9(二月七日――午前一〇時六分~午前一〇時一九分)
9(二月七日――午前一〇時六分~午前一〇時一九分)
(ちッ……焦って周囲への警戒を怠ってしまったか……)
人混みを掻き分け、全速力で駆けながら久郷は内心で舌打ちした。
今現在、彼は一人の男を追っている。後姿からでは、容姿の特徴を完全に掴む事はできない。久郷の前方三〇メートルを走る男は、黒髪に、ベージュのダッフルコートを身に纏っていた。
かなり脚は速い。このままでは追いつける保障が全くない。あと三時間は体力も保てるだろうが……追いつく前に、無駄なスタミナを消費するのは避けたい。
そして。
走りながら久郷は自分の背後に、ちらりと視線を傾けた。
(目先の問題は……あの男をどうするか、だな……)
久郷の視線の先には、五〇代くらいの男がいた。黒のスーツの上からカーキ色のコートを羽織っている。皺の刻まれたその相貌には、本職の殺し屋である久郷ですら僅かに気圧されるほどの、厳格な威圧感が含まれていた。
(あの初老の男が何者か分からない以上、このままでは俺が危険だ……)
仮に、初老の男が、前方を走るダッフルコートの男の仲間である場合、敵は二人だ。追っている最中にでも、二人まとめて襲いかかられたのならば、間違いなく自分は負ける。
そして久郷を追う男が、全く関係のない第三者だった場合。
いや、追われている以上は、何かしらの理由があるのだろう。久郷にとってはともかく、初老の男にとっては久郷(もしくはダッフルコートの男という可能性もアリ)には、追跡するだけの大義名分が存在する。
だが、今この状況で、初老の男は久郷には関係のない人物だ。
だから。
(まずは、あの初老の男を、何としても俺から引き剥がす……! 確実にコートの男を追い詰めるため、悪いがあの男には消えてもらう!)
殺しはしないが、容赦もしない。
悪いが、必要のない役者には退場してもらう以外に道はないのだ。




