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少年は夏の始まりを予感する

 スピーカーから雑音が漏れ、次の瞬間に録音されたチャイムの音が鳴る。その音とともに、鉛筆を投げ出す音や紙をめくる音、現実を突きつけられた者の嘆き声、束縛から解放された者の歓喜の声が小さな教室で交じり合う。

 先生の合図とともに、みな答案用紙を後ろから前に送る。そこでも、人の答えを目にした者の歓喜の声、嘆き声があちこちから聞こえてくる。

 そんな様子を漫然と見ていると、後ろから答案用紙が送られてくる。僕は人の答案用紙を見ることなく、自分の答案を上に重ね、前に送る。前の人が僕の答案を見、顔を歪める。それが、間違いに気がつき落ち込んでいるのか、僕と同じ答えで心配になっているのか、どちらかは分からなかった。僕の成績は可もなく不可もないものだったから、どっちの可能性も考えられた。

 僕は、なんとなく窓の外を見る。窓際の席になってから、ことあるごとに空を見るようになっていた。空を見れば、季節ぐらい分かる。ある日ある人がそう言っていたのを思い出したのも、理由の一つだ。空は青く澄み渡り、雲はモクモクと巨大な一塊となって空に浮かんでいた。こんな空だったときに、あの人が口にした言葉が自然と漏れる。

「もう、夏なんだなあ。」


 テストの答案用紙の回収が終わると、教室が騒がしくなる。期末テストも終わると、みな、テストの結果なんかお構いなしに、次にくるイベントを実感し始める。

そう。夏休みだ。みな、どこかに出かけるとか、部活の試合がどうとか、そんな話で盛り上がっている。

「なあ、深谷みたには何するんだ?やっぱり、これか?」

 一人でボーとしていると、友人が声をかけてきた。学年が上がり、折角仲良くなった友人と離れ離れになった後、初めてできた友人だ。その友人は、両手の指で机の上を叩いている。

「ピアノなんかしないよ。」

「知ってるわ!ネット世界で遊ぶのかって聞いてんだよ。」

「僕って、そんなイメージかな?」

 僕がそう尋ねると、友人は少しうねり声を上げた後、口を開く。

「まあ、長期休暇に、あれもしよう、これもしようと言っているイメージじゃないな。課題はとっとと終わらせ、あとは何しよう、って悩んで結局何もしなさそうなタイプだな。」

「君は、随分と失礼なやつだな。」

「おっ、もしかして、図星か?」

 すると、友人は別の友人に声をかけられ、僕の席の側を離れる。僕は、その背中を見送る。僕は、ポツリとつぶやく。

「図星でございますよ。」

 このつぶやきは、夏休みを前にしたこの教室の喧騒の中では、きっと誰にも聞かれなかっただろう。ホームルームが終われば、今日は帰れる。とりあえず、試験も終わったことだし、ゆっくり休もう。

「何が図星なんだ?」

 僕は、声が飛んできた方を見る。声は机と同じ高さから聞こえてきたので、そのあたりを見る。そこには、後ろ髪だけ異様に伸ばした男子が机から顔だけ出していた。その目は、まっすぐ僕を見ている。どうやら、本当に僕に問いかけたらしい。

深谷渉みたに わたるって、おまえだよね?」

「はあ。」

 しらを切っても、どうせバレる。というか、この場合、しらを切る必要はない。

「『はあ』ってことは、イエスだな。ちょっと話があるんだけど。このあとさ、図書室に来てくれよ。いいか。絶対に来てくれ。来なかったら、世界は救われない。」

 机の上に両腕を乗せ、その上に自分の顔を乗せていた男子は、立ち上がると、僕の返答を待つことなく、そのまま教室を出ていった。

「世界が救われないってなんなんだ?」

 誰もが抱きそうな疑問を僕も抱く。そして、すぐに帰れなくなったことを少し残念に思った。



 ホームルームが終わり、みんな荷物の整理をしながら、あの答えはそうだったのか、やばい、それが違うとそのあと全部違うじゃんか、とか、そんな話が飛び交っていた。僕はそんな会話の間をすり抜け、教室を出る。他の教室はまだホームルームをしているのか、廊下には誰もいなかった。僕は、まっすぐ図書室に向かう。

 なぜ、見知らぬ男子の言うことを聞いて図書館に向かっているのか。別に世界を救うという話を信じたわけではない。ただ、僕という人間は、人の頼みを断るのができなかった。たとえ、それがどんなに無意味で不利益を被ることになると分かっていたとしてもだ。

 図書室に入ると、涼しい、いや、冷たい風がまっすぐ僕の顔を打つ。ちょうど、冷房の風が入口に向かって吹いているようだ。図書室は夏になると涼しくなり、人気のスポットのひとつになるのだが、流石に試験が終わったばかりの図書室に生徒はいなかった。おそらく、このあともそんなに人は来ないだろう。

 そう思った瞬間、後ろの扉が開き、生徒が一人入ってくる。僕の身長よりも少し高いくらいの女子だった。僕は、その女子の整った顔立ちに気がつき、なんとなく気恥ずかしくなる。

 その女子は、僕の側を通り過ぎ、少し歩いた後、ゆっくり振り返る。僕は心臓がドクンと大きく打ち、脈が速くなったのを感じた。そんなことはありえないだろう。そう言い聞かせようとした途端、その女子が様子を伺うようにして、僕の方にゆっくり近づいていくる。

(こ、これは、もしかすると、もしかするんじゃないか――)

「君、第一印象あんまりよくないよ。」

 僕はその一言に凍りつく。さっきまでフル稼働していた心臓も、一気に動きを緩める。初対面の人、しかも女子にこんなこと言われることが、いかに衝撃的かということを実感することができた。

 確かに、僕は成績もそんなに良くないし、運動だってイマイチだ。顔なんて、もっと自信がない。けど、それにしても、初対面の人にそこまで言うなんてひどいじゃないか。

「そうね。確かに、言い過ぎたかも。ごめんなさい。」

 目の前の女子はそう言うと、軽く頭を下げた。そんなに悪い人じゃないのかも。そう思ったとき、自分は結構単純な思考回路をしているんだなと実感した。

「おお!早いな。楓はいつものことだが、ワタル君は優秀なんだな。これは、我ながらなかなかいい人材を見つけた。」

 振り返ると、試験後に声をかけてきた後ろ髪の長い男子が立っていた。

「というか、おまえらもう仲良くなったの?楓ってそんなキャラだったっけ?」

「いや、仲良くというわけでは――」

「そんなすぐ、仲良くなるわけないでしょ。」

 確かに、そうなんだけれども、そこまではっきり言われても・・・・・・。僕は、複雑な気持ちになる。

「まあ、まだ全員来てないが、そのうち来るだろ。さっそく、始めますか。」

「で、今回はなんなの?」

 楓と呼ばれた女子が僕が聞きたかった疑問を口にする。

「その疑問に答える前に、言いたいことがある。」

 目の前の男子がそう言うと、僕の方を見る。僕は思い当たることがなく、首をかしげる。

「ワタル、おまえ、小さいな。」

 目の前の男子は僕を見下ろしながら、そう言った。


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