第2話「穢れた奇跡」Bパート
「一件落着だな」
何とか敵を倒し、肩の荷を下ろした。
襲われた女性は怪我してないか確かめるため、ベンチに近づこうとする。
「あなたは何者です?」
戦闘が終わったのも束の間、背後から話しかけられる。声から少女のようだ。
振り返ると、一人の少女が俺を見つめて立っていた。どことなく見覚えがある。
「あの時の空飛ぶ少女か」
赤いドレス風の服装は朝見た少女に似ていた。
「は? 何を言ってるんですか? 答えなさい! あなたは一体何者です?」
俺の言うことに訝しげに見つめ、ふざけていると思われ、怒った様子で尋ねてくる。
こういう女性はちょっと苦手です。
「まあ、異邦人といったところですかね?」
目線は宙に浮き、顎に手を添えて考え出した答えが異邦人。自分でも果たしてこのような答えで合ってるか分からん。
「魔物ですか、リリイ?」
「リリイ?」
知らない単語を呟くと、彼女の足元に一匹のリスが現れる。
「いんや、魔物ではないね、もしかするとあいつはあの女が言っていた、存在してはならない者かもしれないよ、あいつのことはあまり信用できないけど、こいつは魔法少女でもなく得体も知れない。ここは早めに悪い芽は摘んどいた方がいいかもしれないね~」
少女の足元から品定めをする主婦のようにこちらを見つめ、流暢な日本語で会話している。
(リスが喋ってる。お兄さん驚きですよ。それに魔法少女って……もしかしてこの世界は)
ありえない状況にびっくりしながらも、可愛らしいリスからの言葉は無慈悲なくらい酷いものだった。
要は、
「あなたを排除します」
少女が簡潔に告げた。
ということみたいですよ、こんちきしょー。
少女は殺気を出し始めて俺の方へ一気に向かってくる。次の相手が人間だなんてこれまた困ったもんだ。
「対話しようぜ!」
「戯言を! あなたベンチで倒れてる女性を襲おうとしていたでしょ!」
「断じて違う! その逆で助けたんだ!」
少女はいきなり戦闘を仕掛け、どこからともなく出現したハンマーで俺を叩き潰そうとする。
というか見てなかったのかよ、俺と猫獣人との戦い。
タイミングが悪いなあ……
「こういう話が食い違うパターン、俺は大嫌いなのよね!」
アニメなどでよくみられるパターンに嫌気が刺す。
軽口を叩きながらも必死に相手の攻撃を避けた。
(このドリルツインテールやるな!)
髪型がツインテールで巻毛なため、すぐにあだ名はついた。
おっと下らないことを考えてないでこの戦いを止めないと。
「俺は特異点を探してるだけだ、誰にも危害を加えるつもりはない」
「信じられるわけないでしょ! 訳の分からない姿をして私の攻撃をかわすなんて、そもそもなんなんです? その特異点とやらは」
(戦闘中に特異点の説明を? んなムチャな!)
「戦いを止めたら話してやるさ!」
「罠ですね」
即答で結論付けてしまう。
「ああー! もう!」
(ちっとも信用しやしない! こいつの脳みそどうなってんだよ!)
少女の攻撃を捌きこのまま膠着状態が続くと思われたが、新たな事態が発生する。
「アリサさん! 大丈夫ですか?」
他の方からまた別の女性の声。今日は女性ばかりと出くわすな。この状況ではちっとも嬉しくないけど。
「ヒカリさん、それにリオさん、トモヨさんまで」
俺から距離を取り、四人の少女が集合する。
(おいおい、これはまずいパターンでしょう、しかもあの二人は……)
「カエデさんは?」
ドリルツインテールことアリサと呼ばれた少女がここにいない人の名前を挙げる。
「急用で来れないそうよ」
静かに呟く青い髪の少女。お店で会ったときは訝しげな視線だったが、今度は盛大に睨まれてます。
俺は無実だぞ。
「まあ四人もいれば楽勝だって」
そう元気よく答える赤い髪にサイドテールの髪型をした少女。その言葉にこっちの元気はだだ下がりです。
「油断は禁物だよ、トモヨちゃん」
無害そうな愛くるしい笑顔だが、今からやることは俺を倒すことだね!
ヒカリっていう人!
それぞれが武器を手にこちらに立ち塞がる。
「もう一度話し合うことを再考してほしい」
「却下です」
おいドリルツインテール、再考のところで食い気味に言葉を出すな。
「参ります!」
こっちは降参したいのよ!
と言っても白旗を上げたとて躊躇いなく俺を倒しそうだから易々降参できない。
俺の突っ込みをする間もなく、四人が攻撃を仕掛けてくる。
赤い髪の少女は剣を手に俺の懐へ飛び込み、後方では青い髪の少女が弓矢をこちらに向ける。
黒髪の少女は槍を持ち大きく跳躍してこちらに向かい、言葉の通じないドリルツインテールは俺の後ろに回り込みハンマーをスウィングさせる。
「くそっ!」
正に八方塞がり、もしくは四面楚歌。脳をフル稼働させて回避行動をとる。最初にやってきた剣を銃剣で弾き、前に転がり、頭上の槍の突きを避ける。
弓矢をよけようとするが相手の行動が早い。肩のアーマーに突き刺さる。
やはり戦闘力の高い集団に襲われると太刀打ちできない。
「ぐっ!」
肩に衝撃が襲い、後ろに倒れそうになるのを踏ん張る。
だがすぐにハンマーが背後に迫るのを感じ防御に移った。
(万事休す!)
金属音が甲高くぶつかり合うような大きな音が周囲に響く。
「うあああああああああああ!!」
ガードしたのにもかかわらず全身に電気が走るような痛みが襲い、宙に舞ったまま林の中へ吹き飛ばされた。
「ナイスだったよ! リオちゃん!」
トモヨがリオと呼ばれた少女を褒めた。彼女の矢のおかげで相手の動きを止めたのが功を奏した。
「これくらいできなきゃ魔法少女は務まらないわ」
感情の起伏無く無表情に答える。
「これで一安心だね」
アリサは安堵した様子で呟く。
「いててててっ……なんちゅう強さだよ」
「「「「えっ!?」」」」
ふらふらしながらも立ち上がる。遠くでは少女たちが呆然とした様子だ。こっちの方が驚いてるよ。体中が痛いが、まあ意識が飛ぶほどじゃない。このフォームのおかげですね。
どうやらどのフォームよりも防御が高い形態みたいだ。
この防御能力の高い能力が無ければたぶんミンチなってたでしょうね。想像もしたくない。
「あんたたちが魔法少女だっていうのなら、こっちも魔法を使ってやろうじゃないの!」
格好つけて言ってみたものの、ふらふらした状況で言っても端から見ればちっとも怖くなさそうだ。
『フォームミラージュ! ソロモン!』
黄色のバーをセットして魔法能力に特化した形態に変身する。
「あれがシンジュラーの力……」
ヒカリがフォームチェンジをした時に呟いた。俺にその呟きは聞こえなかった。
姿が変わったことで彼女たちは驚いた表情を見せて気を取り直し身構える。
「さあ、ここからは俺のターン……やっば! ドイツ語を覚えるの忘れてた」
魔法には魔法をと、対抗しよとしたがいいが、肝心なことを忘れてた。図書館かネットで単語を調べておけばよかった。
俺が取り乱してる間に少女たちは目を合わせ互いに意志疎通したのか頷き合い、俺を囲むように広がる。
「まずい!」
ミラージュストライカーを手にして牽制するように銃弾を放つ。もちろん当てる気はないため地面に着弾させる。
彼女たちはこちらが攻撃してきたことにさらに警戒し、武器を構えて隙を窺う。
攻撃してこないと分かり、個人的に物わかりよさそうなヒカリという少女に近づく。
「なぜ、人間同士で争う?」
「えっ?」
「俺はただの人間だ!」
彼女に近づき説得して戦いを止めさせようとする。
「そいつの話を聞いちゃダメよ、ヒカリ!」
リオという少女がヒカリに呼びかけた。
ほんとに邪魔ばかりしかしない連中だ。
「罠に決まってるわ、だから早くそいつを倒しましょう」
リオは最初から信用せず、冷たい視線で俺を見つめ矢を射抜いてくる。
矢から逃げるため、渋々ヒカリから離れた。
しかし背後から二人の足音が速く迫る。ほんとにややこしい。
その時ある案が浮かぶ。
「あっ、そうだ。……助けて! ジルファイバー!」
大声で助けを呼びました。さすがに助けてはいらなかったか……?
その声に反応し、何もない空間から裂くように銀色の馬が飛び出し、迫る魔法少女たちの目の前に立ち塞がる。
突然現れた銀色の馬に行く手を阻まれ、とっさに回避行動に移る魔法少女たち。
「ナイスアシスト!」
ジルファイバーが攻撃を防いでくれたので、隙を作り、ジルファイバーに乗馬した。
(埒が明かない。戦略的撤退と行きますか)
すぐにこの場から退くために無造作に銃弾を放つ。ジルファイバーは旋回するように駆け回る。
スピードと銃撃により、彼女たちを翻弄して引き離し、隙を見て一直線に道路を駆け抜けた。
こうして、命からがらこの場を抜け出すことが成功した。
昨日の激闘を終えて俺はどうにか自分の住処へ帰還していた。
ベッドに仰向けになりながら、昨日戦った魔法少女たちのことを考える。
「この世界には魔法少女がいるのか、まるでアニメの中に飛び込んだようだ」
天井を見つめひとり呟く。
「さ~てどうしたものか」
もう一度彼女達と接触する必要がある。魔法少女と出会い特異点の手掛かりが彼女たちにあるような気がしたからだ。
それを確かめるためにも作戦を練らなければならない。
最悪の出会いから始まってしまったこの状況。どう打破するか、それが最優先で考えるべきことだ。
「まあ、彼女たちを調べることから始めるか」
さっそく行動に移るべくベッドから降りて店を開く準備を始めることにした。
店を開いたが、しばらくしても客は誰ひとり来ず、カウンターで呆けているとドアのベルが鳴り響く。
「いらっしゃいませ」
すぐさま気持ちを切り替えて接客に移る。加えて昨日と違った緊張感が自分にのしかかる。
「えへ、また来ちゃいました」
昨日店に来店した少女ヒカリが笑顔で挨拶してきた。
「……」
無言のもう一人の少女リオがこちらを怪訝な目で見つめる。その瞳は昨日の戦闘の時と変わらず、敵視されてるように感じる。
ひょっとして正体がバレているのかと思ったが、席に案内してメニューの注文する際に感じたのはヒカリという少女を守るための威嚇行為だと思った。
リオという少女はそれほどまでにヒカリを溺愛しているようだ。
お兄さんは百合を大きく否定しないけど、なるべく隠れてやった方がいいよと心の中で告げといた。伝わったかは知らん。
今回上手くできたケーキと紅茶のセットを出して、満足げに食べてくれたのは良かった。
ただ昨日の無慈悲な暴力を与えてきた相手に出すのは少々癪だった、特にリオには……
まあ自分の料理の腕を認めてくれたことが嬉しく感じ、料理してよかったと思う部分が大きかった。
彼女たちが店から出て、すぐに行動に移す。店を閉めて、着替えを済まし、すぐに外に飛び出し、彼女たちを追うことにした。
すぐに行動できた分、彼女たちをすぐに見つけ出して、尾行を開始する。
二人とも家に帰るようで、俺はヒカリの方の尾行をすることにした。
リオは尾行がバレそうで、関わると色々ややこしいことになりそうで、バレてもそれほど悪化しなさそうな方を選んだ。
ヒカリが家に帰り、近くに公園があったのでそこで待ち伏せすることにした。
一時間くらい経ち、ヒカリが家を出てくる。
少々駆け足になり、少し急いでるのが見受けられた。
すぐに彼女の後を追う。
しばらくして森林公園に辿り着く。
その場所には着いたヒカリの他に四人の少女と小動物が一匹。
黒髪の少女以外昨日戦った相手のリオ、トモヨ、アリサがいて、喋るリスが彼女たちの足元をうろちょろしている。
俺は大体二〇メートル位離れた木の陰に隠れて様子を窺う。
あんまり声は聞き取れないが、大体の様子が分かればいい。
「カエデちゃんも来たんだね」
ヒカリが黒髪の少女に話しかける。
「リオさんから昨日のことを聞いて私もお手伝いすることにしました」
黒髪の少女カエデはヒカリの質問に答えた。
五人もいて、もし俺が相手すると考えたら厄介なことこの上ない。マジで勘弁してほしい……
「あらあら今度は全員揃って私に会いに来てくれたのね」
五人と一匹が集まってすぐに別の所から声がする。
俺にとっては聞き覚えがある声だ。
「日下部さん、あなたに尋ねたいことがあります」
ヒカリが質問した相手は、俺の世界でルーラーと呼ばれる異形の怪人たちを率いて、万華鏡を渡すように迫ってきた女性だった。
「シンジュラーのことかしら、その様子だと見つけ出すことができたみたいね」
「ええ、前にあなたが私に会ったときに教えてくれた万華鏡を用いて戦う者が現れました。あの人は本当にこの世界を破壊するんですか?」
「どういうこと?」
「戦ったときに、言ってました。ただの人間だと。相手は人間なんですか? そうだとしたら私は……」
「彼は人間よ。あなたは魔物以外と戦うことはできない? でもね、彼は魔物以上の危険な存在よ。前にも言ったけど彼がもたらすのは、世界の破壊だけよ」
「でも、私の使命は人々を魔物から守ることです。なのに守るべき人と戦わないといけないなんて……」
悲しげな表情を浮かべて俯きどうしたらいいか分からないといった様子だ。
「ヒカリ、あなたがその罪を背負えないというなら私が背負うわ。あなたが苦しむ必要はない。苦しむのなら一緒に苦しむわ」
リオがヒカリの悲しそうな表情に見るに堪えかねて手を差し伸べる。
「リオちゃん……」
「私達もいます」
「困ったら助け合いだよ、ヒカリちゃん!」
「そうですね」
アリサ、トモヨ、カエデもリオの言葉に同意し、ヒカリを慰める。
遠くでその様子を盗み見ていた俺は、所々聞こえる会話と状況から、あの謎の女、ヒカリから日下部と呼ばれた女性が、俺が敵として吹聴していたのだと思い至る。
彼女の言葉にまんまと乗せられた彼女たちは団結して俺を排除しようと本域で挑んでくるのも分かった。
非常にまずいぞ……料理に塩と砂糖を間違えて入れてしまったぐらいまずい。
「素晴らしい友情ね。皆の戦う意思を再確認したところで、始めましょうか。さあ出てきなさい!」
日下部がわざとらしく拍手して彼女達に微笑み、俺のいる方を見つめ手を振り上げる。
「なっ!」
突風のように風が舞い、俺は足元をすくわれ、木の陰から姿を出してしまう。
無様に転がりはしたが、すぐ体を動かし片膝を付き周りを確認する。
俺は五人の目の前に姿を現してしまっていた。