26:抗果汁剤
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あの場は藍河先輩に任せて、僕と理世さんはなんとか窮地? を脱することができた。しばらくしたら李星人を全滅させ、悠々と帰還するであろう藍河先輩の身を案じる必要はない。
あれから僕達は感染を食い止める唯一の方法を知るという人物の元へと向かっていた。
「その方法を知ってる人ってどこにいるんですか?」
走りながら理世さんに問う。
「この町の骨董品屋よ。しょうもない古道具売買して生きてる頭のゆっるーい女ねぇ」
頭のゆっるーい女? この町の骨董品屋?
おいおい、それってまさか。
僕の住んでる町に骨董品屋は一つしかない。
二十代中盤戦に突入していて、表はゆるい人だけど裏で何考えてるのかよくわからない、ぶっちゃけモブキャラの如き存在感を意図的に醸し出していた……。
「もしかしてその人の名前って……信楽凛子、だったりします?」
感心するような表情を浮かべる理世さん。
「よく分かったわね、その通りよ。もしかしてあなたは独自に情報網を回していたりするわけなのかしら? 中々やるわねぇ」
全然、一ミリたりとも回してない。
「いえ、ただの知り合いですよ。……まさかあの人がこういうことに関わってるだなんて……正直驚きました」
まじでびっくりどっきりの驚愕ものだ。
「そこまで驚いてる風には見えないわねぇ」
「まあ、心の底ではそこまで衝撃的なサプライズとは思ってないのかもしれません。だってあの人は元々裏で何考えてるのか何やってるのかよく分からない人だったし、色々とはぐらかすことが多かったりするんです。実は世界を救うために裏組織で人類の救済方法を試行錯誤してました──なんて言われてもおかしくない気がしますね」
「私も凛子から、実はパラレルワールドからやって来た三國志の武将のお嫁さんなんて言われても信じるかもしれないわ」
「何故三國志の武将のお嫁さん」
「なによ、三國志の武将のお嫁さんかっこいいじゃない。戦う夫のサポート──つまり裏方に徹するという女の役目を真っ向から否定して、前線で大軍を華麗に凪ぎ払うのよ? 時には強力な武将を相手に全く互角の戦いを繰り広げ、最終的には勝利する」
「三國無双?」
「そうよ、憧れるわね。リアルでそれを体現した人物が居るなんて」
「それゲームですから! ノンフィクションじゃないですから! リアルで一人っきりで前線に出て、強い武将を含めた大軍を全滅させるお嫁さんなんて居ませんから!」
それから少しして骨董品屋へ到着。扉を開くといつものようにカランカランと鐘の音が鳴った。
「いらっしゃーませー」
どうにもやる気のない声で迎えられた。
ずかずかと堂々と入らせてもらおう。
「こんにちは、凛子さん」
「あれ、なんだ桜庭ジュニアか、確かに愛知さんに似た面影がある」
愛知。桜庭愛知は僕の父だ。
「年のわりに老けた父に似てるなんて言われると傷付きますね。まるで僕がおっさんみたいな言い様じゃないですか」
「違う違うちがうよー、今じゃなくて愛知さんの若い頃の話さ。あの頃の愛知さんは幼稚園児の私から見てもとびっきりのフレッシュ爆発の爽やかなイケメンだった。それに似てるって言うんだから、大層な誉め言葉とは思わない?」
「まっ、言葉で伝えられてもどんなイケメンだったのか分かりませんし」
そう言うと、凛子さんが頬杖をつきながらビシッと僕を指差した。
「それで後ろの子は? 浮気?」
「浮気も何も先日一緒に来た女の子はただの生徒会での先輩で彼女とかじゃないですからね」
僕は釈明をすると後ろに居た理世さんが前に出た。
「私よ、凛子」
「……リリス? いや今は須川理世か。て言うか桜庭ジュニアよ、こいつと二人で来たってことは君は宇宙機関銀河連邦の一員だったりするのだろうか? だとするなら私は君とのこれからの接し方をもう少し考えていかなければならないわけなんだけれど」
「いや、僕は別にそんな変な組織に属してないです。フリーですよ」
「ああ、そう。それならいいんだ。……ふぅ、勝手なことを言わせてもらうけど、私はあまり出番が欲しくないというか出演料はいらないから出演時間短くしてくれなんてことを言う俳優気質があってだな」
「なんなんですかその気質。なんのために俳優やってんのか分からない気質ですよ」
「とにかく私はあまり前線に出るタイプじゃなくて、三國志の武将のお嫁さんみたいにサポートタイプなんだ。裏方に徹する生き方なんだよ」
「理世さんとは逆なんですね」
「……とにかくだ、用件はなんなんだい? どこの組織にも属していないと言っても、こいつと一緒ということはそれなりの用事があるんだろう?」
お見通しということだろうか。そんな風に見せるのが上手い人だ。
どんなことだって、なんでも知っているように見せるのが上手い人だ。
僕と理世さんは、放課後に現れた李星人について、今陽菜ちゃんや藍河先輩が置かれている状況について、今日の出来事をあらまし語った。できるだけ簡潔に。
「ふうん……つまりその夕崎陽菜という女の子の感染を止め、李星人の侵攻を食い止めたいわけだ。にしても李星人の戦闘能力は確かに低いし、技術的な面でも経済的な面でも宇宙で最下位を争うような低レベルな宇宙人ではあるけれど、それでも彼らの侵入を許し、侵攻を許すなんておかしい気がするね。機関の人間が誰一人として動かないなんて──ああ、リリスだけは動いていたか、なんにせよ地球にはいくつもの機関連邦があるはずなのにこうも簡単に攻め込まれるなんて、しかも無警戒に無対策に。何か裏がありそうだ」
……確かにそうだよね。そもそも陽菜ちゃんの所属する『秘密機関魔法連邦』や理世さんの所属する『宇宙機関銀河連邦』は、その存在を一般人には知られていけないはずで、非現実的な存在を真っ先に隠したり、非現実的な事件を真っ先に抹消したりする組織だ。
そんなグループが、藍河先輩という一般人を捕らえようとする宇宙人を──もしかすると藍河先輩以外の一般人も狙っているかもしれない宇宙人を放っておくはずがない。そんなことをすれば非現実的な存在を知られてしまうから。
「けど、今は関係ない」
僕が助けたいのは陽菜ちゃんだけだ。もし危険な状態にあるなら藍河先輩も助ける。
今のところ、僕の目的はそれだけだ。
「そうだな、桜庭ジュニアには関係ないことだ。それは私やリリス、組織の役目だ」
うんうん、と自分の言葉に相槌をつく凛子さん。
「少し待ってて」
と、凛子さんは店の奥へと消えていった。
しばらくして透明なポリ袋を携えて戻ってきた。
「ほいよ」
「うわっ」
危ない! 急に投げてくるから落としそうになった!
凛子さんが僕に放ってきたポリ袋に入っていたのは、プラスチックケースに丁寧に納められた四錠の錠剤だった。
「それ一錠飲むだけで、果汁の体内への浸透を停滞させることができる。効果は数時間だけれどね」
「それじゃ意味がないですよ!」
「応急処置だからね、体内のSウイルスを死滅させる抗果汁剤は調合に時間がかかるんだよ、だからとりあえずはこいつで時間稼ぎだ。早めに飲ませてやるんだぞ? 症状が進行してからじゃ、効果がなくなるからな。後、注意点が一つ」
「なんですか?」
「そいつの服用後、再度果汁に接触した場合、感染は一気に進む。それは尋常ではない異常なスピードで」
僕はゴクリと唾を飲んだ。
「この薬はね、身体の機能の一部を一時的に強制停止させるという代物でね。果汁の浸透も一緒に停止させることができる。けれど、あくまでその場しのぎにすぎない。新しく入ってきた果汁には対応できないし、身体の機能を停止させてる以上、その果汁が身体中に行き渡るのを細胞が阻止できなくなる。薬を飲む前より抵抗力がなくなるのさ」
そう説明してくれた凛子さん、陽菜ちゃんが心配だ。
早く生徒会室に戻って彼女に薬を飲ませなければならないが、そう簡単にはいくまい。もしかすると李星人に連れ去られてしまっている可能性もある。
そこは藍河先輩がどうにか対処してくれていると助かるのだけど。
「それじゃ頑張ってね」
凛子さんが片手をあげてフリフリとした。
「ありがとうございます」
軽く頭を下げる僕。
「それじゃあね、凛子」
「リリスこそ元気で、もう来るなよ」
二人共、互いに別れを告げる。
パタパタとフリフリと手を振り続ける凛子さんを背に、僕らは生徒会室へと戻るのであった。




