第1話「創世のカタルシス」 Bパート
戦いを終え、土田の元へ駆けつけようとする。ふとビルの窓に映る自分の姿を確認して立ち止まる。装着した黒き鎧。マスクをかぶり青いシールドをしていた。何とも隠密行動に向いている格好だなと思った。
「シンジュラーに変身できたようだね」
土田の方から寄ってきて話しかけてきた。この変身した姿をシンジュラーというらしい。名前よりも聞きたい事をたずねなければならない。
「土田……さん、どういうつもりだ? 俺にこんな力を渡して」
とりあえず年上なので、さん付けしておく。それにしても質問ばかりだな、この人に会ってから訳の分からない事だらけだ、まあ仕方ない。
「世界を巡るには力が必要だ。君にはどうしても五つの世界を巡ってもらわないとならない。そのための保険だ。まあ使いこなせるかどうかは君自身だが」
「俺はまだ世界を巡るなんて決めたわけじゃない! あなたが世界を巡ればいいじゃないか!」
これほどの力があるということは他の世界にはもっと恐ろしいことが待ち受けているかもしれない。どんな危険が付きまとうのか、想像がつかない。今自分がとても危険な橋を渡ろうとしているのを感じる。
「それはできない。私はこの世界に残り少しでも崩壊を食い止めなければならないんだ」
「そんな! ……あなたはどうやって世界を救うつもりなんです?」
「企業秘密だ。ただ君が戻ってくるのなら必ず救うことを保証する」
どこか影のある表情をする。胡散臭く感じるが、やるにしろやらないにしろ死が付きまとうのは変わらない。性格柄やってみて後悔する人間だ。だが今回は命がかかわっている。中々一歩を踏み出せない。
「もとより死ぬつもりだったのだろう……だったらとことん抗って死ぬほうが人間らしい……と私は思うが」
「そうかもしれない……俺には選択肢は無いみたいだな」
もうここまで首を突っ込んでしまったのだ。潔くやるしかない。
「俺は他の世界に行って何をすればいい?」
救う手段を話さない以上、自分が何をすればいいのか分からない。
「移動した先の世界の特異点と出会うことだ」
「他の世界の特異点……」
要するに人探し的なものか、何の当てもなくどうやって探せばいいのだろう?
「大丈夫さ、君は磁石のような物さ、特異点は君に引き寄せられる」
「そんな簡単に言うが、本当に見つけられ……」
俺の話を最後まで聞かず、土田は二回手を叩く。
「……おお!」
空間を裂いて、馬らしき生物が姿を現す。メタリックバイオレットの皮膚をして剣や銃弾を弾きそうな堅さを見せる。生物的ではなくどちらかといえば機械生命体のような印象を受ける。
蹄を踏み鳴らす音が辺りに広がる中、俺の目の前で止まる。
「時間がない。さあ、ジルファイバーに乗るといい。目的地はここから五〇キロ北にある」
この馬みたいな生物の名前か。大層な名前でいかにも強そうだ。乗馬経験が無いけど大丈夫か?
俺はそう考えながら、乗り込む。乗るとジルファイバーは馬の声を低くしたような唸り声をあげる。暴れないから拒否されたわけではないのだろう。なんとなく歓迎されたような気がした。
「そこに何があるんだ?」
「異世界に繋がるゲートだ」
「そんなモノがあるなんて……」
いつの間にか土田さんはバイクを用意し、ヘルメットをかぶり発進準備を完了していた。
異次元につながる門まで扱える人物に仰天するがなるべく感情を外に出さない。もう一々驚いていたらきりがない。さっさと先に進むことにした。
「くっ、なんて速度だ!」
乗り込んでから勝手にジルファイバーは出走してもの凄い速さで道路を駆け抜ける。鎧を装着しているせいか、若干の恐怖はあるが、気分が悪くなることはなかった。駆ける中で数百匹の異形の怪人たちが立ちふさがるが、ジルファイバーは気にする様子もなく突っ込み、怪人たちは轢かれ爆散していく。
道を阻む敵をぶちのめしていくのは何とも爽快だ。
土田さんはついて来ているか心配になったが、後方からエンジン音がかすかに聞こえるから大丈夫だろう。
その時だった。
いきなり周りが爆発し、ジルファイバーは急停止を余儀なくされる。
「何が起こった!?」
煙が立ち込め、煙の中からいくつもの影が姿を現していく。そのどれもが異形の怪人たち。見たことのない多さにさすがに度肝を抜く。
「ねえ、そこの君。その万華鏡こっちに渡してくれないかな?」
「はっ?」
異形の怪人たちの中から女性が姿を現す。活発そうなにこやかな笑顔に、ポニーテールの髪型。赤いダウンの上着、太ももが隠れるほどの黒のスカートに茶色のブーツを履いた服装。
俺から見て二十代前後の美少女が話しかけてきた。
異様な光景だ。怪人たちは女性を襲わず、全員こっちに敵意を向けてる。次々におかしな事ばかり起こる。
「それは存在したらいけないモノよ。渡してくれないとお姉さん怒っちゃうぞ」
笑顔でからかうように話しているが目が笑ってない。目の前にいる女性が気味悪く感じる。
「颯太。そいつに耳を傾けなくていいよ」
後ろにはいつの間にか追いついた土田さんが声をかける。
「あれあれ? あなたは……」
土田さん気付き、首を傾け相手を見定める。
「それ以上喋るな……!」
若干怒気を孕んだ表情で謎の女の言葉を遮り、どこからともなく手にした日本刀で殺気を剥き出しに斬りかかる。
俺は唖然と見るしかない。初めて少し感情的になった土田さんを見た。まあ会って一時間しか経っていないが……。
土田さんは問答無用といった様子で斬りかかるが、謎の女は身軽に剣筋をかわす。周りの怪人たちは土田さんへ攻撃を仕掛ける。
「ああ! もう!」
いきなりの戦闘開始に憤りを感じるものの、ここは戦って乗り切るしかない。ジルファイバーを促し、異形の怪人たちがうじゃうじゃいる中に飛び込む。ジルファイバーの突撃に怪人たちは吹き飛ばされるものの、一向に減る気配が無い。
黒い集団の中心では二人の人間が戦いを繰り広げている。土田さんに襲いかかる怪人もいるが一刀両断で切り捨てられる。生身であれほどの戦いは異常だ。漫画の世界の出来事のように感じる。
「血気盛んだね!」
「黙れと言った!」
土田さんの戦いも凄いが、あの謎の女も侮れない。まるで相手の動きを読むように相手の攻撃をかわす。
謎の女は土田さんの隙を付き、刀の持った手を蹴り上げた。
「くっ!」
土田さんの顔が歪むのが見える。
宙に舞った刀を謎の女が大きくジャンプし、手にすると空中から土田さんに斬りかかる。
「これで終わりよ!」
「危ないっ!」
それに気付き俺はジルファイバーから飛び降り、ミラーストライカーに万華鏡をセットし剣モードにして振り下ろされた刀を防ぎ、土田さんが切り裂かれるのを間一髪止める。
「大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとう」
土田は目を見開くが、すぐに気を持ち直し、背後から迫ってくる怪人を素手で蹴散らす。
世界を救ってくれるかもしれない男だ。ここで命を落とさせるわけにはいかない。
「ゲートまであとどれくらいだ?」
謎の女の刀を受け止めながら土田さんに聞く。
「目と鼻の先だ。大きな扉が見えないかい?」
「くっ!……生憎、立て込んでましてね!」
「こいつらを倒すしかないね、緑のミラージュバーをカレイドスコープに入れるんだ!」
「了解っと!」
謎の女の刀を受け流し銃形態にして距離を取るため銃弾を放ちながら後方へ退く。そしてメタリックグリーンの棒を取り出し、万華鏡へ入れる。
『フォームミラージュ! スターダスト!』
電子音声とメロディーが鳴り、緑色の粒子が自分を包む。自らの体を見渡すと形状がさっきの外装と異なり、緑に彩られた鎧に変わっている。
「カレイドスコープを一回捻るんだ!」
土田さんに言われた通り万華鏡を一回捻る。その間に謎の女の刀を手にこっち向かってくる。
『コールウェポン! ブラスター!』
俺の目の前に宙に浮かびながら、ライフルに似たメタリックグリーンを基調とした大型ライフルが出現して、俺を切り裂こうとする刀の盾になる。
「ちっ!」
「あぶな!」
謎の女が舌打ちする。向かってきた刃に慄きながらも気を持ち直す。
相手を退けて、すぐさま大型銃を手にしてターゲットを謎の女に絞りトリガーを引く。
「たああああ!!」
緑色をしたビーム状の光芒を放ち謎の女に向かう。
「きゃっ!」
可愛らしい声を上げて間一髪ビームをよける。背後にいた怪人たちは直撃し黒い爆炎が上る。
俺はあのポニーテールの女を逃すまいと駆けるが、
「!? おおっと!」
自分の意に反して、いきなり飛び上がり、驚きつつ左右を見るとウイングが付いている。すぐに状況を理解し、上空から光弾を放つ。
「ちっ、素早い!」
何とか飛行を制御しながら、標的に狙いを定め放つが、謎の女は身軽な動きで銃弾は外れ、また怪人を盾にして全く当たらない。
「あの力がここまであるとは……一回作戦を練り込んだ方がよさそうね」
俺を見つめてそう言い残すと後退を始める。
(あいつを倒せばこの怪物たちは撤退するかも)
怪物たちを束ねる存在と確信した俺は彼女を逃がすまいと追いかけようとする。
「颯太、奴を仕留めなくていい! 周りの敵を退けてくれ!」
地表から土田さんが叫ぶ。
「あの人がこの怪人を率いているんでしょう! だったら大将を討てばこいつらは退くはず!」
「それは違う! 彼女がいなくてもこいつらは退かない! 今やるべきことは君があのゲートを抜けることだ! カレイドスコープを二回捻るんだ!」
彼の言うことも一理ある。目的はここを抜け出すことだ。まあ先走ったのはあの人だから矛盾してる気がするが、今は口論してる場合じゃないため彼の言葉に従う。
『ファイナルバリエーション! スターダスト!』
ベルトの右側のホルダーに装着した万華鏡を捻った。体は勝手に動き真上に向かって、光弾を放つ。空中に舞い上がり、花火のように光が散らばったかと思うと光が地表に降り注ぎ、怪人たちに直撃し丸焼きにしていく。周りは火の海となり赤と黒の炎が舞い踊る。
空から見渡すとこの攻撃で敵勢力の全体の四割は焼失していた。
「これならいける!」
圧倒的な威力を目の前にして勝利を確信する。もう一度同じ技を繰り出そうとカレイドスコープを捻る。
『ノット・レディー……』
先ほどとは違う電子音声が流れ、まるでエラーメッセージが出されたように感じる。
「どうして使えない?」
「ダメだ、その力はシステムの構成上、変身したら一度きりしか使えない」
地上から土田が叫ぶように説明する。
「扱いづらい代物を寄越して……」
空中から射撃しながら愚痴を吐き捨て、土田の元に降り立つ。
「あのゲートを潜るには立ちはだかる怪物どもを蹴散らす必要がある」
敵を威嚇しながら俺の背後に付くと土田は息切れせず、冷静に話しかけてきた。
「ええ、さっきの力を使えない以上困難を極めそうですけどね」
皮肉混じりに言葉を呟く。
「まだ手はある。君に渡したのは、さっき使った緑のバーだけじゃないだろう?」
「あー、そういうことっすか」
確かにカレイドスコープの他に渡された六本の色違いのバー。この男の言いたい事がなんとなく分かった。
「要はこのバー全部駆使してゲートに辿り着けばいいってことですね」
「Exactly!(その通り!)」
ウインクしながら茶目っ気を出す。時と場所を考えろよ……
彼の行動を無視しながら、使ってない四本のバーをベルトの背中側のホルダーから取り出す。
さてどれから使おうか?
「それにそれぞれのフォームを理解しておいた方が、世界を移動した後に使い道が分かって楽だろ?」
「チュートリアルかよ……」
土田の言葉に呆れ気味にツッコミをして、一本をカレイドスコープの中に挿入する。
『フォームミラージュ! セイバー!』
カレイドスコープから流れる音声と共に赤い粒子に身体は包まれ、周りから炎が上がる。
また外装が変化したようだが、それに一々構っていられない。
すぐに行動に移る事にした。