10(二月八日――午前三時二七分~午前三時二九分)
10(二月八日――午前三時二七分~午前三時二九分)
空になったロケットランチャーの発射装置を投げ捨て、手許に控えさせていたスナイパーライフルを構える。スコープを覗き込む。
どうやら、自分はこの場所に因縁があるらしい。銃を構える先には、廃墟と化した住宅街が広がっていた。周囲を高い外壁で囲われ、その他の世界と明確に隔離されている場所。
――あの夜、千条神羅に自分が敗北した場所。
スコープ越しの景色からは、今さっき久郷がロケットランチャーによって爆撃した建物のフロアが確認できた。砂埃が舞い上がり、景色が閉ざされている。
久郷がいるビルの屋上から、千条神羅達がいる建物までの距離は――およそ九〇〇メートル。
視界の悪さと、吹き荒れる風は、それだけで狙撃の正確性を大きく削り取る。
さらに長年愛用していた狙撃銃は、千条神羅と初対峙した際に破壊されており、今手にしているのはスペアの安物に過ぎない。銃そのものの精度もたいした事はない。
だが。
「そんな些細な事は、関係ない」久郷は、はっきりと断じた。
条件が悪いからどうした? 武器の性能が良くないからどうした?
そんな小さな事は、全て自分自身の技術で補ってしまえばいい。
久郷は引き金に指をかける。自分の役割は時間稼ぎ。一秒でも長く、千条神羅をあの場に足止めしておく事だ。ゆえに、自らの心が落ち着くのを待っている余裕は存在しない。
――撃つ。
耳を穿つような発砲音が鳴り渡り、射出された弾丸が砂塵の向こうにいた千条神羅を確実に捉えた。さらに連続して引き金を引く。銃弾が到達するたびに、この距離からでも視認できる『セフィロト』の盾が防御してしまう。銃撃は一発たりとも千条神羅自身には当たらない。
――それでいい。
久郷は内心で囁く。最初から狙撃で倒せるなんて思っていない。
狙いは、もっと別のところにある。遠方から連続して狙撃する事によって、千条神羅をこの場に縫い止める。おそらく『セフィロト』の有効射程は、狙撃銃ほど長くはない。
それは彼との最初の戦いを通じて掴んだ情報だ。あの時、久郷の撃った銃弾を防御した千条神羅は、久郷を始末するためにわざわざ接近してきた。それはすなわち、彼が遠距離戦を苦手とする事を意味しているのではないか。
千条神羅は依然、身動きが取れずにいる。――『今』だ、やれッ!
その瞬間――あらかじめフロアの入り口付近に張り込んでいた五十嵐が、突如として姿を現し、少女を抱え、一目散に走り去る。
千条神羅が驚愕の表情を向けたが、もう遅い。久郷は重ねて弾丸を叩き込んでいく。
そう。これが久郷と五十嵐の立案した作戦だった。五十嵐が単身、千条神羅のもとへ潜入し、久郷の奇襲と共に突入――少女を救出する。作戦は成功した。
「これで心置きなく、千条神羅と戦える」
弾倉が空になった瞬間、久郷は狙撃銃を放棄すると身を起こして出口へと向かった。
条件は整えた。ここからが本番である。




