ。
「僕は……」
「…………?」
「僕って今、案外焦っているのかもしれません」
時間がないから。今すぐにでもいつもの日常に戻りたいから。
だからこそ緊急時にはやらないような普段通りの行動をとってしまったのかもしれない。
自分を騙したくて。
今は普段通りの平穏な一日なんだと勘違いしたかったのかもしれない。
馬鹿だなぁ……僕は。そんなことしたって何も変わらないじゃないか。何一つ変わるわけないじゃないか。
僕はすうっと息を大きく吸い込み大きく吐いた。気持ちを落ち着かせ、気分を落ち着かせ、決意する。
なんとしてでもあの二人を救いだそう。
こんな支離滅裂な意味の分からない非日常をさっさと終わらせて、僕の大好きなみんなとの日常を、生徒会の放課後を取り戻そう。
そういえばあんなこともあった、と笑い合えるような思い出にしてやろう。
僕は言う。
「さっきはごめんなさい」
急に謝るなんて意外。と驚くような表情を浮かべる理世さん。
「ひどいですね理世さん、そんなびっくりした顔して。僕は悪いことしたのに謝らないような人間には見えないでしょう?」
「そうね、確かにそうは見えないわ。だって今まで変態に見えてたんだもの」
「ホントにひどい!」
「けれどね、今のあなたはとても素敵だと思うわ」
す、素敵……だと……?
理世さんが僕のことを素敵だと言ってくれた!?
「私はあなたが謝ったことに対して驚いたわけじゃないのよ? 今までただの変態だと思ってた人が、ここ一番の状況では大真面目なってそれがちょっとかっこよく見えちゃう。そんなギャップのせいかちょっとばかり見惚れてしまっただけよ。不覚ね」
彼女はそうやって静かに微笑んだ。今までのどんなときよりも穏やかで温かい笑みで、一生手の届かないであろう高嶺の花のような存在の理世さんに僕も思わず見惚れてしまう。
「それはお互い様ですね」
「え?」
「いつもはそう簡単に笑わないし、笑ったとしても愛想笑いだったり嘲笑の類だったりして、九割のお堅い心と性格を持ってるんだろうなって思いました。けど今のように気を緩めちゃった感じの、気を許してくれたような笑顔を浮かばせてそれがちょっと可愛く見えちゃって。いつもとのギャップにちょっとばかし見惚れてしまった。不覚です」
「あら、あなたこそひどいわねぇ。私は別にお堅くなんかないわよぉ」
「傍目からなら確かにそうですけど……それでも近くに居たんだからわかりますよ。それくらい」
「…………」
あんな風に理世さんが笑ったのも、きっと僕と同じようにいつもの日常を、生徒会での日常を求めていたんだろう。
もしかするとお堅い組織のお堅い任務にお堅い日常にストレスが溜まっていて、そんなストレスも僕達と過ごすことによって解消されていたのかもしれない。
今のはいい加減な憶測だけど、もし本当に僕達と一緒にいることで理世さんの助けになっているというのなら、それは素直に嬉しいな。
「さあ僕らの普通を取り返しに行きましょう」
「ええ、そうね」
僕らは地下室の厳重なセキュリティで守られた重厚な扉を、凛子さんの助力を得てなんとか突破し、ついに李星人の本拠地へと乗り込むのであった。




