17:桜庭君の一日
私情をお絵帰ってきました
四月二十八日。
僕の一日。
自宅二階の自室で目が覚めた僕は、まず部屋の窓にかかるカーテンをほんの少しだけ開け、外に誰かいないかを確かめる。
これは必要なことだ。
もし確認を怠り、外に藍河先輩が待ち伏せていたとして、なんの準備も対策も練らずに家を出ようものなら…………無理矢理に恋人繋ぎで手を繋がれ、第三者からすれば超ラブラブなカップルに見えてしまうダイナミックな登校方法をさせられることだろう。
男子生徒に人気な藍河先輩の彼氏が、イケメンでもブサイクでもなくなんの特徴もない素朴な風味をかます顔した僕なんかと思われたら、僕は男子の輪の中で生きられなくなる。
後、彼女いるなんて思われたら可愛い子から好意をもらえなくなるだろ!
「今日は……居ないみたいだな……」
安心したわけではない。
窓からは見えない死角に隠れている可能性も十分にあるから。
まだ一度もそんな状況になったことがないけど、僕の家に既に息を殺し潜んでいるやもしれぬ。いやはや、恐ろしい。
「顔洗うか」
そして僕は一階の洗面所ですぐに洗顔。制服に着替え、教科書をバッグに詰め、トースターで焼き上げた食パンを食べ終え、トイレへ向かう。
ちなみに道中に藍河先輩が現れることはなかった。
陽菜ちゃんに化けてやって来たあの泥棒の件もあるし、藍河先輩程度なら楽に不法侵入してきそうなものだったが。
それにしてもトイレの位置はいい位置である。
玄関とは真反対の位置。これは良きこと。
トイレの小窓から抜ければ、仮に玄関前で待ち伏せされていようとも無視して行くことが可能だからだ。
念のためにくさやの入ったカプセル──これは僕の作った『特製くさや玉』で、引っ付いている紐を引っ張るとカプセルが開き、辺りにくさやの独特で強烈な臭気を充満させる(ちなみに藍河先輩はくさやの臭いが大嫌いで、その臭気が鼻をくすぐるだけで藍河先輩は気絶してしまうという苦手っぷり)という効果を持つ優れものだ。
自宅が若干臭くなるのは仕方あるまい。
僕は小窓を開き、小さな穴から体を無理矢理通して家の外へと抜け出た。
「おっハロー桜庭君、今日もいい天気だな」
「ぎょっ!」
裏からの登校がバレた?!
そんなアホな……。
「こらこら、家に戻ろうとするな桜庭君。窓にはまるぞ」
「離して離して、手を離して! 僕をお家に帰して! あっ、待ってやっぱり離さないで!」
今手を離されたら頭から便器の中にダイビングしちゃう!
藍河先輩が、小窓から家に帰還しようとしている僕の足を掴んで引っ張っる。ホラー映画みたいだ。
それにしてもいきなりこんなことになるとは思わなかった……仕方がない、こうなったらあれしかない。
「…………」
「ん……やっと無駄な抵抗だと気付いたか」
「…………」
「はっ……それとも私と手を繋いでラブラブしながら一緒に登校したくなったのか!」
「…………」
「それならそうと言ってくれればちゃんと玄関前で待っててあげたのに……」
それはいつものことじゃないか。
「…………」
「桜庭君、いい加減何か喋ってくれよ」
「…………」
「なんでバッグの中を漁っているんだ? …………うわ、なんだその紐付きカプセルは……なんか汚いものが入っている気がするんだが」
「えい」
「うにゅ……急になんのつもりだ桜庭くあああああああああああああああああはまばはまひまはまばばばばばばばびばばばばばばびああああああああああああああ!!」
特製くさや玉の紐を引っ張って臭いを拡散させるのではなく、カプセルを直接捻って開けて中身ごと顔面に押し付ける。カプセル内部に集約された高密度に圧縮された臭いは藍河先輩にとってはかつてない刺激だろう。
あの人にとってはこれ以上ないというほど非道で外道な行動に出た僕だけど……きっと許してくれるよね。
「ごめんなさい藍河先輩、それじゃあまた」
僕の平和な隠れハーレム学園生活のためだ。すまない!
浜辺に打ち上げられた魚のように、ピクピクと痙攣している藍河先輩の顔を拭いてあげた後、「こっちに藍河先輩が居たから玄関方面は安全だな」と、僕は表へ向かった。
「今何時だろ」
僕はポケットからスマホを取り出して時間確認。
画面に表示された数字が表すのは七時五十分。
「藍河先輩を早くに撃退できたのが大きかったな」
さてと、ゆっくり歩いてもなんとか間に合う時間だが、藍河先輩の目覚めが早いと追い付かれる可能性がある。すこし早歩きで登校するとしような。
僕はいそいそと学校へと足を動かし始めた。




