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Like A Broken Mirror  作者: 勾田翔
再会
29/51

18(二月七日――午後九時三〇分~午後一〇時九分)


   18(二月七日――午後九時三〇分~午後一〇時九分)


 指定された時間に刈谷の事務所に戻り、こちらの姿を見てバカ笑いする男の顎に渾身のアッパーカットをお見舞いし、そのあと彼の持つ高級車に乗り込んだ。

「スーツも持ってねえくせして、何だその大量のスーツケースは?」ハンドルを切りつつ鼻を鳴らす刈谷。その顔やめろ、腹が立つ。

 久郷はサングラスの汚れをクリーナーで拭き取りながら、「決まっている」と言う。「パーティー会場で千条神羅についての情報を得たあと、すぐに奴を始末しに行くためだ」

「せっかちだな」

「千条神羅殺害を依頼されている殺し屋が大勢いる。そして今晩、その全員に等しく情報が与えられる。……当然、競争は激化していくだろう。なら、早めに動くに越した事はない。千条神羅は、俺が必ず仕留める」

「……お前さ。何で殺し屋なんてやってんだ?」

「何だ? 急に」久郷は怪訝な表情で訊き返す。

 刈谷は真剣な表情で、「前々から気になってはいたんだよ」と言った。「お前も、葛城も、どうしてこんな危ねえ世界に身を投じたんだよ。はっきり言って、俺には理解できねえんだ。まだ高校生でしかない女の子が、眉ひとつ動かさずに人を殺す。お前の方も……それなりのつき合いだから分かる。久郷、お前だって根は完璧な悪党って訳でもないんだ。まっとうな道を進んでいれば、それなりの幸せって奴を掴めたんじゃねえのか?」

 それを聞いて、「ふっ……」と久郷は静かに笑った。「そう深い事情があった訳でもない。……物心ついた時から、銃が手許にあった。世界の常識や法則を覚える前から、殺しの手段が頭にインプットされていた。学校の勉強を始める前から、銃の扱い方を知っていた。単に自分の身近に、その『世界』があって、それに何の違和感も疑問も抱いていなかった」久郷は車内の窓から夜の街を眺める。「ただ……それだけさ」

「野暮な事訊いちまったな。……悪い、今の質問忘れてくれ」

「なに、構わない。言っては何だが……今はそれなりに充実した人生を送っているつもりだ」

「そうかい。なら――」

「だから、次は俺が訊く番だな」刈谷の言葉を遮り、久郷は不敵に笑う。『オイッ!』という刈谷の突っ込みを無視して、「お前は、どうしてこの業界に入ったんだ?」という先ほど彼が口にしたのと同じ質問をぶつける。

 刈谷はバツが悪そうに頭を掻きつつ、「そりゃあ……」と少し悩むようにぼやいて、「ああ、そうだそうだ」と思い出したように指を鳴らす。「俺っち自身が危険な目に遭わずに、がっぽり金が手に入るから!」

「ははッ、実にお前らしいな!」珍しく久郷が大声をあげる。

 やがて、車内に男二人の剛毅な笑い声が響き渡っていった。



 午後一〇時。

 都内のとある雑居ビルにて、その会合は開かれようとしていた。予想していた通りだが、この会社も裏の業界で暗躍する非合法なものであった。おそらくは本社として、もっと巨大なオフィスビルも所有しているのであろうが、なにぶん表沙汰にはできない集まりだ。

 この喧騒に紛れる雑居ビルが、もっとも都合が良い場所なのだろう。

 ビルに到着すると、入り口付近に配備されたガードマン数人が、こちらに歩み寄ってくる。刈谷がガードマン達の眼前に招待状をかざすと、彼らは快く久郷達を迎え入れてくれた。

 自動ドアを潜り、刈谷と共に指定された階までエレベーターで向かう。目的の階に着くとエレベーターの扉が開き、そこから続く短い廊下を進んで、会場の扉の前まで来ると、そこにも佇んでいたガードマンが再び招待状の提示を要求してきた。もちろん刈谷が招待状を見せてあっさりとパスする。

 会場の中に入ると、人間の群れが発する騒がしいBGMが久郷を出迎えた。すでに大勢の人間が集まっていて、それぞれ料理の乗った皿や、酒の注がれたグラスを手にしていた。

 そして久郷は、周囲に散らばる人間達を見やると、僅かに安堵の溜息を洩らした。

 直前まで、スーツを着ずに普段着のままで来た事を懸念していたのだが……蓋を開けてみれば何て事はない。会場にたむろしている者達は、約半数が普段着のままだった。

 おそらくスーツや礼服で身を包んでいるのが仲介人、普段着でいるのは殺し屋の者達だろう。滲み出している血の気が、前者と後者では明らかな差が見受けられるので、大体の雰囲気でも想像がついた。おおかた、彼らの事情も久郷と同じものだろう。

 久郷は会場の人間を見渡し、「それで、このパーティーの主催者とやらは誰だ?」と刈谷に尋ねた。

「まだ来てねえみたいだな」刈谷は答える。「招待した奴らが、ある程度揃うまでは出てこないのかもな。それまで適当に楽しんどこうぜ。良い酒もあるみたいだしな」

「俺は遠慮しておこう。戦いの前に余計なものは摂っておきたくない」

「なら主催者が来るまでは別行動って事で。俺っちはパーティーを堪能してくるからよ。ちょうど顔見知りも何人かいたからな」

「そうか」久郷は壁に寄りかかり、「またあとで会おう」と言った。

 ひらひらと手を振りながら、久郷に背を向けた刈谷が、会場の一角にいた集団の中に紛れていく。フォーマルな格好をした男達が集まっているところを見ると、刈谷の仲介人仲間だろう。

 久郷は、この騒々しい空間に僅かに辟易としながら、集まった人間の数を見て内心で驚愕していた。仲介人と殺し屋合わせて全部で一〇〇人はくだらない。よくもまあ、これだけの人間が同じ標的を追っている最中に鉢合わせなかったものだ。

 携帯電話を取り出し、時間を確認する。とっくに一〇時は過ぎているので、もうすぐだと思うのだが……。

「オイ」と威嚇するような声を投げかけられたのは、その時だった。「テメエが久郷だな?」

 携帯電話の画面から目を離し、声のした方向に首を傾ける。そこには、ブラウンの革ジャケットを羽織った若い男が立っていた。清潔感の感じられない濃い髭が浮かんだ顔は、明らかにクスリをやっていると分かるほどに変質していた。

「そうだが」久郷は男の問いに対して肯定し、「俺はそちらの事を知らないのだが……何か用か?」と尋ね返した。

「ハッ! 何を寝ぼけた事言ってんだ!? この、負け犬が!」耳に響く滑舌の悪い叫び。男は酒の入ったグラスを片手で弄びながら、「俺、知ってるんだぜ!」と久郷を指差した。「千条神羅に返り討ちにされて、眼と腕持ってかれた大間抜けだろ!? 分かってんのかあッ! テメエは仕事に失敗したんだよ! そんな殺し屋の恥晒しのタマなし野郎が、のうのうとここに来る事が許されるとでも思ってんのかよ!?」

「恥晒し――という評価については甘んじて受け入れよう。確かに俺は、自分の実力不足で一度、千条神羅に敗れた。その事実は揺るがない。しかし依頼主は俺達にも招待状を送りつけているんだ。ここにいる権利くらいなら、あるはずだが」

 相手を貶めるためだけに吐き出されたような言葉に対して、久郷はあくまでも冷静に受け返す。男に乗せられてムキになったところで、何も得するような事などないと理解していたからだ。というより、普段からこの程度の安っぽい挑発に激怒するような自分ではない。

 周囲の人間達の視線が、徐々に久郷達に向いていく。久郷は変わらぬ調子で、「もう行っていいか」と訊いてみるが、男の方は聞く耳を持っていない。

「とぼけてんじゃねえぞジジイがッ! 帰れッつッてんだろ! なら俺がボコボコにしてやろうか!? 最近名の売れてきてる北岡(きたおか)って言えば、少しはビビるか!?」

 どうやらこの男の目的は、仕事に失敗したという久郷をダシにして自らの名を売る事らしい。最近も何も、一度も耳にした事がないような名前だった。

 とにかく、こんな三流ごときにつき合っている暇はない。このまま無視を決め込んで、主催者が現れるまで待とうと考えた時――


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッ!!!」


「!?」突如、階下から響き渡る絶叫に手足が硬直する。次いで連続して炸裂していく発砲音。誰かが銃を連射しているのだ。だが、一体誰に向けて?

 会場内の全員が固まっていた。さっきまで久郷に難癖つけていた革ジャンの男も、この時ばかりは、こちらになど一瞥もくれていなかった。

 やがて銃声が止み、静まり返った会場の外から、カツンという『足音』が聞こえてきた。それはみるみる内に、会場の方に近づいてくる。

 最後に会場の扉の前で、一際高い足音が響き、そして止まった。

 集まっていた人間のほとんどが、自身の得物を取り出していた。すでに久郷もガバメント拳銃を抜き放ち、安全装置を外している。側にいる革ジャン男は、茫然と扉の方を眺めているだけで、全く臨戦態勢を取っていない。

 その場一帯に、鋭いナイフのような緊張が走る。そして次の瞬間――

 ドバッ! と。

 内壁ごと扉が強烈な爆風によって砕け散った。濁った色の砂塵が一気に室内に吹き込んできて、周囲を満たす。視界が遮られる。だが、そんな中で。

「ジャマ」という一言と共に、巨大な扇風機を四方八方から当てたかのように、砂塵が勢いよく吹き散らされた。刹那の内に砂塵の煙幕が晴れていく。

 瓦礫と化した入口の前には、一人の青年が佇んでいた。

 彼は、長身で端正な顔立ちをしていた。

 彼は、黒のジャケットに細見のブラックジーンズを身に纏っていた。

 彼は、黒と白のコントラストが特徴的なブーツを履いていた。

 彼は、美しく輝く銀髪をなびかせていた。

 そして。


 彼は、千条神羅という名で呼ばれていた。

 二章終了です。

 第三章『惨殺』は十二日から開始いたします。推敲が間に合えば、予定よりも早く投稿するかもしれません。

 ここから話が一気に動き出します。

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