7(二月八日――午前一時二分~午前一時二一分)
7(二月八日――午前一時二分~午前一時二一分)
「まさか、こんな時にアンタと鉢合わせるとはね……」不機嫌そうに呟いたのは、先ほど偶然出会った葛城だった。しかし明らかにいつもの彼女ではない。普段の大人びた雰囲気はそこにはなく、実際の年よりも幼く感じられる童顔が鎮座していた。
彼女曰く、『すっぴん』らしかった。そういえば、化粧を落とした顔を見るのは、これが初めてだなと久郷は思う。――本当に化粧で女は変わるものだな。
二人で細い裏路地に身を潜めながら、「一体、どういう状況なんだ」と久郷は尋ねる。「あれだけの人数のSATに追われなければならないような事をしたのか?」
「多分、ただのとばっちり」溜息交じりに葛城。
「だろうな」久郷は、昼間に出会った須磨という青年を思い出す。「どうやら、事件解決のためには、民間人の殺害もいとわないというのは本当らしいな」
「……アンタもアンタで、めんどくさい事に巻き込まれてるみたいね」
「いつもの事だ」肩をすくめてみせる。
「ところでさ」と葛城は突然話題を切り替えてきた。手にしたスマートフォンを軽く振って、「実は、刈谷と電話が繋がらないのよ」と言った。「電波妨害のない場所で、何回かかけてみたんだけど全然出なくてさ……アンタ、何か知らない?」
「ッ」その瞬間、久郷は言葉に詰まった。どう答えるか僅かに逡巡すると、正直に、「死んだ」と言った。「今、俺とお前が巻き込まれているものと、同じ渦に飲み込まれて死んだ」
「うそ……」彼女は信じられないという顔をした。
「本当だ。俺が今追っている標的に殺されてしまった。信じられないというなら、見てこい。この先の路地裏に死体がある」
葛城は俯いてしまう。「刈谷……」と力なく呟く。無理もない。彼女にとっても刈谷は大切な存在だった。単なる仕事関係ではなく、一人の友人として。
「しっかりするんだ」久郷は彼女の肩を掴んで言う。「刈谷の死を悼んでやるにしても、それは全てが終わったあとでだ。まずは俺達が生き延びる事が先決だ。俺達が死んで、あの世に行けば、今度はあいつが悲しむだけだ」
「うん、うん……分かってる……!」葛城は切れ切れに囁きながらも、目許を拭う。胸の内のわだかまりを払拭できてはいないだろうが、意識は切り替えたようだ。
「よし」と久郷は、彼女の肩を叩く。「行くぞ。立ち塞がる者は、片っ端から薙ぎ倒す」
二人は立ち上がる。それぞれの得物を構え、勢いよく路地から飛び出した。周囲を索敵していたSATの数人が、こちらに気づく。
拳銃の照準を合わせ、久郷と葛城の二人は初撃を放つ。
広がるのは血だまり。動く人影はふたつのみ。地には無数の空薬莢が散乱していた。
「これで全員か」と久郷は辺りを見回した。「増援が駆けつける前に、ここから離れた方がいいな」彼は葛城を見やって、「お前はどうするんだ?」と尋ねた。
「私は……途中で別れた友達がいるから……そいつを探しにいかないと」
「その友達というのは、一般人か?」
「うん、私が守ってやんないと危なっかしいからさ」彼女はいたずらっぽく微笑む。
「そうか、ならここでお別れだな」久郷は身を翻す。
「あ、ちょっと待って」葛城が呼び止めてくる。「ひとつ……いいかな?」
久郷は彼女に向き直る。「何だ?」
「アンタにとっての私ってさ……どういう存在?」
久郷が僅かに眼を見開く。普段の彼女らしからぬ質問に、怪訝な表情になる。「いきなりどうしたんだ?」
葛城はむっとして顔を紅潮させながら、詰め寄ってくる。「いいから、答えてよ。友達とか、そういうありきたりなものじゃなくて」
「どうと言われても……」久郷は返答に困る。普段の彼女とのやり取りを思い出して考えてみる。少しの沈黙のあと、浮かんできた単語を口にする。「娘、だな」
「ロリコン」
「お前が教えろと言ったんだろう」久郷は辟易とする。
「……それってさ。アンタにとって私は、まだまだ子供だって言いたいの?」
「当たり前だ」久郷は断じた。「どうして俺の仕事の報酬を、毎回毎回半分も強奪していくような輩を大人だと認めないといけない?」
「うっ……」触れられたくなかったところを、つつかれたといった様子で呻く葛城。
「一体、誰に何を言われたか知らないが」久郷は彼女に目線を合わせて、「そんな事を気にする必要はないんだ」と諭した。「俺や刈谷にとっては、お前はまだまだ手のかかる娘と同じだ。そして俺達のような大人はそうやって子供に手を焼く事で、同時に何かを学んだり、自分が大人であるという自覚を改めて持つものだ。だから決して、それを恥じる事なんてない。お前は自分のペースで、これからゆっくりと成長していけばいいんだ」
久郷は、生身の左手を彼女に頭に乗せると、くしゃくしゃと撫でてやる。
「うん、分かった……!」葛城は胸につっかえていた何かが取れたように、さっぱりとした調子で笑った。「ありがとう」
久郷は小さく頷く。それから曲げていた膝を伸ばす。「さあ、もうすぐ増援が来るぞ」
「いい!? 死んだら許さないわよ!」すっかりいつもの調子を取り戻した彼女が、ビシッと指を差してくる。
「ふっ、こっちのセリフだ」
拳を力強く突き合わせ、二人はお互いに背を向けた。




