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Like A Broken Mirror  作者: 勾田翔
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4(二月六日――午後五時二三分~午後五時三二分)


   4(二月六日――午後五時二三分~午後五時三二分)


 武田(たけだ)は辺りに広がる光景を眺めて、不機嫌そうに舌を鳴らした。黒のスーツの上から羽織った、カーキ色のコートのポケットに手を突っ込む。取り出した、くしゃくしゃの箱から煙草を一本抜き取ると、口に咥え、安物のライターで火を着ける。存分に煙を吸い込み、肺が紫煙で満たされると、満足そうに吐き出した。

 武田がいるのは、とある集合住宅街の一角だった。七年前に大火事が起こり、ほとんどの建物が焼かれ、それ以来、人の寄りつかないゴーストタウンと化している場所だ。ここの敷地があまりにも広いため、取り壊すのに莫大な予算がかかるのか、いまだに建物ひとつなくなっていない。

 ここら一帯を取り囲む急造の壁が、この住宅街と外の街を明確に区切っていた

 彼の足許には、赤黒いシミが広がっていた。乾いた血液である。

 三日前だ。武田の部署に突然、電話がかかってきた。通報してきた女性は、住宅街の建物の屋上が爆発したと言った。もちろん、最初はただのイタズラ電話だと思い、そこまで気にしてはいなかった。

 しかし、そのあとにも続々と同じ内容の通報があった。そして、通報してきた者達で、現場の近くにいたという人間達は口を揃えてこう言った。

『爆発の正体は「青白い光」だった』と。

 事件が起きたと明確に認識した武田達は、すぐに現場へ向かおうとした。

 ――そこで、上からの圧力がかかった。

 この件に関する調査の一切を禁止すると、警察のトップ――警視総監自らが連絡を回してきた。命令に従わなかった場合は、減給では済まされないほどの処分を課すと。迷いなく言い放ったのだ。

 武田は反対したが、抗議むなしく結局その日調査が行われる事はなかった。

 その日の警視総監の話では、あの集合住宅は、署とは別の、その場所専門の捜査機関が派遣されているという事だった。

 だが、そんな話はデタラメだった。納得がいかず、後日こうして来てみれば、捜査官など誰一人いない。集合住宅周囲が頼りないテープで封鎖されているだけだった。

「……絶対、三日前にここで何かがあった……間違いねえ」武田は咥えていた煙草の先端を噛み潰した。

 周囲には、血痕以外にも無数の空薬莢が転がっていたし、手榴弾などの爆発物を使用した形跡も見られる。通報の際、爆発があったと言われたビルの付近には、このビルの屋上から切り離されたと思しき、非常階段の残骸も転がっていた。

 この疑いようのない事実を目の当たりにし、武田は疑問よりも、まず先に憤りを感じた。足許に広がる血痕は、あの日の大雨で大部分が洗い流されたものだと考えても、明らかに致死量を超えている。死体こそ見当たらなかったが、十中八九、大きな事件が起きたのだと考えていい。

 それをどういう理由があってか、上層部は今回の件を隠蔽しようとした。

 刑事としてのキャリアは長い。今年で三五年になる。しかし、こんな事は今まで一度だってなかった。裏がある、と武田は思う。

「上等だ……」武田は押し殺すようでいて、しかしずっしりと重みのある声で呟く。「この事件は俺のモンだ……上の思惑なんかどうでもいい」

 ――誰だか知らないが、自分が守り続けてきたこの街を、そう易々と荒らさせてやる気はない。



 携帯電話に着信があったのは、ちょうど煙草を吸い終えた時だった。煙草の箱をしまっている方とは逆のポケットを探り、折り畳み式のそれを取り出すと、通話ボタンを押し、耳に当てる。

笠峰(かさみね)か。何の用だ?」

『大変です! 武田さん!』電話越しの部下の声は上擦っていた。元々、落ち着きもなく、胆の小さい男ではあったが、今日はいつにも増して怯えた様子だった。

 武田は、半ばパニックに陥っていた笠峰を、「落ち着け」と諭して続けた。「順を追って話せ。一体何があった?」

『六丁目ッ、大学病院前の交差点です! ……突然、道路が爆発したんですッ!』

「……ッ!」武田が息を呑んだ。そんなまさか、と思った。しかし三日目の一件と無関係とは思えなかった。「それで、どうなった!?」

『自分も遠目からしか確認できていませんが、何人か巻き込まれたようです! あとは、爆心地のすぐ近くに、高校生くらいの男女が……』

「俺もすぐに行く! お前は付近の人間を避難させろッ!」

『わ、分かりました!』

 返事を聞くと、すぐに通話を切る。

「絶対、シッポ掴んでやるよ……! 首洗って待ってやがれ!」

 まだ見ぬ犯人に向かって武田は、明確な敵意を持って言い放った。

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