6(二月七日――午前八時一三分~午前八時四〇分)
6(二月七日――午前八時一三分~午前八時四〇分)
『俺っちには、野郎に着替えてるトコ見られて喜ぶ趣味はねえんだよ』
……この一言で部屋から叩き出された。結局、刈谷の手にしていた『招待状』とやらが何なのかは聞けていない。
外階段の格子に寄りかかりながら、久郷は一つの疑問について考えていた。
――どうして、自分は生きているのか? という事である。
これは何も彼が虚無感に浸っているという訳ではない。ただ単に、『あれだけの傷を負っていながら生存できた』という事実を素直に受け止められていないのだ。
あの銀髪の青年――千条神羅に致命傷を負わされたのは、揺るがぬ事実だ。放っておけば勝手に息絶えると判断したからこそ、千条神羅はあの場で久郷にとどめを刺さず、立ち去ったのだ。
自分の事は自分が一番良く分かっている。破裂した右腕の傷口からは、間違いなく致死量の出血があった。潰れた左眼からも決して少なくない量の血が流れ出していた。
葛城の話だと、死にかけの自分を見つけた何者かが救急車を呼んだという事らしいが、それで間に合うはずがない。到着する前に死んでいなければおかしい。
『何か』があったのだ。自分が千条神羅に重傷を負わされてから、おそらくはその何者かに発見されるまでの間――それか、その何者かとの間で『何か』があった。
自分が、死の運命を回避する事ができた理由がそこにあるはずだ。
しかし、思い出せない。ぽっかりと記憶に穴が開いたように、千条神羅が去ってからの出来事を脳内で再生する事ができない。
「…………」無言の内に携帯電話を開く。発信履歴を見る。そこに表示された番号から、その何者かは久郷の携帯電話を使って救急車を呼んだという事が分かる。
つまり、その何者かは携帯を持っていなかった。今の時代、一定以上の年齢になれば、誰もが所持している機器。それを手にしていないという事は――
(子供……か……? 俺を見つけたのは……)
容姿にそぐわない上品なブラックスーツに着替えた刈谷は、彼が事務室として使っている一室に久郷を案内し、部屋の中央付近に置かれた机でふんぞり返りながら煙草を吸っている。お前も一本どうだと訊かれたが、「俺は非喫煙者だと何度言ったら分かる」と返して断った。
「それで『パーティー』とは何だ? その『招待状』は誰から来た?」
「いっぺんに訊くなって。まあ、全部そのままの意味だよ」刈谷は招待状をひらひらと振りながら、「コイツの送り主は、千条神羅殺害の依頼主だ」と言った。「依頼主の所有しているビル、そこで今夜、依頼主主催のパーティーが行われる」
「俺にそこへ参加しろという事か?」
「ちょいと違う」刈谷はニヤリと笑った。「このパーティーはな、『二人一組』で参加しなきゃいけねえんだ。そして参加するにはさらに条件がいる」
「……その条件というのは?」話が見えてこない。
「二人の内一人は招待状が送られてきた仲介人。そして、だ。もう一人は『俺達、仲介人が千条神羅殺害を依頼した殺し屋』でないといけない」
僅かに久郷が目を見開いた。左の義眼が天井の蛍光灯の光を反射する。「まさか、俺以外にもその仕事を請けていた人間がいたのか?」
「どうにもそうらしい。俺っちも招待状を読んでさっき初めて知った。しかもビルひとつまるごと使ってやるパーティーだ。相当な人数がいると考えていい」
あまり顔には出していないが、内心ではかなり驚いていた。実際、複数の仲介人を介して仕事を頼む事自体は珍しい訳ではない。今までにも何度か、同様の依頼を請けた殺し屋と仕事中にでくわす事はあった。邪魔者を消そうとして久郷を襲ってきた者もいたし、協力して報酬を山分けしようと言って近づいてきた者もいた。もちろん、そう言った者達は例外なく、最後には報酬を独占しようと久郷を裏切ったが(前者の場合も後者の場合も、同様に眉間に鉛玉を叩き込んでやった)。
しかし結局のところ、あまり大人数に依頼をすると、かえって事態がスムーズに進まなくなる。複数の殺し屋が情報収集などをしている際に、標的に感づかれるかもしれないし、先ほど言ったように殺し屋同士のいざこざが発生する事だってある。せいぜい、複数といっても二~四人程度だ。
だが、刈谷の言った通りの話ならば、少なくとも数十人が今回の依頼を請けている事になる。久郷が千条神羅を見つける時まで、他の殺し屋に出会わなかったのが不思議なくらいだ。
「……――!?」と、そこで久郷はある事に気がついた。(そういえば……!)
数日前の記憶を探る。千条神羅と対峙した時の彼の言葉を思い出す。
――一寸の迷いもない銃撃……いいね! 『今日』は久々に楽しめそうだ!
――いいね、いいね、いいね! 最高だよ! 俺相手にして一〇秒持った奴は、オッサンが初めてだ!
「…………」思えば、千条神羅は以前にも何者かと対峙した事があるとほのめかす言動をしていた。つまり、久郷よりも先に千条神羅を見つけ出した殺し屋は何人かいて、そしてその全てが返り討ちにあったのだろう。自分のように奇跡的に助かったのか、奮闘虚しく帰らぬ者となったのかまでは分からないが……。
「まッ! つーわけでだ。久郷、参加するかしないかは個人の自由だが」そこで刈谷の表情が変わった。普段のヘラヘラした表情ではなく、仕事をする時の顔だ。「俺はこの招待を受けた方がいいと思う。仕事を失敗した俺らにもこうやって話がまわってきてるんだ。もしかすると、向こうにとっちゃあ、依頼した人間が死なない限りは失敗したってみなす気はねえのかもしれねえな」
「それで、参加するメリットは何なんだ?」
「こうやって殺し屋と仲介人を一堂に会させる理由はひとつだ。俺はそこで、向こうから何かしら重要な情報がもたらされるんじゃないかって考えてる。今度こそ、確実に千条神羅を叩き潰すための方法が分かるかもしれない」
やはり、普段どれだけふざけていてもこの男は侮れないと久郷は思う。少ない手がかりから限りなく正解に近い仮説を導き出す能力に長けているのだ。実際、仕事を請ける際に助けられている事は多い。
刈谷は招待状の文面に眼を通しながら、「開始時間は今日の二二時からだな」と言った。「それまでに家に帰って準備を整えてこい。あれ? そういえばお前って、そんなトコに行けるような上等な服なんて持ってたっけ?」
すっかりいつもの調子に戻っていた刈谷の顔面に肘打ちをかまし、久郷はその場を後にした。




