18:桜庭君の一日 [2]
数分歩いたところで、やはりもう少し急いだ方がいいと思い、走り出そうとしたときだった。
背面からの逆光から感じる僅かな暖かみが途絶えた。
大きな入道雲がテカテカ太陽を隠したわけじゃないのは分かる──これは!
そうなのだ。
そうだったのだ。
去年までは……朝っぱらから相手にするのは藍河先輩だけでよかったんだ。
けど、今年からは……新たなる朝の侵略者が出現した。
「……ッッ!!」
僕の前方斜め下!
僕のでない影が見える!
「ちーくーーん!!!」
「やはりか!」
速攻で横回避。僕はごろりと地面を転がり、陽菜ちゃんからの熱い抱擁を避けた。
間一髪……。
か、影が見えてなかったら僕の学園生活は超地獄になってた……。
「避けないでよちーくん!」
「陽菜ちゃんこそ僕のスクールライフから苦痛以外の全てを削る気か!」
「そんなわけないよ! むしろちーくんの高校生活の幸福以外を削り取っちゃうんだから!」
「それはありえない!」
だって陽菜ちゃんは今年の一年期待の新星と呼ばれているくらいだ(学園のアイドルとして男子生徒の中ではもっぱらの噂だ)。
来年、藍河先輩が卒業した後は美人生徒会長の座を継ぐ可能性もあり──ていうか、そのうち藍河先輩並の人気を得るであろう陽菜ちゃんとラブラブな登校してたら、それもまた僕が男子の輪から排除される可能性が出てくるのだ。
こんなところで青春をふいにしてしまいたくはない!
「むー、まあ、そんなことより一緒に学校に行こ!」
「ごめん、ちょっと用事があって」
「じゃあ私もついてくよ!」
「こ、これはとてつもなく大事な会合で関係者以外は立ち寄れないんだよ!」
「それなら近くで待ってる!」
「…………」
「それじゃあ、行こっか!」
僕はバッグから市販の幼児用水鉄砲を取り出した。
「何それ……水鉄砲? なんでそんなものを──きゃっ!」
そして引き金を引き、陽菜ちゃんへ中身をかけてやった。
陽菜ちゃんの顔をねっとりとしたものを。
「もうー、ちーくんたら急にどうしたああああって臭ああああああああああ!」
水鉄砲の小さなタンクに補充されてあるものは……水道水でも天然水でもない……特製くさや汁だ。
「何これええええええええ、ネバネバしててとれないよぉ! ──げほっげほっ……く、くさっ……」
藍河先輩みたいに気絶とはいかないだろうが、時間稼ぎくらいはできるだろう。
「うぅ……ちーくんひどいよぉ……」
地べたにへたりこみ若干の涙を瞳からこぼし──ちょっとやり過ぎたかな……と僕は思ったので、
「今度なんだって言うこと聞くから泣かないで!」
「え、ホント!?」
「うん! そ、それじゃあ!」
「ちょ、ちょっと待ってちーくん!」
そして僕は学校へと走り出す。
後から気付いたが『なんでも言うこと聞くから』なんて言わなきゃよかったと思った。絶対……それなりにキツイことを命令されるに決まってる!




