24:犠牲を払い
今にも李へと変貌してしまうやもしれぬ陽菜ちゃん。
僕は……なんと言えばいいか分からなかった。
大丈夫だよ、きっと助かる。だなんて無責任なことは言えない。
元気を出して。なんてテンプレートな台詞を言ったところで元気が出るはずもない。
目の前で涙を流す幼馴染みはもうすぐ人間ですらなくなる。
繁殖だけを目当てに世界をさ迷う李星人へと変わり果てる。
「陽菜ちゃん、聞きなさい。まだ諦めたら駄目よ」
陽菜ちゃんのことを思ってのことだったのか、それとも本当のことなのか分からないが、もし果汁からの感染の対処法があるとするならば聞くしかない。
「おい、こいつの感染を……李星人化を食い止める方法があるのか?」
「……だ、だったらすぐにでも教えてください!」
「私も今すぐに教えてあげたいけど、その方法が分からないのよ」
「それじゃあ……」
「私が分からない、というだけよ。当てはある」
チラリと陽菜ちゃんを見ると、泣き止んだ……というわけではないが、目の前の希望にすがり付こうとする意志がひしひしと伝わってきた。
助かりたい。そんな思いが分かる。
「リリス……私はどうしたらいいの?」
「どうしたらいいかなんて一つに決まってるわ」
「…………?」
「諦めないで」
「……分かった」
陽菜ちゃんはごしごしと目元に溜まった涙を拭って立ち上がる。
「で、これからどうしたらいいんだ?」
藍河先輩が理世さんに尋ねる。
「それは──」
その瞬間生徒会室の扉がガラッと勢いよく開き、理世さんの話がまたまた中断させられた。
「……今度は何かしら──」
そしてそれは生徒会室に一気になだれ込んできた。
何十体もの李星人が。
「くっ、みんな下がりなさい!」
理世さんがみんなに指示を送る。
基本的にこいつらとは戦えない、むやみやたらに攻撃したら飛び散る果汁が体にかかってしまうからだ。
僕らはあっという間に壁際に追い込まれた。
「聞いて!」
陽菜ちゃんが叫んだ。
「ここは私が引き受けるから行って!」
「何言ってるんだ陽菜ちゃん! 君を置いて逃げるなんてできるわけないじゃないか!」
「そうよ、それに今のあなたは……」
「それでもよ」
陽菜ちゃんが前へと買って出る。
「私は既に感染してるから……だから、こいつらを抑えるのは適任だよ。そんなの分かってるでしょ」
ぐずぐず迷っている僕らを彼女は急き立てる。
「早く!」
その瞬間、僕は陽菜ちゃんを置いていくという覚悟を決める暇もなく、体が宙に浮く超常現象に見舞われる。
これは、理世さんのサイコキネシス!?
「え! なんだこれ」
「陽菜ちゃん……任せたわよ」
「うん、任された」
理世さんが割れた窓の方を振り向き、陽菜ちゃんを後ろ目に言った。
「どうせこれから無様にやられるのだろうが──」
「ムッ……」
「──準備を整えたらさっさと助けに来てやる、だから安心しろ」
「…………ふん、期待せずに待ってるよ」
藍河先輩も陽菜ちゃんに声をかける。
「行くわよ!」
バッと理世さんがガラスの割れた窓から身を投げ出した。
「ちょっと待って! 陽菜ちゃんが!」
すると陽菜ちゃんが今にも消え入りそうな儚い笑みを僕へと向けた。
そして、同じく僕の体も外へと投げ出される。
「う、うわああああああああああ!!」
三回からの落下。地面に激突する直前に勢いは一気に失われ、階段の一段目からジャンプした程度の衝撃が体を襲った。
理世さんは……なんか普通に着地していた。スタッ、って感じで。
少しして藍河先輩も窓枠を飛び越えて、上手い具合に受け身をとって着地した。確かにこのスペックの人間を手に入れたくなるのも分かる気がする。にしても、二人のスカートが全くめくれなかったのはどうしてなのだろうか。
……今は、そんなことより、
「陽菜ちゃんを、陽菜ちゃんを助けに行かなきゃ!」
すぐに生徒会室に戻ろうとした僕の腕を掴んだのは藍河先輩だった。
「何するんですか、離してください」
「今行くべき場所はあそこじゃないだろう」
「でも……でも……」
「今やるべきことは助けに行くことじゃない。一刻も早く感染への対策を見つけて、あいつが無惨な姿に変わり果てる前に救いを与えることだ」
僕だって……そんなの分かってるけど。
「大丈夫だ、あいつらの目的はあくまで繁殖だ。殺されるなんてことはないはず……そうだろう?」
「ええ、そうね。李星人が異星人を攻撃する理由は自分達の仲間にするという目的以外には何もないわ」
「分かったのなら行くぞ、こんなところで道草食っている場合じゃない」
「……分かりました」




