第2話「穢れた奇跡」 Aパート
「さ~て、どうすっかな?」
夜明けに空飛ぶ少女を見つめ、彼女を追うか迷ったが、考えもなしに追うのはよくない。
まだこの世界の状況を知らない。調査する必要がある。
(俺の目的は特異点との接触。なるべく戦わなくて済ませたいよ)
加えて、
「まずは腹ごしらえですな、腹がへっては何とやら……」
独り言を呟きながら、自分の住処となる店内に戻った。
「……ふぃぃ~、食った食った」
厨房を使い、ペペロンチーノを作って、朝食として食べた。
お腹はへっていたが、朝から重い物を食べれば動けなくなり、だらだら過ごすことが目に見えていた。
腹八分目に抑え、次の作業に移れるように調整したのだ。
(朝食をとり、体調も万全になったので、行動するとしますか)
「ということで、ケーキ作りを始めよう」
この世界を知ることも大事だが、今重要なことは、この喫茶店の体制を整えることなのですよ。
そそくさと準備を始める。
「は、ハンドミキサーがない……」
(かき混ぜるのが大変です。これは時間がかかりそうだ)
いろいろ苦労しながらも、作業を進めていく。
こうしていると昔を思い出す。
中学二年生の時、好奇心旺盛な自分が料理に興味を持ち、家庭科実習で培った技術を家でも活かしたり、母親は料理教室に通って、それなりにうまかったので、一緒に様々な料理を作ったりしていた。
そこで作り方を覚えていった。その頃がとても懐かしく感じる。
(まさかそれがこんなところで活かされるとはねえ~)
オーブンを見つめながら、昔の思い出に浸る。
「後ろばかり向いてはいられないんだけどね……」
家族を失い、たった独りで、見知らぬ世界に来てしまった。
この寂しさが徐々に俺を蝕んでいった。
「全く十七才にもなってホームシックになるとは情けない」
ふざけて言ってみたが、紛らわしにもならないようだ。
だったら、生クリームをスポンジに塗りたくる作業に集中しようと雑念を捨てて取り掛かった。
――カラン、コロン
店の入り口の扉に設置された鈴が鳴った。誰かが扉を開けたのだろう。
「誰だ?」
ようやくケーキが完成し、一息着こうとした矢先のことだった。
「すいませ~ん。お店って開いてますよね?」
女の子の声が聞こえてきた。
あれ、そういえば店に立てかけた看板オープンの表示してたっけ。
そう考えた途端、冷や汗が出始める。
(どうしよう、いきなりぶっつけ本番ですよ)
心の準備ができないまま客が来てしまった。
ここは腹をくくりやるしかあるまい。
厨房から姿を出し、初めて来店したお客さんに目を向ける。
黒髪のショートカットの少女に、青髪の長髪少女がいた。どちらも学校の制服で俺と同い年に見えた。
「い、いらっしゃいませー、二名様でよ、よろしいでしょうか?」
緊張で噛み、棒読みの大根役者もこれはないだろうという表情を浮かべそうな対応をしてしまった。
接客なんて仕事をしたことない自分には緊張の連続だ。
「はい」
「席は空いているので、ご自由にお座りください」
どうにか、自分なりの対応術を脳から絞り出し受け応えした。
相手は特に俺の接客態度にあっけらかんとしている。
俺の言葉に少女たちは了承し、窓際の席に腰を座らした。
すぐに厨房に戻り、コップに水を注ぎ、お手拭を用意し、お盆に乗せて、少女たちのいる席に向かう。
「お冷とお手拭になります。ご注文がお決まりの際はお呼びください」
さっきよりかはうまくいったと思い、内心ガッツポーズをしながら離れようとする。
「このお店って、今日から始めたんですか?」
黒髪のショートカットの少女が訪ねてきた。
まさか注文ではなく質問が飛んでくとは思わず、テンパってしまう。
「え、ええまあ。初めての出店なのでお手数かけるかもしれません」
「そうなんですか、通学路に昨日なかったお店があったんで興味本位で入ってみたんですよ、頑張ってくださいね」
時間を見たら夕方の時間帯。彼女たちはどうやら学校からの帰り道の途中で立ち寄ったらしい。
(というか、いつの間にか夕方になっていた? 集中し出すと時間が過ぎるのが早いわ~)
「あはは、どうもありがとうございます」
見た目可愛らしく笑う同い年くらいの子から声援を受け、若干浮かれた気分になる。
あまり、女性との交流はなかったし、女の子と付き合ったことがない自分にとって彼女との会話は新鮮だった。
「ヒカリ、あまり店員さんとお喋りしちゃダメよ、彼にも仕事があるんだから」
青い髪の少女がヒカリと呼んだ黒髪の少女を諭すように話す。そして、チラッと 俺の方へ視線を向けた。
(なんか、睨まれてます? 俺……あと一応、俺店主なんですけど)
青い髪の少女は表情を変えずとも、瞳の奥で俺を敵視している。そんな印象を受けた。
(せっかく二人でいるのに、店員と話すのが気に入らなかったのかな?)
彼女の思いを察してすぐに退散する。
その後彼女たちの注文を受ける。注文を受けてる間、青い髪の少女は視線を俺に捉えたまま、何か余計なことを言わせぬような雰囲気だった。そんなにヒカリとかいう黒髪の少女と話しちゃいけんかね。
注文を受けたケーキと紅茶を出す。
ケーキを作っといてよかった。人前に出せるような出来映えではないが、そこはご了承くださいというべきか。
「おいしい」
「う、うん、見映えはそれほどでもないけど味は確かね」
厨房で道具を洗いながら、彼女たちの感想が聞こえてくる。良かった、どうやら好評は得たみたいだ。
だが、青い髪の少女は見映えに関して的確に突いてきた。善処しなければ……
しばらく彼女たちは雑談交じりにケーキを食べ、それが終わり会計を済ます。
「ケーキおいしかったです。また来ますね」
「どうも、またのご来店お待ちしております」
満足させることができたようで自然笑みが出る。青い髪の少女は終始素っ気ない態度だったな。
「さてと今日はこれで終わろう、お客はたった二名だったけどまあいいか」
多く来てもらっても対処できそうにない、と言っても店はそれほど広くなく十数人は入れるくらいだ。満員だったら一人だと対応できないな。
そんなことを考えながら、とりあえず店の看板をクローズに表示し、店を閉める。
「夜の散歩がてら、街の様子でも探りますか」
エプロンを脱ぎ、街へ繰り出す。
「特に変わった様子はないんだよな~」
街を歩くが特にこれと言って変わった様子が無い。自分のいた世界と遜色ない。
街頭テレビを見ても、普通のニュースばかり。
空飛ぶ少女などに関するニュースはない。
ただ分かったことは、この街の名前が糸色市という地名だという事。そして、この街では最近行方不明や変死事件が多いという事。
この辺の事件は何かきな臭く感じる。
やっぱり戦うことも視野に入れとかないと危ないようだ。
人気のない公園に立ち寄り情報を整理した。
「はあ、特異点の情報も掴めないし、どうすればいいんだろう?」
いきなり壁にぶち当たってしまった。土田さんが言うには特異点同士引き寄せあうようなことを言っていたから、向こうから来てくれると思ったのだが……
(まさか店に来たあの二人の少女の内、どっちかが特異点とか?)
頭の中でそう推測する。
(青い髪の少女はなんかこちらを拒んでいるような感じだったから、ヒカリといった打ち解けやすそうな少女が特異点かもしれない)
どうやって接触すればいいんだろう。異世界から来たって言っても信用してくれそうにないしな。ああ、どうしよう。
手順さえ教えてもらえず進むしかない無茶苦茶なゲームをしてるようで頭を抱える。
「きゃあああああ!」
頭を抱え悩んでいると公園の奥の方で女性の悲鳴が聞こえた。
「なんだ?」
悲鳴がした方へ向かう。念のため、万華鏡も持っていたので、何かあれば対処できるはずだ。
現場に駆けつけると、白いローブを巻いた者が女性の頭を掴んでいた。
危ないと直感し、俺は白いローブの奴に飛び蹴りする。
その瞬間に白いローブを巻いた者は女性の頭を離し、姿を消す。
飛び蹴りが不発に終わり着地して周りを見渡す。
「人ならざる者の仕業ってところだな」
自分の世界を蹂躙したレムーブとは違う種類の怪物のようだ。
辺りを窺いながら女性を介抱する。どうやら気絶してるだけで命には別状ないようだ。
近くのベンチに横たわらせると、周りから足音が聞こえる。
「囲まれた?」
周りを見れば、白いローブの奴が無数にいる。確実にこちらに敵意を示してることが雰囲気で伝わってくる。
万華鏡とミラージュバーをポケットから取り出す。
次の瞬間に奴らは一斉に俺目掛けて飛び掛かる。
『ミラージュイン! レディー!』
飛び掛かると同時に万華鏡の蓋を開けてバーをセットし、叫ぶ。
「鏡装!」
『アクティブ! シンジュラー』
電子音声が鳴り、白い円が出現し、敵を弾き飛ばす。煌びやかに光る円の中で俺は黒いスーツに身を包んだ。
すぐにホルダーからミラーストライカーを抜き、周囲に銃弾を放つ。
白いローブを巻いた者達は弾き飛ばされた衝撃と、変身を果たした俺に困惑し、立ち尽くしている。その所に銃弾がやってきて直撃する。当たった者は紫の煙を放ち消滅した。
いまだ怯んでる敵を尻目にカレイドスコープを銃にセット。銃剣モードに切り替え、距離を詰めて残りの白いローブの奴らを切り裂く。
切り裂かれた敵は銃撃で倒れた者たちと同じように紫の煙を放出し消える。
「あらかた片付い……ちゃいないか」
すべてを倒したかに見えたが嫌な視線を感じ辺りを見回す。視線の正体はすぐに現れた。
「…………」
「なんか、喋れよ!」
さっきの白いローブの奴らと違い、毛むくじゃらの白い猫獣人の怪物はこっちを見据えたまま黙っていたので思わず突っ込みを入れる。
俺の声に反応するように一目散に襲い掛かってくる。
(喋る気はないが、襲う気はあるんか)
鋭い爪が迫ってきてすぐに銃剣で防ぐ。
「寡黙な割に随分好戦的なこと!」
蹴りを入れて、敵を追い払う。反撃行動に移るため、青のバーをカレイドスコープにセットする。
『フォームミラージュ! ゴースト!』
青い粒子が体を包み、形態が変わる。
続けざまにカレイドスコープを一回捻った。
『コールウェポン! クロウ!』
右腕に三本の鋭い爪を装備し、相手と相対する。
短い間、猫獣人と見つめ合い、最初に動いたのは猫獣人で俺の喉を掻き切ろうと爪を前面に出し迫る。それを左手に持った銃剣で弾き、クロウを装着した右腕を大きく振りかぶる。
相手は防御態勢を取るが、パワーの方はこちらが圧倒しており、爪で切り裂き吹き飛ばす。
『ファイナルバリエーション! ゴースト!』
電子音声と共に身構える。背中の外装が変形し、パネルのように展開する。起き上がった敵はこちらを直視した瞬間、硬直し動けなくなる、俺は狙いを定め、一気に突っ込み胴体を切り裂いた。
白い猫獣人は真っ二つに裂かれて爆散する。