2(二月八日――午前四時六分~午前四時一五分)
2(二月八日――午前四時六分~午前四時一五分)
一方的だった。五十嵐が捨て身の戦法で、命を削って立ち向かって、それでも結局一人では勝つ事のできなかった、須磨という青年。
彼は、すでに虫の息で汚い地面に倒れ伏していた。鈴鳴の本気の『セフィロト』を前に、成すすべもなく粉砕された須磨は、四肢を痙攣させ、血走った眼で正面に君臨する鈴鳴をねめつける。それだけが、今の彼にできる唯一の抵抗だった。
「私は、あなたみたいな人を許せない……」鈴鳴は悲痛な面持ちで、「でも」と続ける。「この力で、誰かを殺したくない……! だから、早くここから消えて……!」
身体の至るところに裂傷を刻まれた須磨だったが、脚だけは無事だった。それは鈴鳴の最後の良心だったのだろう。退きさがる口実を、須磨に突きつける。
五十嵐は、二人から数メートル程度離れた場所で、その様子を見守っている。
目に入る景色は、須磨が爆弾で吹き飛ばしたり、鈴鳴が『セフィロト』で蹂躙してできた爪痕が深く刻みつけられていた。
やがて、「あははぁ……」と須磨が粘質な笑い声をあげた。「僕が最初に仕掛けた建造物と壁の崩落……あれはね、あくまでも『あなた達を閉じ込める』ためにやったんです」
負け惜しみのように語る須磨。もう、お前が何を言っても無駄だと内心で五十嵐は吐き捨てる。お前と鈴鳴の実力差は圧倒的なんだ。
だが――
「『セフィロト』にだって、もちろん限界はあるんです……。これ以上は受け止められないという質量が、確実に存在する……」
――須磨の歪に歪められた唇から、ドロドロとした触感の言葉が吐き出されるたび、場の空気が徐々に変質していく。
「研究所のデータは、そのほとんどが脱走事件の際に焼き払われてしまいましたからね。『セフィロト』の限界について詳しい事は分かりません。……けど」
須磨の口角が、これ以上なく上につり上がる。
「ここら一帯の建造物が、全て倒壊してきたらどうでしょう?」
ダッフルコートの袖口から、何かが飛び出した。
「――ッ!」眼を見開いた鈴鳴が止めようとしたが遅かった。
須磨の手に握られていたのは――爆薬の信管に信号を送るための無線機だった。
ボタンは、すでに押されている。
頭上から最初の襲撃時とは比べものにならないほどの、爆音が轟いた。さらにそれだけではない。建物を根元から破壊するために一階にも爆薬が仕掛けられていたらしく、すぐ近くからも紅蓮の炎が湧き上がる。バキバキという、コンクリートに亀裂が入っていくノイズと共に、周囲の建物が全て『三人のいる方向』へと傾いていく。
「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッッッ!!! これもあらかじめ仕掛けておいたんですよおッ! 火薬の量も、生じる爆風の向きも、崩落するコンクリートの質量も! 全部計算して、設置したんです! 塞ぐためじゃない! 殺すためだ! あなた達のいる一帯に一点集中して降り注ぐ瓦礫を完璧に防ぐ事ができるならやってみてくださいよ! さあッ!」
声を大にして獣のように須磨は笑う。鈴鳴の示した道を、彼女の良心を、一寸の迷いもなく踏みにじり唾を吐きかける。その姿に、まともな倫理観念は見受けられない。
五十嵐は噛みつくように叫んだ。「お前……ッ! 自分が何したか分かってんのか!? これじゃあ、お前まで潰されるぞッ!?」
「知ったこっちゃありませんよ! あなた達二人を、道ずれにするつもりなんですからねえッ!」倒れ伏したまま、彼は勝ち誇ったように笑い続ける。
五十嵐、鈴鳴、両名の顔から血の気が引く。もはや走って逃げ込めるところに、安全地帯となりそうな場所はなかった。
突如、自分の立っている場に、濃い陰影が差した。
見上げた先には――こちらに向けて一直線に振り下ろされる大質量のハンマーがあった。




