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Like A Broken Mirror  作者: 勾田翔
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5(二月六日――午後五時三二分~午後五時三五分)


   5(二月六日――午後五時三二分~午後五時三五分)


 悲鳴が広がる。音の割れたスピーカーのように、耳障りなノイズが撒き散らされる。大勢の人間が、狂乱しながら、我先にと交差点を駆けていく。

 砂埃が舞う視界の中で、唖然とした表情の葛城がこちらを見つめていた。いや、それは正しくない。正確には、五十嵐の胸の辺り――


 ――彼の身体に力なく寄りかかる、一人の少女を見ていた。


 薄汚れた灰色のコート。フードを深く被っているせいで表情を窺い知る事はできない。見たところ、素肌の上から直接、コートを身に纏っているらしい。少女を見下ろす形になっている五十嵐からは開いた胸許が見えていた。丈の短いコートの下は素脚が覗いている。靴も履いていなかった。

 ――爆発があった直後だった。突如として響いた爆音に、反射的に振り向いた五十嵐は、その光景を目の当たりにした。深紅の液体の中に沈む、幾人もの人間の姿。そして、その渦中を、ふらふらとおぼつかない足取りで歩く、少女の姿を。少女はそのまま数歩、足を進めると、五十嵐の前に寄りかかるようにして倒れこんだ。

「な……何が――」

「走ってッ!」

「えッ?」疑問の声を発した瞬間、葛城に腕を掴まれた。

「ここから逃げるのよ! そこの死体が見えないの!? それとも自殺志願者か何か!?」

 まくしたてられ、五十嵐の思考はようやく、回転を始めた。

 ――そうだ、何も爆発が一度だけとは限らない。このままここにいれば、また次の爆発が起こるかもしれない。次は巻き込まれるかもしれない。現に、さっきの爆発だって、彼女を呼び止めようと走り出していなければ、まず間違いなく爆発の渦中に巻き込まれ、死んでいたハズだ。

 五十嵐は、自らの想像に悪寒を覚えながらも、必死に身体を動かす。

 自分の身体にしなだれかかる少女を見やった。フードの隙間から覗く小さな口から、高熱にでもうなされているかのような、粗い息遣いが聞こえてくる。彼女に意識があるのかどうかは分からない。けど――

「は!? ちょっと! アンタ何やってんのよ!?」

 少女を背負って、歩き出そうとした五十嵐を見て葛城が激昂する。

「見て分かるだろ!? この子、明らかに様子がおかしい! こんな状態のヤツを放って、一人尻尾撒いて逃げれるかよッ!」

「バカじゃないの!? こんな状況で、よく他人の心配ができるわね!」

「言ってろ! この不良女!」自分の腕を掴む葛城の手を振り払うと、五十嵐は駆け出した。普段なら、発した瞬間に半殺しにされそうな台詞だったが、今は関係なかった。葛城のご機嫌取りよりも、自分の鍵と定期よりも、眼の前の状況から一刻も早く抜け出す事が最優先だ。この少女も連れて。

 周囲を漂っていた砂埃はすぐに晴れる。視線の先には、いまだ逃げ惑う人々が見えた。遠くの方で、携帯電話を持ったスーツ姿の若い男が、こちらに向けて何か言っていたが、悲鳴のせいで一切、五十嵐の耳に入ってくることはなかった。

(まずは人通りの多いところに……!)

「バカ! こっちよ!」大声と共に、首根っこを掴まれた。

 葛城の指差す方向に視線を傾けてみると、その先には工場地帯へと繋がる、細い路地が顔を覗かせていた。

 五十嵐は一瞬、言葉を詰まらせ、「なッ!? 普通逆だろ!」と反論する。「この時間、あそこには、ほとんど人なんかいない! こういう時は人の多いトコに移動した方が――!」

「うるさいド素人! 忘れたの!?」葛城は怒りに満ちた表情を見せながら、足許に転がる肉の塊を指し示す。「さっきの爆発は、『人の大勢いる場所』で起きたのよ!? 分かる!? これをやった奴は、人がいるとかどうとか、全く気にしてないの! だったら、紛れるより、誰の眼にもつかない場所に逃げ込んだ方が、何百倍も安全なの!」

 今度こそ、五十嵐の口が塞がる。反論のひとつも出てこなかった。そして同時に驚愕してもいた。この異常な状況下で、なぜこうも冷静に対応策を巡らす事ができるのか。もちろん、彼女の顔には決して少なくない量の汗が浮かんでいたし、表情を見てみても恐怖しているのは一目瞭然だった。それでも、自分達が助かるための方法を、彼女はしっかりと明示した。

 こんな事が、果たして一介の高校生にできるのだろうか。

 ――『慣れている』。そんな印象を、彼女の表情から五十嵐は読み取った。

「ボサッとしない! 置いていくわよ!」葛城が急かす。

「あ……悪い、すぐに行く!」

 何にしても、今は彼女について行った方が良さそうだ。背負った少女の重さを感じながら、五十嵐は砕けたアスファルトを蹴った。

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