第1話「創世のカタルシス」 Aパート
――世界は崩壊を始めた
一言で言うのはとても簡単だ。
だけど実際それを目の当たりにすると一言ではとても足りない。
世界は炎に包まれ、あらゆる場所から爆発音が響く。やがて日の光は厚い雲に覆われて、鈍くどんよりした空を描く。灰色の空を誰も見たことのない巨大な生物が大勢で飛び回り翼を動かす音が盛大に聞こえる異様な光景。
地上では異形の怪人が蹂躙の限りを尽くす。異形の怪人が踏み鳴らす足音がすると共に無差別に人を襲い、ある者は切り裂き、ある者は食い殺す。残虐な惨状が地上に広がり怪人は徘徊をし続ける。
人々は何も出来ずただそれを受け入れることしかできない。抗う術はどこにも存在しなかった。どんな軍事力を持ってしても蹂躙する者たちを止められることはできなかった。
やがて国の指導者たちは核を使おうとする。しかし、それは蹂躙する者たちに阻害され、指導者たちはいとも簡単に命を奪われ無駄足に終わった。
世界は混沌に染まる。誰もが絶望し世界の崩壊を受け入れ始めた。
「はあ……はあ……はあ……」
そんな世界で俺は生きていた。怪人から逃げ惑い続けている。数日前までは世界は何事もなく高校二年生の生活を謳歌し平穏そのものだった。いろんな国でいろんないざこざはあるものの、大きな戦争も無く このまま時間が過ぎていくものだと思っていた。
しかし突然世界に蹂躙する者たちが現れて瞬く間に世界は壊れ始めた。その中で家族を失った。父親は家族を守ろうと異形の怪人に立ち向かい一瞬で消し飛ばされ母親も俺と妹を守ろうとして切り裂かれ死んだ。妹は共に逃げていく最中、怪人に襲われ食い殺された。
涙を流しながら逃げた。親が身を呈して守った命だ、粗末にしたくない。
けれどもそんな思いは数日で色褪せる。
軍隊はあっという間に壊滅し、平穏を取り戻す兆しは見られない。それどころか悪化している。誰かの悲鳴が聞こえても逃げ続けた。
しばらく走り続け、もうダメだと思い立ち止まってしまった。死を受け入れることにした。もうこんな辛い思いをせずに済む。そう思った。
周りには異形の怪人達がいて、アリが甘い物に集まるように群がってくる。
カブトムシの姿に似た怪人の一匹が凶悪な剣を手に持って俺に向かってきた。死を覚悟して目を瞑る。
次に聞こえてきた音は手を叩く音だった。それもたった一回。この場に不釣り合いな音に目を開ける。
「うああああああ!!」
目の前に異形の怪人の持った剣があり、その姿に思わず叫び飛び退く。
しかし、剣は一向に自分に向かってこない。心臓が大きく鼓動するのを感じながら周りを窺う。
すべてが止まっていた。時計、炎、煙、逃げ惑う人々、異形の怪人たち、何もかもだ。
俺は目を疑う。一体何が起こってしまったのだと……
「君が一ノ瀬颯太か?」
止まった世界の中で突然俺の名前を呼ばれる。振り返るとそこには黒いシャツにジャケット、ジーンズを着た黒で統一された服装に、端正な顔立ちの男性が立っていた。俺より年上で二十代中盤に見える。
見覚えのない男に声をかけられたが、今の状況を知るためにも返事に答える。
「……はい。あなたは一体? それにこれはどうなって……」
「土田だ」
「は?」
「私の名前だ」
「あ、ああ……」
確かに名前を聞いたがこの状況で何食わぬ顔で言われて困惑さが増すばかり。
「そしてこの状況を作り出したのは俺だ」
「な、に?」
突拍子のない発言に俺は言葉が詰まる。
「私には時を止める能力がある。まあ精々三分が限界だがな」
本当にこの人は何を言っているんだろというのが正直な感想だ。超能力の類は自分が知る限りこの世界には存在しない。テレビで見る超能力特集はどれもヤラセだと思っていた。でも本当に異形の怪物が現れて、時間が止まっている事から信用する他ない。
「単刀直入に言おう。君はこの世界の特異点だ」
この人は何を言っているのだろうと短時間に二度目の同じ感想を受けた。目の前にいる男はまた妙なことを言い出した。
(特異点? なんだよそれ)
「何を言って……」
「特異点とは世界のバランスを保つ存在だ。特異点が誰かに殺されれば世界はアンバランスになり世界は混沌を迎える。病気などで死ぬ分には次の魂に移されて、世界のバランスは保たれる。これはあくまで私の推測だが、予想外な出来事で死んだ時に特異点の力はまだ次の魂を選別できていないため世界を彷徨い、その間世界の均衡が崩れていると思われる。そして次の魂に入り込めば再びバランスは保たれる。世界で大きな戦争、大規模な恐慌が起こる際は、大体特異点を持つ者が予想外の死を迎えた時なんだ」
彼の話を聞いて頭を抱える。混乱してる脳を必死に整理する。だが想像を超えたわけのわからない理論に聞く耳を持てない。加えて彼の言うことには一つ矛盾が存在した。
「あなたは特異点が魂に宿っていれば世界のバランスは保たれると言った。それが本当だとしたら、さっきあなたは俺が特異点だと言ったのに今起こっているこの状況は世界の崩壊そのものだ! 全然説明と違う!」
いくつもの死を目の当たりにして苦しみ、わけのわからないことを告げられ混乱してる所為か、半ば怒りを込めて吐露する。
「……これは特異点とは関係ない。外部からの干渉だよ、別の世界からの侵攻だ」
「別の世界って……」
「世界は一つだけじゃない。幾多の平行世界が存在する。その中で自分たちが神の使いだと信じる愚かな者たちがいてね。増えすぎた世界を浄化するという名目で世界を破壊し始めた」
「そ、そんな」
「次元を超えて神のためにあらゆる世界を壊す者達……ルーラーと呼ばれる集団だ」
「ルーラー……」
恐ろしいことを知って俺は身震いする。それ以前にこれ知っている目の前の男を薄気味悪く感じる。
「あなたは一体何者なんだ!」
「まだ正体は明かせない。ただ一つ言えることは、私はこの世界を救える」
確か土田といったこの男の発言はどれも耳を疑うばかりで自分がおかしくなってしまいそうだ。
「……世界を救うってどうやって?」
「その鍵を握るのは君だよ、一ノ瀬颯太」
「どういうことだ?」
「君の特異点の力を使う……と言っても特異点自体何かを生み出す力はない。ただ世界のバランスを保つだけの力。たぶんこの世界を離れても世界に影響はない。力が魂に収まっていれば大丈夫。その力を活かして君には五つの世界を巡ってほしい」
そう言うと懐から筒状の物と六本の細い棒状の物を渡される。
仕方なく受け取って物を見る。そして渡された物の正体に気付く。
「世界を巡るって……万華鏡?」
「ああ、英語で言うとカレイドスコープ」
「そんなこと聞いていない。どうして俺にこれを……」
「そろそろ時間を止めるのも限界かな? ……まあ実際使ってみればわかる」
「使うって、覗く以外にどんな使い道があるんだ!」
この男は俺を馬鹿にしているのだろうか?
万華鏡をもらったくらいで何も変わりはしない。相手の意図の読めない行動にイライラしてしまう。
だがそんな思いも束の間、地面が揺れ背後に目を向ければさっき俺を切り裂こうとした怪人が地面に剣を突き立てていた。
「本当に動き出した!」
土田の言ったことは本当だった。だがこのタイミングは悪すぎる。このままではあの怪人に殺される。
「グア? ……キシャアア!!」
異形の怪人は目の前の獲物が一瞬姿を消して別のところに移動したことに驚いたが、またすぐに獲物を捕らえようと動き出す。
「颯太! 銀のミラージュバーをカレイドスコープに入れるんだ!」
「こんな時に何を!」
周りは怪物だらけこんな中でどうして万華鏡をいじくらなければならない。
「もう逃げられる状況でもなかろう。素直にレムーブに殺されるか、悪あがきにカレイドスコープを使うか、どちらかだ」
(レムーブ? この怪物たちの名前か? ちくしょう! こうなりゃやけくそか!)
この男の言うとおり、悪あがきする事にした。世界を滅茶苦茶にして、家族を殺され、せめて一矢報いてやりたかった。それが万華鏡をいじくることだとは情けないが……
万華鏡のフタを開けて、鏡のように輝く三角柱の棒を中にはめ込む。
『ミラージュイン! レディ!……』
万華鏡からいきなり電子音声が響き、軽快なメロディーが鳴る。
「な、なんだ!?」
「『鏡装』と叫べ!」
土田が叫ぶ。彼の周りに怪人たちが迫るが華麗に振り払い、相手をかく乱させている。
「ちっ、どうにでもなれ! ……鏡装!」
『アクティブ! シンジュラー!』
電子音声と共に意識せずに俺の体が勝手に動き、万華鏡を持った右手を真上に振り上げる。
するとどうだろうか、目の前に俺を囲むように丸い円が現れ、迫ってきたカブトムシ怪人を弾き飛ばす。
俺は円の中に閉じ込められ周りに映るのは万華鏡の中身の景色だ。その輝きに目を奪われた。
「これは……」
まだ俺の年齢が一桁の時に見た万華鏡の景色に懐かしを感じ、温かい光に身を委ねて目を閉じる。すぐに光は消え、その温もりに寂しさを感じながらも目を開ける。
「変身したか……」
怪人たちを蹴散らせながら土田がそう呟いた。そう変身したのだ。俺が、得体の知れない何かに……
自分の姿を確かめようとするが、それよりさきに弾き飛ばされたカブトムシ怪人が舞い戻り剣を振り上げ襲いかかる。
「グオオオオ!!」
「くッ!」
迫りくる剣を避けようと考えた瞬間、体がものすごく軽やかに動き、攻撃を捌く。
「なんだ? この力……」
相手の攻撃をかわし俺は呟く。まるで何でもできそうな感覚に襲われ、今までの自分だったら無理な動きもそつなくこなせる。
これならいけると考え、目の前のカブトムシ怪人にパンチを食らわせ、続けざまに上段蹴りを放つ。
「ギャッ! グギャアアアア!!」
効果抜群で相手は痛みに呻き、怯んでいる。
「腰のホルダーにある武器、ミラーストライカーを使うんだ!」
「ん? これか!」
ベルトの左部分に黒と銀色の配色された銃が装備されていたのでそれを手にし、カブトムシ怪人に銃口を向けトリガーを引く。連射機能を備えているらしく、数発が放出され相手の体を貫く。カブトムシ怪人は銃弾を受け、すぐに黒い爆炎を放ち散った。
「……た、倒せたのか?」
軍隊さえ歯が立たなかった怪人をあっという間に倒せた事に自分自身驚くが、次の怪人たちが俺の元へ迫ってくる。
「カレイドスコープをその銃にセットするんだ!」
遠くで土田が叫ぶ。まだ怪人たちを蹴散らしている。生身でよくあそこまで戦えるものだと感心しつつ、銃に万華鏡をセットする。
「こうか? お、おっと!?」
いきなり銃の形が変わると棒状のビームが伸びてくる。突然の変形にビビる俺。こういう状態になるのをあらかじめ説明してほしかったが、互いにそれどころではない。
「はああああっ!!」
覚悟を決め、剣のように伸びたビームで周りの怪人を切り裂く。切れ味はよく刺身を切るようにすんなり怪人の肉体を裂く。
俺は腰が引きながらも剣を振りかざし、周りの怪人の腕や足、胴体を切り落とし、通った後は肉片が転がり、斬られた怪人たちは黒い爆炎を上げる。
「なんだよ、この力……」
何とも恐ろしい光景だが、なによりそれを難なくこなす自分が恐ろしく感じてしまった。それでも力に溺れようとは感じなかった。大体一人の技量をわきまえている。これだけの力がありながらも、この世界を救うには全く足りない。一体あの男はどうやってこの世界を救うつもりだ?
いろいろ考えている間に周りの敵は残すところ数体となる。
「大体片付いたな、颯太。さあ止めだ、カレイドスコープを二回捻るんだ」
特に疲れている様子もなく、てきぱきと指示を出してくる土田。一段落ついたらいろいろ聞かせてもらうことにしよう。
「ああ、分かった」
『ファイナルバリエーション! シンジュラー!』
万華鏡を捻るとボイスが唸り、ビームの出力が上がる。
「ヤアアアアアッ!!」
それに乗じて、怪人たちとのすぐに距離を詰め回し斬り。約五メートルの範囲にいる物体は一瞬で切り落とされ、爆散した。