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Like A Broken Mirror  作者: 勾田翔
惨殺
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8(二月八日――午前一時三〇分~午前一時五六分)


   8(二月八日――午前一時三〇分~午前一時五六分)


 鈴鳴の操る力――『セフィロト』と呼ばれるらしい青白い色をした閃光が、迫りくる銃弾を受け止め、追跡者達を瞬く間に昏倒させていく。

 あらかた特殊部隊の連中を戦闘不能に陥らせたあと、鈴鳴は小さく深呼吸した。身体的なダメージは全くないが、彼女はどこか苦しそうだった。

「どうした、大丈夫か?」怪訝に思った五十嵐が、彼女に問う。

 鈴鳴は力なく微笑んで、「大丈夫、ちょっと怖かっただけ」と五十嵐の眼を見た。「この力……今まで人に向けた事なんて、なかったから……」

「……そうか、無理するなよ」

 彼女の持つ『力』を目にした時から、気になっている事があった。詳しい事は知らないが、彼女曰く『生命力』を操るという、この『セフィロト』と呼ばれる力。

 これを鈴鳴が最初から扱う事ができたというなら。

「どうしてそれを、俺のアパートで襲われた時に使わなかったんだ?」

「……私、この力が嫌いなんだ」彼女は迷いを見せながらも、こう答えた。「ちょっとでも使い方を間違えたら……たくさんの人が不幸になってしまう……それに、この力を見せたら……皆、私を嫌いになっちゃうから……」

「…………」

 おそらくは、それが彼女の本音。人とは違う事ができてしまう自分を、他人が避けてしまう。彼女は、何よりもそれを恐れているのだ。

「ねえ……やっぱり、あなたの意見は変わらない?」

 哀れみすら込めた視線で、鈴鳴はこちらを見つめてきた。

「当たり前だろ」と五十嵐は躊躇せずに答えた。「お前は人間だよ。俺達と同じ。……上手く言えないけど……それだけだ」

「優しいね……」

「そんなんじゃない」五十嵐は、そこだけは明確に否定するように、「きっとさ」と頬を掻く。「……きっと一番最初にその力を見せつけられてたら、俺は鈴鳴を畏怖してたかもしれない。俺が最初に見たのが、君の(なかみ)で、そのあとに見たのが(そとがわ)だったから、俺は君の味方でいようとしたんだと思う」

 それが俺の本音かな、と五十嵐は言った。自分が彼女に抱いた第一印象によっては、俺は彼女の敵になっていたかもしれない。それは正直な気持ちではあった。

「でも、あなたは私を受け入れてくれた。それは変わらないよ」

 鈴鳴の可愛らしい微笑みを受けて、五十嵐は思わず顔を赤らめながら、そっぽを向いた。「ま、そうだな……」

「ちょいとー、こんな状況で何をイチャついてんのよ」

「ッ!」横合いからかけられた声に、ドキリとして振り向く。少し先に、ジト目でこちらを睨みつけてくる葛城の姿があった。「葛城!」と声をあげる。「無事だったのか!」

「そのセリフ、そっくりそのままお返しするわ」

 とにかく生きててよかった。積もる話もあるだろうが、まずは合流できた喜びを噛み締め、一緒にここを離れよう。鈴鳴と顔を見合わせると、葛城のもとへ駆け出す。

 その瞬間――


 ――葛城の背後から、何か柔らかいものが張り裂けるような鋭い音が響いた。


「え……?」と驚愕の表情を作ったのは、葛城本人だった。一瞬遅れて、彼女の口の端から赤い液体が伝った。彼女の身体が、電球の電源を切ったかのような唐突さで、ガクリと折れ曲がる。そのまま地面に倒れ伏した。「く……ご、う……ごめ、ん……」


「ようやく……探し当てた。やっと……! やっと会えたな……鈴鳴……ッ!」


 葛城の背後、つまり五十嵐の正面から靴音がする。『光』が、その靴音を鳴らしている者の全体像を明るく照らし出していた。

 五十嵐より少し年上くらいの、長身の青年だった。無造作に流れる銀髪は、鈴鳴のものと全く同じ色。黒ジャケットとブラックジーンズという黒づくめの格好だった。その黒さが、頭部の銀色を、より際立たせている。

 そして――青年の右手には、『セフィロト』によって形作られた光剣が伸びていた。

 突然、背後から何の警告もなく、葛城を斬りつけたその青年は、自分のやった事などどこ吹く風といった様子で、ゆっくりと近づいてくる。「鈴鳴、鈴鳴、鈴鳴……! 俺の……俺の天使……俺の全て……!」

 彼はしきりに鈴鳴の名を口にする。本当に本当に嬉しそうに。さながら、生き別れの兄妹に再会したかのように。目許には、うっすらと涙の粒が溜まっていた。

「七年……あの時、あの場所で君と別れてから……七年間君を探してさまよい続けた」

 青年が、鈴鳴に向かって手を伸ばす。まるで地獄の縁から、救いを求めるように。手を差し伸べてくれ、と言っているようだった。

 だが青年の望みに応える者はいなかった。鈴鳴は、彼を拒むように後ずさる。「いや……」と彼女は首を振った。「来ないでッ!」彼女の声が悲鳴のような質に変わった。耳を塞ぐように、両手で頭を押さえる。「私は……もうあなたに会いたくない! 私に、あの時の事を思い出させないでッ!」

「どうしたんだよ、鈴鳴……? 俺達、友達じゃないか。何で……逃げるんだ……?」

 歪な笑みを洩らしながら、青年は、なおも鈴鳴に近づこうとする。彼が歩を進めるたびに、鈴鳴が短い悲鳴をあげ、後ろにさがる。

 五十嵐は、見ていられなくなった。スタンロッドを構え、鈴鳴を庇うように前に躍り出る。「止まりやがれ! このストーカー野郎! これ以上彼女に近づいてみ――ッ」

 無造作に。

 眼前を飛ぶ邪魔な羽虫を払いのけるような動作で。

 青年が腕を振るった。

 たったそれだけで、顔面に激烈な痛みが突き刺さり、横合いに弾き飛ばされる。頭から壁に激突、側頭部を覆う薄い肉が裂けた。殴られたという事実に気づくまで数秒を要した。

「いやああああああああああああッッッッ!!」鈴鳴が絶叫する。「お願いやめて! これ以上、私の大切な人を傷つけないでッ!」

「大切な……ヒト?」青年が、意味が分からないという調子で、眼を丸くする。「こんな屑共、ただの肉と脂肪の塊じゃないか。生き物じゃないんだよ。あの研究者達と一緒だ。コイツらは、単なる人間の皮を被った悪魔だ」

「違う! この人も、真彩のお姉ちゃんも……私なんかより、あなたなんかより……もっともっと心の優しい人達だよッ!」

「かわいそうに……。君は、この悪魔共に洗脳されているんだ。俺がすぐに解いてあげるよ……」

「いやッ! やめて!」

 暴れる彼女の事など一切気にせず、青年は彼女の小柄な身体を片手で抱き上げた。

 五十嵐は飛びかけた意識の中で、鈴鳴が連れさらわれていくのを、ただ茫然と眺めている事しかできなかった。



「お前……葛城、なのか……?」という声が頭上からしたのは、黒づくめの青年と鈴鳴の姿が完全に消えてからだった。

 出血により、ぼんやりとした頭を上方に向けると、一人の男が眼に入った。

 見覚えのある姿だった。軍人のように鍛え抜かれた体躯に、ワインレッドのジャケット。精悍な顔つきの相貌にはサングラスをかけている。

 昨日の昼間に、大学病院前の交差点で言葉を交わした男だった。

 男は葛城の亡骸の前に屈み込み、信じられないものを眼にしたように震えていた。

「あ……アンタは……?」

 五十嵐がかすれた囁きを洩らすと、男はこちらに気がついたらしい。ここにきて、初めて五十嵐と男の視線が合う。「君は、まさか昨日の……?」

 そして男は五十嵐の怪我に気づくと、慌てたように歩み寄ってくる。懐から包帯を取り出した男は、「おとなしくしているんだ」と言いながら、手早く頭に包帯を巻いていく。

「どうして……そんなもの持っているんです……?」

「常に、危険と隣り合わせの仕事をしている」手は休めず、男は答える。

「もしかして……」五十嵐には思い当たる節があった。「殺し屋ですか……?」

 男は僅かに驚いたようだが、「そうか」とすぐに冷静さを取り戻した。「君が……彼女の言っていた友達か……」

 男は五十嵐から眼をそらすと、すぐ近くに横たわる葛城を見つめた。

「彼女は……どうして死んだんだ……?」

「……男」と五十嵐は言った。「銀髪の、二十歳くらいの男がいきなり彼女を……」

「銀髪だと?」男の顔が跳ね上がった。「今、銀髪の男と言ったのか!?」

「……心当たりがあるんですか……?」

「俺が、倒すべき相手だ。仕事の標的として。俺の腕と眼を潰した事による私怨として。そして……俺の、かけがえのない二人の友人を奪い去っていった復讐対象として」

 男の表情に変化はない。

 しかし、その瞳の奥には湛えきれない憎悪の炎が渦巻いているように感じられた。

 五十嵐は恐る恐る尋ねる。「あの男と……戦うんですか?」

「そうだ」

「なら、助けてくださいよ……ッ!」五十嵐は泣きそうな声で、男を見た。「あのイカれた男に、大切な人が連れていかれたんだ……! 彼女は、最後まで嫌がっていたのに……俺は、何もしてやる事ができなかった……ッ!」

 五十嵐は奥歯を砕くような強さで歯を食いしばる。自分への無力感に頭が蝕まれる。

 葛城も死んだ。鈴鳴も連れて行かれた。なのに、自分は生きている。

 それが許せなかった。

 一番、無力で役立たずだった自分が、見逃された事に対して憤慨している。

「俺……もう、どうしたらいいか……ッ!」

「……君、名前は何という?」男が尋ねる。

「五十嵐……」

「五十嵐君か。俺は久郷という。さっき君が言った通り、殺し屋をやっている。そして俺は、葛城を殺し、君の大切な人をさらった銀髪の男――千条神羅を追っている」

 交換条件だ、と久郷は言った。

「葛城の家を知っているなら、案内してくれ。彼女の持つ機材を使って防犯カメラ、その他のネットワークをハッキングする。この一帯に千条神羅がいる事は分かっている。どんな手を使ってでも、奴を見つけ出す」久郷は五十嵐の肩に手をまわして、立ち上がらせると、「だが」と言った。「その大切な人を救いたいのなら、五十嵐君、君にも手伝ってもらう」

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