23:ギャグのような敵だけどシリアスな敵らしい
なんだこれ……なんだこれ……
李星人。
一体何者なのか。
何故藍河先輩を狙うのか。
それは今から明かされる。
「どこからどうみても李だが……いやどちらかと言うと白桃だが」
「白っぽいですもんね」
藍河先輩が頭を砕かれ力尽きた李星人の傍に寄りしゃがみこんだ。どうやら殺人事件の捜査の如く、李星人の体を調べようとしているみたいだ。
「やめなさい!」
藍河先輩が果汁を撒き散らしたその体に触れようとしたとき、理世さんが柄にもなく声を荒げた。
先輩も思わずビクリと体を震わせて理世さんの方へ恐る恐る顔を向ける。
「なんだ急に……びっくりさせるな」
「そいつに触れてはいけないわ。特に果汁に触れたりなんかしたら、身体中が腫れて弾けて死んでしまうから」
「そ、それを先に言え! 危うく全身が弾けるところだったわ!」
「ごめんなさい、嘘よ」
「なんでやねん!」
「死にはしないわ」
「じゃあ弾けるのか……」
全身弾けたら普通死ぬでしょ。
「そんなことよりリリス、この李星人について話してよ。私、機関から何も聞いてないの」
「まあ前回の封印の書騒動のお陰でランクが下がって、今じゃ雑用係だものねぇ」
「ムカッ」
「いいわ、話すとしましょう。李星人の野望について」
理世さんが言う。
「それは遥か遠い昔、今から二年前のことよ」
全然遥か遠くなかった。
「私の属する宇宙機関銀河連邦の戦艦に異星人が襲撃を仕掛けてきたの。襲ってきた異星人ってのが李星人なんだけど、その時点では特に脅威ではなくて乗り込んできた李星人達はすぐに一掃されたわ。むしろ脅威は果汁が戦艦の至るところに飛び散ったということね、掃除にはとても手間取ったらしいわ。そのとき私は任務があって不在だったから詳しいことは知らないけどね」
「あー、想像つきますねー」
戦艦と言うくらいだし、その広さは東京ドーム程度は余裕にあるのだろう。
その至るところに果汁が溢れたというのだから、拭くのはとても大変だと思う。べたつきもどうにかしないといけないし。
甘いジュースを溢したときを思い出す。ジュースの水溜まりができて大変だったなぁ。
「戦艦中の大掃除が終わって一日も経たなかったときらしいわ。果汁による症状が出たのわね」
「症状? 症状とはなんなのだ?」
「頭が腫れて桃のようになることよ」
「え?」
「え?」
「え?」
全員が同様の反応を示した。僕も含めて反応が被るとは思わなかった。
「桃のようにって、あれみたいにですか?」
僕は死んだ(のかもしれない)李星人を指差して言った。
「その通りよ」
真剣な表情で……理世さんは頷く。
「あいつらに傷を負わされた者、戦闘で飛び散った果汁が体にかかった者、掃除の際に果汁に触れてしまった者は皆──李星人に変わってしまったわ」
衝撃の事実である。
そんなのまるでウイルスだ。ゾンビだ。
果汁が体に付着すれば桃に成り果ててしまう。
噛まれたらゾンビになる以上に理不尽だ!
「そんな……嘘でしょ……」
陽菜ちゃんも思わずびっくりしているようだ。
「害悪な異星人よね。……奴等に知能はない、ただ個体を増やすために、種の繁栄のためだけに行動している」
ゾンビ以上に怖い。
「あいつら、繁殖力は高いけど戦闘力はほとんど皆無なのよね。でも、そんな李星人が目をつけたのは……藍ちゃん、あなたよ」
「ん、私?」
「……あなたは頭脳明晰で運動神経抜群の優等生──なんて枠じゃ到底収まりきらないような人間よ。……言い方は悪くなるけど、完璧超人なんて人間のレベルでは表現しきれないわ、最早化物よ」
「そんな言い方……!」
僕は思わず、反射的にその口を開こうとしていた。
だが藍河先輩が僕の口を自身の手を使って塞いだ。
「間違ってはいないさ。そうよばれたことがないわけじゃない」
ばつが悪そうに理世さんはごめんなさい。
「ごめんなさい……でもね、李星人はそんなあなたを求めている。果汁から感染して李星人に成った場合、そのスペックは基の素材に依存するわ。だからこそ、あなたのような並の天才を越えた、まるで天災のような天才を狙っている」
「つまりこういうことだな」
藍河先輩はニヤリと笑う。
「迫り来る李星人の撃退。それが今回の任務なわけだ」
「……ええ、まあそうなるわね」
「いいだろう。この私の神をも匹敵する力のせいで奴等が襲ってくるなら、自分自身で片を付けてやる」
だったら僕も……。
「僕も手伝いますよ、藍河先輩」
「桜庭君……」
「同じ生徒会のメンバーですからね。いつもいっぱい迷惑はかけられてますけど、藍河先輩が居なくなったら困りますからね。これからも一緒に頑張ってもらうためにもやりますよ」
「ふっ、こんなときに愛の告白か。悪くない」
「いや違いますからね!?」
「おい、夕崎」
藍河先輩がクルクルと回転した後、肩を組む感じで陽菜ちゃんに話しかける。
「何青い顔をしている、テンション下げてる暇などないぞ。もちろん生徒会のメンバーとしてお前にも手伝ってもらうんだからな。ヘルプミーだ。頼りにするからしっかりと働ら──」
「──さわらないで!」
ドン! と、藍河先輩が勢いよく突き飛ばされた。先輩が大きく尻餅をつく。
「いたた、急に何をする。そんなに私を助けるのが嫌なのか! 互いに好きとは決して言えない関係とはいえさすがにショックだぞ!」
藍河先輩がそう言うと陽菜ちゃんは急に膝から崩れ落ち、その瞳に涙を溜め……やがてぼろぼろと零れ落ちた。
「私だって助けたいよ……。けど、どうしたらいいの……どうしたらいいの? どうすればいいか分かんないよ……!」
嗚咽を上げる彼女がなんとか絞り出したような声を聞きながら、僕は確かに見た。陽菜ちゃんの左手の甲に涙ではない……若干の濁りがある液体を。
「まさか……陽菜ちゃん……果汁を……」
「私……嫌だよ……あんな風になりたくないよぉ……」
「夕崎……お前……」
僕達は泣きじゃくる陽菜ちゃんをただ見ていることしかできなかった。




