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Like A Broken Mirror  作者: 勾田翔
惨殺
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5(二月八日――午前〇時二二分~午前〇時四五分)


   5(二月八日――午前〇時二二分~午前〇時四五分)


「起きて! ここから逃げるわよ!」

 葛城の一喝で眼が覚める。

 事態は一気に豹変していた。リビングに置いてあったパソコンからけたたましい警告音が鳴り渡っている。彼女に連れられて画面を覗き込んでみると、マンションの内部が映し出されていた。

「このマンションの全ての防犯カメラをハッキングして、私専用のセキュリティに作り替えていたんだけど……どうやら相手の方が上だったみたいね……!」

 画面の中には、数十人以上の兵士がいた。その手には、重そうなアサルトライフルが握られていて、有無を言わせず怖気を与えてくる。

「コイツらは……!?」

「服装や装備を見る限りでは……おそらく警察の特殊急襲部隊ね。テロやハイジャック事件の対処のための組織のはずだけど……実際は、そんな綺麗なものではないみたいね……」

「そ、それって……」

「アンタから聞いた話を統合して考えると、間違いなく連中の狙いは私達。私が撃ったコートの優男も、もしかしたら連中の仲間だったのかもね」

「なッ……!?」

 そんな危険な者達が、今、俺達を殺すためだけにここに向かってきてるってのか!?

「とにかく」葛城は、怯える鈴鳴にコートを手渡しながら、ベランダの方を示した。「あっちに非常用の逃げ道を用意してるから。それを使って逃げるのよ」

 その辺りについては抜かりないようだ。打開策を提示され、僅かに安堵の溜息を洩らす。

 しかし。

 五十嵐達が具体的に行動を起こす事はなかった。


 突如として金属を食い破る轟音が響き渡り。

 玄関のドアが破られたのだ。


「…………ッッ!!」

 砂煙が吹き込んでくる。部屋の向こうから、いくつもの軍用ブーツを踏み鳴らす音が聞こえてくる。それに混じって鼓膜を震わせるのは、重厚な金属音。

「動くな!」兵士の一人が叫んだ。それを合図として、一〇人近い兵士達がこちらに向けてアサルトライフルを構える。全員がヘルメットで頭部を覆っていて表情を窺い知る事はできそうにない。機械的に照準を定める彼らが、とてつもなく恐ろしい。

 葛城の方も反射的に拳銃を取り出したようだが、この人数相手には太刀打ちできないだろう。歯噛みする彼女の頬には一筋の汗。それが冷や汗である事は明らかだった。

 先ほど叫んだ兵士が、周囲の者達に向けて言う。「子供だからといって気を抜くな! 相手はあの須磨さんを倒しているのだからな……!」

 牽制された三人は、もはや何の抵抗もできる状態ではなかった。男達の気分ひとつで射殺されてしまうのだから。

 ここまでか、と思った時だった。

「少し交渉をしてみようか」

 落ち着き払った声で、一人の男が割り込んでくる。青系の制服に身を包んだ男だった。彼が現れた瞬間、兵士の男達が慌てて道を開けた。

「私は警視総監の松坂(まつざか)という者だ。手荒な真似をしてすまない。修理費用はこちら側が責任を持って出す。なので、その点については安心してほしい」

 だが、と松坂と名乗った男は言葉を区切る。

「そちらが私達に協力してくれるなら、の話ではあるが」

 五十嵐は重い口を開く。「協力……だと……?」

「そうとも。こちらの求めるものは、君達ではない。――そちらの、銀髪の実験体だ」

 松坂が弾丸のような眼光で、鈴鳴を睨みつける。

「それを私達に引き渡せ。そうすれば君達二人の命は保障しよう」

「……嫌だと言ったら?」

「もちろん、三人もろとも死んでもらう」

 ジャコッ、と。

 懐から抜き放った大型の自動式拳銃を突きつけてくる松坂。その立ち姿には一切の迷いがない。本気で撃つ気だ。

「ああ、そうだ」松坂は何かを思い出したように葛城を見やった。「私が殺害を依頼した刑事についてだが……まだ生きているようだな? 依頼は失敗した、という事でよろしいのか?」

「ふん、やる気がなくなったのよ。私みたいな部外者に同僚殺させようなんて、警察官なんてご立派な職業就いてるくせして、セコい事やってんじゃないわよバカ」

「言い訳か? これだから子供はダメなんだ。与えた仕事もまともにこなせない。本当に役に立たないクズ共ばっかりだ」松坂は首をゴキリと鳴らす。「さあ、どうする? その実験体を差し出して生き残るか、それとも三人仲良く血を見るか。好きな方を選べ」

「……ねえ」と切り出したのは鈴鳴だった。「私が、そっちに行けば……二人を本当に助けてくれるの?」

 松坂の口角がつり上がる。「もちろんだ。多くの血を流す事自体は、我々の望むところではない。穏便に事を運ぶ事ができれば、それが一番いいのだから」

「……分かった」鈴鳴の足が、松坂の方へ向く。

「待て! 行くな鈴鳴!」という五十嵐の制止も聞き留めず、彼女は迷いのない足取りで、自ら拘束されに行ってしまう。

 松坂に乱暴に腕を掴まれ、こめかみに拳銃を押しつけられる鈴鳴。彼女は、それでも笑みを崩さず、五十嵐達を優しく見つめる。

「(……ふざけんじゃないわよ、あんなゲス野郎なんかにしてやられるなんて……!)」

 小声で話す葛城の表情には、抑えきれない怒りが湛えられている。

 しかし、今の自分達では何もできないのは明白だ。

「(しかたがない……ここは、奴らに従おう。多分、すぐに殺される訳ではないはずだ。あいつらがいなくなってから、鈴鳴を助け出すための算段を――)」


「――よし、その二人を射殺しろ」


 あまりにも。

 あっさりと。

 松坂は顔色ひとつ変えずに、周囲の隊員達にそう命令した。

 絶句する三人に向けて、嘲笑するような笑い声が次々に放たれる。

「なッ……テメエ! 約束が違うじゃねえかッ!!」

「図に乗るな。ここまで裏の世界に深く踏み込んでしまった以上、タダで帰れると思うな。お前達は立派な危険分子だ。日本という一国家のために、そちらには死んでもらう」

 やれ、という短い指示。

 直後に、無数の銃声が室内に木霊した。



 五十嵐は内心で首を傾げた。どうなってる? 銃声がしてから、もう何秒も経っているのに、どうして俺は死んでいないんだ?

 身体のどこに意識を集中させてみても、痛みらしき感覚はない。

 つまり、銃弾は一発たりとも当たってないという事になる。

 外れた? いや、この距離でプロが外すはずがない。なら、どうして――


「許さない……!」


 ――重くのしかかる怒りの囁き。

 固く閉じられていたまぶたをゆっくりと開けると、信じられない光景が広がっていた。

 それは、光。

 五十嵐と葛城の二人を、ぐるりと取り囲むようにして展開された青白い光のカーテンが、全ての銃弾を掴み取っていた。

「絶対にあなた達を許さない!」駆け抜ける怒声。全身から青白く発光する閃光を噴出させ、鈴鳴は、それらをまとめて薙ぎ払った。大気を切り裂く音が耳を穿ち、呆気に捕らわれていた兵士達を容赦なく吹き飛ばす。

「貴様ッ!」松坂が拳銃を彼女に向けるが、すでに遅かった。一瞬の内に銃身が粉々に砕け散り、無防備となった腹部に、鈴鳴の放った右拳が突き刺さる。「ごはッ!?」という短い悲鳴と同時に、後方に大きく吹き飛んだ松坂の体躯が、壁にめり込んだ。

「な……!?」

「うっそ……!?」

 目を見開いて固まる二人。今、起きた事が現実のものだとは思えなかった。

 生き物のように蠢く閃光が無数の銃弾を防ぎ、光の塊が振り払われただけで一〇人近い人間が宙を舞ったのだ。極めつけは松坂への最後の一撃。鈴鳴の小柄な身体から繰り出された拳打が、大の大人を昏倒させた。

 こんな事がありえるのか? 明らかにこの世の常識を超えた『力』。本来なら存在しえないはずの現象を自らの意思で操り、襲撃者へ向けて叩きつけた少女は、全身から淡い光を漂わせながら、こう言った。

「……これでもまだ……あなた達は、私の事を人間だって思ってくれる……?」

 その瞳は暗く濁っていた。微笑を浮かべた相貌は、返って哀しみを浮き彫りにさせているかのように思えてしまう。彼女の周囲だけ、大気が凍りついてしまったようだ。

 ザリ、と。

 壊れた家具の破片を踏みしめながら、ゆったりとした歩幅で鈴鳴が歩み寄ってくる。

 数十センチずつ彼女が近づいてくるたびに、背筋に冷たい何かが走り抜ける。明確な恐怖という感情を伴って四肢が震えだす。喉の奥が砂漠のように乾く。皮膚全域から血の気が引いていくような感覚に苛まれる。

 逃げろ、と。

 あらゆる脳細胞から、この場からの即時逃走を促す命令が絶え間なく飛んでくる。ここにいれば危険だ。油断しているとさっきの松坂のようになってしまうぞ、と。

 この『化け物』から一刻も早く離れ――

「関係あるか……!」

「……?」

 ぶるぶると震えあがる指を無理矢理動かして握り拳を作る。硬直した足を意地だけで前へ運び出していく。唇を引き結び、まっすぐと彼女を見据える。

 そして。

 鈴鳴の前で屈み込むと、彼女の身体を抱き寄せ、しっかりと抱え込んだ。

「安心しろ。俺はお前の事を人間として見てやる。絶対に……お前を蔑んできた奴らみたいな事はしない!」

「あ……」鈴鳴は口をパクパクとさせ、必死に何かを伝えようとしているようだが、言葉にできないらしい。やがて呻きのような声は、押し殺すような嗚咽に変わる。

「……ま、そいつの言う通りね」バツが悪そうに頭を掻きながら、葛城も割り込んでくる。「鈴鳴ちゃんが自分をどう思ってようと、私達には関係ない事な訳だし。……重要なのは鈴鳴ちゃんが私達を、この状況から助けてくれたって事。それ以上でも、それ以下でもないわ」

 ポンポンと鈴鳴の頭のてっぺんを叩きながら、葛城は言う。

「私達三人がここから逃げるためには、鈴鳴ちゃんが必要よ。また奴らが襲ってきたら……その時は頼めるかしら?」

 力強い言葉を受け、吹っ切れたらしい。ぐしぐしと涙を拭くと立ち上がり、「うん、任せて」と頷いた。

 手早く逃げる準備を済ませると、不意に葛城が何かを投げ渡してくる。

「アンタにはこれね。下手な銃持たせるよりはよっぽどいいでしょ?」

「これって……警棒……?」

「ハズレ、スタンロッドよ。それ一撃当てれば、象でも気絶させられるから」さらっととんでもない事を言ってくる。「自分に当てないようにさえ気をつけとけばいいわ」

「お、おう……」僅かに怖気づきながらも、渡されたスタンロッドのスイッチをつける。バチバチと、思わず身震いする音が聞こえてきた。何にせよ、丸腰よりは心強いか。

「それじゃあ……行くわよッ!」

 騒ぎに感づいて駆けつけてきた隊員に、彼女は容赦なく鉛玉を叩き込んだ。絶叫と共に屈強な男の体躯が後方に傾ぐ。その銃撃を合図として戦闘が始まった。

 三人で玄関を飛び出し、鈴鳴が光の防壁によって銃弾を防御、敵方の弾切れを見計らい、間髪入れずに反撃を繰り返す。後方から姿を現した者達を、鈴鳴が閃光を爆発させて一気にまとめて昏倒させてしまう。

 二人の攻撃によって戦闘不能に陥らなかった隊員を、五十嵐がスタンロッドによって片っ端から気絶させる。一度、あのダッフルコートの青年と戦った経験があったからか、人を殴るという事に関して、そこまで躊躇はしなかった。

 このマンション内に一体、どれだけの特殊部隊員が乗り込んできているのかは分からなかったが、狭い通路内では必然的に少数での戦いを強いられる。単体での戦闘力に限っては、圧倒的に女子二人の方が優勢だった。

 順調に敵を薙ぎ倒しながら、階段を駆け下りていく。途中でかちあった隊員は、鈴鳴が光の一撃でことごとく意識を刈り取っていく。

 一階まで辿り着くと、隊員達に見つからないよう、駐輪場の辺りを通って裏口から外に出る。街は異様に静かになっていて、人の気配を感じさせない。夜中とはいえ、ここまで人がいないのもおかしい。

「……多分ここら一帯の人間は全員、退避させたわね……」

「そうみたいだな……」

 要するに動く者は全員敵という訳だ。分かりやすいが、それは相手も同じ。自分達と異なる姿の人間を見つけたのであれば、発見次第、射殺すればいいのだから。

「どうする? この辺は全部、奴らの狩場になってると考えていい。むやみに動きまわれば、すぐにでも見つかっちまうぞ」

「そうね……頼れる人間ならいるにはいるけど。ほら、昼間に見せたメールの差出人に刈谷ってのがいたでしょ? あいつに頼めば、きっといい隠れ場を用意してくれる」言いながら、葛城はスマートフォンを取り出し、画面を見て舌打ちする。「……明らかな電波妨害ね……これだけ見晴らしのいい場所で圏外って事は……」

 念のため五十嵐も自分の携帯電話を見てみるが、アンテナは一本も立っていない。したがって、ここから助けを呼ぶ事はできないようだ。

 葛城は僅かに思案する素振りを見せてから、「仕方ないわ」と呟いた。「いったん、別行動よ五十嵐。私は電波が通じるところを探して助けを呼んでくる。それまでどこかに隠れておきなさい」

「……一人で大丈夫なのか?」

「心配無用よ。基本的にいつも私は、単身で仕事やってるんだから。こんな状況慣れっこよ。……とはいえ、ちょっとばかり規模が違うけどね」葛城は銃のリロードを完了させると、「なるべく、このマンションの近くにいると助かるわ」と言った。「大体一時間後くらいに合流でオッケー?」

「了解。できれば早く迎えに来てくれると助かるけどな」

 三人で頷き合い、それぞれ二手に分かれる。

 葛城の姿が見えなくなると、鈴鳴と眼を合わせる。

「行こう、鈴――」


「――ちょっと待ちな。いくつか質問させてもらうぜ」


 ガチリ、と。

 重厚な金属音が、背後から何者かによって向けられる。

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