3:絆深まる
四月十一日。
午後四時半。
「──桜庭君! 好きだ! だからデートをしよう!」
藍河先輩が生徒会室にて唐突に愛を叫び、デートの誘いをかけてきたが、僕は「まあ、いつものことだよね」とスルーして、来週の新入生歓迎行事をどんなものにするか考えていた。
「……桜庭君、断ってもいいから無視だけはやめてくれ。好きな人に無視されるのは、ないがしろにされる以上に傷つくんだ。なにせ、好きの反対は無関心と言うからね。嫌われている方がまだ希望がある、無視されたらもう絶望しかないんだから」
「あー、確かに分かります。それじゃあ、僕は用事があるのでデートには行けません」
「……バカ! 別にいいだろう、デートくらいしてくれたってさ! そんなんじゃモテないぞ? 嫌われちゃうぞ?」
「断っていいって言ったのは先輩じゃないですか」
「そ、それは言葉の綾ってやつだ! 本気で断っていいなんて誰も言ってない!」
「まあまあ、落ち着いてくださいよ。……そんなことよりも、陽菜ちゃんはまだ来ないんですかね? 生徒会に入るって言ってたのに」
「ああ……」
めっちゃ嫌そうな顔で藍河先輩が説明を始める。
「ほら正式な手続きがいるからな。私の署名付きのてきとうな紙を持たせて職員室に放り込んでやったよ」
「放り込んでねぇ……。喧嘩とかしなかったですよね?」「そりゃもちろん。それで『私のサインがなきゃ生徒会に入れないんだから、書いてくれたことに感謝しろ』って言ったら、『別に藍河先輩に感謝なんてしませんよ!』とあめ玉を幾つか投げつけられたよ。素直じゃないよなあの女も」
あめ玉ってお礼のつもりかな?
て言うか藍河先輩のことだから、サインなんて書かないという事態に陥ることも予測はしていたけれど、やっぱり藍河先輩は優しいんだな。先輩も先輩で素直じゃないよ、全く……。
「というわけで、桜庭君。あめ玉いる?」
藍河先輩が僕にあめ玉を差し出す。
「もらいましょう」
「……すまない。やっぱりあの女の持っていた物を君に食べさせたくはないな」
「…………」
そんなことを言って、自分の分と僕に差し出した分の二つを、自身の口の中に放り込む藍河先輩。とても美味しそうだった。
僕も食べたかったなぁ。
「──バッターン! ちーくん! ただいまー!」
と、ドアを開ける音と自前の効果音を合わせて、陽菜ちゃんが生徒会室にやって来た。帰ってきたの方が正しいのかな?
「おかえり、陽菜ちゃん。藍河先輩に聞いたんだけれど、生徒会に正式に所属することは認められたの?」
「うん、無事に認められたました〜! あのバカでアホな生徒会長の長ったらしい売り文句のお陰で助かったんだー」
「へぇ……」
「藍河先輩も全く素直じゃないよね。放課後に急に教室にやって来て、『こいつを持って職員室に行き、旨を伝えてこい。そうすれば生徒会に入れる』って……、それに『決してお前のためじゃない。こんな長ったらしい文章を書いたのはお前のためじゃないから勘違いするなよ!』だって。昨日の初対面のときはぐちぐちうるさくて、嫌な奴だと思ってたけど、結局優しくしてくれるんだから……ほんのちょっとだけ見直したかな……」
少し恥ずかしそうに、頬を赤くしながら陽菜ちゃんが言う。
なんだこの距離感は。百合の青春かい?
すると、藍河先輩が「はっ、気持ちの悪い手のひら返しだな」と両手を広げて言った。
そんな声を聞いた陽菜ちゃんが、わなわなと震えながら焦ったようにして、
「……ちょ、ちょっと居たんですか藍河先輩!」
それはもうめちゃくちゃ恥ずかしそうにしていた。そりゃ本人にあんなこと聞かれたらさすがに僕だって恥ずかしくなってくる。
そして藍河先輩は当然のように、
「……そりゃ居るだろう。生徒会長なんだから。つか、見えてなかったのか」
「さ、さっきは『もう気分が悪いから帰る』なんて言ってたじゃないですか」
「嘘に決まっているだろう、バカ」
「バカって……」
「バカだろうお前は。そういうことを本人の前で言うなんてバカらしすぎる」
「べ、別にバカなのは関係ないです! ちーくんの輝きに藍河先輩が霞んで見えただけです! 先輩なんてちーくんの前では、踏みつけられたフランスパンくらいの存在感しかないんですよ」
「あんなひょろ長いパンが踏まれて落ちてたら、中々存在感ありそうなんだが。とてもシュールな気がするんだが」
「む……確かに」
「やはりお前はバカだな」
「ムカッ!」
仲悪いのは確かなんだろうけど、二人のそれぞれの話を聞く限り全力で嫌っているというわけでもなさそうだな。よかったよ、本当に。やっぱり仲良くするのが一番だからね。
にしても町行く人々に好奇の視線を浴びせられる踏まれたフランスパンかー、シュールだなぁ。……言うほどシュールかな? 機会があればそんな瞬間を見てみたいものだよ。
──そんなこんなで今から三十分ほど言い合いが続いたのであった。
午後五時十分。
「くそ、今日はこの辺にしといてやる。偶然にも今日は用事があってな、人に会わねばならんのだ。明日は──土曜日だったな……。それじゃあ、月曜日にまた会おう! その時は貴様を完膚なきまでに叩きのめしてやろう」
「ええ、望むところです。果たして完膚なきまで叩きのめされるのはどちらなんでしょうねぇ? まあ、私が返り討ちにしちゃうのは確定ですよね」
「精々吠えているがいい」
それを最後に藍河先輩は生徒会室から出て、下校した。
誰に会うんだろうか。少し気になるなぁ。
「……藍河先輩は帰っちゃったけど、陽菜ちゃんはどうする? もう帰るの? それともまだ学校に居残るのかい?」
「んー、ちーくんと少しお喋りしてから帰ろかなー」
「そっか……それじゃ沖縄に居たときの話でもしてよ。僕ってまだまだ陽菜ちゃんについて分からないことがあるし、これから生徒会のメンバーとして絆を深めていくのは互いのことを知り合うのは大事だと思うからね」
「りょーかーい! ちーくんも私に教えてよね、今まであったこととかたくさんたくさーんね!」
「うん、もちろんだよ」
というわけでそれから一時間ほど生徒会室にて他愛のない話を続け、絆が深まった気がした。