19:桜庭君の一日 [3]
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それから何事もなく学校へ到着し、教室へと向かった僕は、あることを忘れていた。
「──あらぁ遅かったのねぇ、さくらん」
「さくらんてなんなんですかリリス……理世さん」
そう新たに転入してきたクラスメートの須川理世ことリリスだ。
彼女は教室の扉を開いた僕の前に、ドン! と、仁王立ちしていた。
「ふふふ、私から愛と親しみを込めたニックネームのプレゼントよ」
ざわざわ。ざわざわ。
周りがざわつく。特に愛というワードに関しては敏感に反応している。
「後、私のことは理世って呼び捨てでいいのよ? 私とさくらんの仲じゃない」
ざわざわざわざわ。ざわざわざわざわ。
一気に波紋が広がる。
私とさくらんの仲、というワードをどうやら変な意味で勘違いしている人が多数居るらしい。
だって妙に殺気立ってる人多すぎない?
「いや、その……」
どうすればいい?
男子との確執を作りたくない僕は……ここは知らんぷり、もしくは、実は昔からの知り合いですアピールでもして不純な関係ないことを証明すべきか……。
…………昔からの知り合いってフラグじゃない? むしろ怪しまれそう……。
知らんぷりは知らんぷりで、親しいが故の幼馴染み的反応だと思われるかもしれない!
この学校にはなんで僕の平穏な人生を脅かすような人しか居ないんだ!
「まさか須川さんと桜庭って」
「ん、んなわけあるか……そんなはずは……」
「そうだ、俺達の須川さんがそんなわけ、ないよな……?」
「きゃー、理世ちゃんと桜庭君ってかなり進んだ関係だったのね」
「姉と弟の禁断の関係だなんて……ハァハァ……」
「幼馴染みとの恋……これはいい漫画書けそうね」
「桜庭君ちょっといいかなって思ってたけど彼女居るのかー……」
男子と女子がそれぞれ勝手な想像妄想をしている!
早くなんとかしないと大変だ!
ていうか禁断の関係言うてるやつは誰やねん。僕と理世さんは姉弟じゃない!
ここは思いきって、理世さんに「誰だお前は、僕はお前なんか知らない。いきなり話しかけるな」、と軽く拒絶でもしておくべきか。
だがそれは諸刃の剣だ。
男子からはこんな美人になんてことを言うんだと怒り狂い、女子は僕のことをひどい男だと一切の関わりを断つだろう。
それに……理世さんという美人との関係を失うのは避けたいのだ!
「…………理世さん……もう気を遣わなくたっていいです……。僕はあなたに告白してフラれた。ただそれだけの事実があるだけです……」
「……ん? 何言ってるのよあなた」
キタアアアアアアアア!
これだ! これが起死回生のベストアンサーだ!
男子からはお前は頑張ったと誉め称えられ、女子からは彼女いないなら狙っちゃおと思われ、理世さんには後からジョークのつもりだったと言えば、今と変わらぬ関係性を保てるはず。
「なんだあいつフラれてたのか」
「俺達の須川さん……よかった……」
「とは言え、抜け駆けしようとしてたんだぜ?」
「だな、後でシメておくべきだ」
「なんだ理世ちゃんと桜庭君って進むも何も始まってすらいない関係だったのね」
「なんだ幼馴染みじゃなかったのね……アイデア飛んだわ」
「ハァハァハァハァ……はっ! フラれたけど納得できず、そして我慢できずに自宅で姉を襲う弟! ハァハァ」
「桜庭君いいって思ってたけど急にどうでもよくなっちゃった」
周囲から聞こえる僅かな声が想像と全く違う。
なんでこうなった。
後、禁断の関係ちゃん……変な妄想を繰り広げるのやめて。やめて。
「まあ、後で説明しますね」
僕が耳元で囁くと、
「は、はあ……」
意味分かんないわね──と言いたそうな顔をする理世さん。
そしてスピーカーからチャイムの音が教室に鳴り響いた。




