表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Like A Broken Mirror  作者: 勾田翔
再会
16/51

5(二月七日――午前七時三〇分~午前七時三九分)


   5(二月七日――午前七時三〇分~午前七時三九分)


「まだ口を割らねえか? 警察の風上にもおけねえクソッタレが」

 武田は足許で膝をつく一人の男を見下ろしながら言った。右の拳には人を殴った時特有の痺れるような痛みが走り抜けている。

 左頬を赤く腫らして口の端から血を流す老人――警視総監の松坂(まつざか)は、顔を怒りで歪めながら、「どういうつもりだ……!?」と尋ねてきた。「こんな事をして……ただで済むとでも思っているのか……ッ?」

「関係ねえんだよ」武田は吐き捨てた。「すでに何十人っつう人間が死んでんだ。俺達にはこの事件を解決する義務がある。テメエの思惑なんか砂粒程度の価値もねえんだよ。分かったら、さっさと教えやがれ。あの銀髪について何も知らねえなんて言わせねえぞ!」

「……断るッ……!」

「そうかい」武田はもう一度右拳を握り込み、松坂の顔面に容赦なく突き込んだ。

 パッと赤い血が舞い、短い悲鳴を上げながら松坂が仰向けに転倒する。後頭部の頭蓋骨が床に激突し、鈍い音を立てた。

 武田は苦しげな呻き声を洩らす松坂の胸ぐらを乱暴に掴み上げ、「まだ足りねえか」と尋ねる。「言っとくが、テメエが白状するまでは、やめるつもりはねえぞ」

「なぜだ……!? なぜ、お前はそこまでこの件にこだわる……!? 情報操作は完璧にしてある。あれだけの事があったにも関わらず、どんなメディアでも全く騒ぎ立てられていないのが何よりの証拠だ……! 我々が首を突っ込む必要はないのだ。余計な事をせず、おとなしくしていれば……いつかは解決するんだ!」

 武田の眉がピクリと動いた。「その口ぶり……俺ら以外にこの事件を解決しようとしているヤツらがいるって言ってるように聞こえるな」

「その通りだ」松坂は肯定した。相手に嫌悪感を与えるように、口許を歪める。「お前達よりもよほど優秀な者達が、この事件を解決するために奔走している。専門の捜査機関がいるという話は嘘ではないのだよ」

「…………」

「それに、だ。裏の世界の住人達も行動を起こし始めている」

「裏の……世界だと……?」思わず訊き返した。

「お前には知る由もない事だ。いいか武田。ただ、のうのうと表の世界で生きてきた人間が吠えるな。お前は『そこ』へ行くべきじゃない。『そこ』は沼だ。一度、足を踏み込んでしまえば二度と抜け出せない、底なし沼だ。これは最後の忠告だと思え。この件については忘れろ。さもなければ、死よりも辛い苦痛がお前を飲み込む事になるぞ」

 武田は沈黙した。短い時間の中で、何度も松坂の言葉を脳内で反芻する。チャンスは今しかない。今、引きさがれば、巻き込まれる事はない。いまだ本当かどうかの確証は持てないが、事件解決のため動いている者だっている。

 なら。

 ――自分はこの件に別段、必要ないのではないか?

 そんな気さえしてくる。恐怖はもちろんあったのだ。あの時、人外の力を振るった青年に対し、武田は全く動く事ができなかったのだから。笠峰に対して、死ぬ事を怖がっている人間に警察官は務まらないなどと言っておきながら――内心、武田は安心してしまっていたのだ。無数の屍が散乱する地獄の中で、心底――殺されなくてよかった、と。

「ひとつ……訊きてえ……」武田は覇気のない声で囁いた。松坂の話を聞いていく過程で、あるひとつの疑問が芽生えていた。それを解決しない事には、最終的な判断は下せないと思った。「昨日の、銀髪のガキが現れる前……あの大学病院前の交差点での爆発事故だ」

「――ッ!」話を振った瞬間、松坂が目を見開いた。

「あれは……あれをやったのは――特殊急襲部隊(SAT)の連中なのか?」

 刹那にして松坂の表情が変わったのを、武田は見逃さなかった。

 銀髪の青年についてと、もうひとつ――笠峰から聞かされた、ある推測。現場から見つかった対物ライフルの弾丸。その事を武田は報告していなかった。同じく、信じる者などいないと思ったからである。それどころか、あの場にいた武田でさえ、信じようとは思えなかった。

 だが、今なら。

 今なら、その疑念は、ほぼ限りなく確信を得る事ができてしまっていた。


「この事件を捜査してんのは……SATなのかッ!?」


 静寂が、広い署長室の中に流れた。

 やがて、松坂が笑った。

 直後、腹部に激痛が走った。「ごッ――――ッ!?」一体、どこにまだこんな余力を残していたのか。松坂が武田の腹に膝蹴りを叩き込んでいた。

 強烈な吐き気が武田を襲う。よろけた瞬間、胸ぐらを掴んでいた手を強引に引き剥がされる。松坂はとっさに身を翻し、自分のデスクへ向かった。

「待てッ!」武田が叫ぶが、もう遅い。松坂はデスクの引き出しから、大型の自動拳銃を取り出し、武田に向けてその銃口を突きつけていた。

「気づいていなければよかったんだが」松坂の表情が険しくなる。その立ち姿に、先刻までの追い詰められた老人の様子は見られなかった。「ご名答だ。今回の事件、全権を任しているのは、ウチの署の特殊急襲部隊(SAT)だ」

「やっぱり……そうかよ……! つまりだ……あの時、一般人を殺したのはテメエらなんだな……!」

「ああ、そうだ。彼らには事件の解決にあたって、およそ『五〇〇人』の一般人の犠牲を許可している。何の代償もなしに――何の対価もなしに――何の覚悟もなしに。あの男――千条神羅達、『エデンの使徒』を殺す事はできない」

「なん……だとッ……!? テメエ……今、何つった……?」

「聞こえなかったか? 千条神羅、あの銀髪の青――」

「そこじゃねえッ!」

「ああ?」

 何の事だか分からないといった表情をした松坂に、武田は憤慨した。「そんな意味の分かんねえ専門用語の事を言ってんじゃねえ! 五〇〇人の一般人の犠牲ってのはどういう事だコラアッ!」

「ああ、そっちの方か」と松坂はさして興味もなさそうな調子で言った。「お前の脳みそがよほど老化していない限りは、お前自身が聞き取り、理解したそのままの意味だ。事件を迅速に収束させるため、私は一般人の犠牲もやむを得ないと判断しただけの事。それがどうかしたか?」

「テメエ……正気で言ってんだとしたら……殺すぞ……!」

 松坂が鼻を鳴らす。「威勢だけはいいな。殺せるものならやってみろ。お前の手が私に届く前にこちらは一〇回以上、お前を殺せる自信があるぞ」

「クソ野郎がッ……!」忌々しそうに武田が歯軋りする。

「お前がただ単に巻き込まれてしまっただけの人間の一人だったならば、ここまでする必要はなかった。その虚偽の報告を貫き通してさえいれば、死ぬ事はなかった。しかし、私の眼の前でその話を持ち出したのが運のツキだったな。ここまで感づいているお前は重大な危険分子だ」言いながら、松坂が拳銃の引き金を引き絞る。「今――この場で殺す」

 とっさに周囲に視線を走らせる。何か――何か使えそうなモンはねえのか!? この状況を打破するための一手は!

「おとなしくしていろ。眉間に叩き込んで手早く済ましてやる」

「――……ッ!」

 ジリジリと靴底をこすらせながら後退する。松坂の眼は本気だ。何か少しでもアクションを起こせば、迷わずに引き金を引くだろう。それを躱す自信は武田にはない。万が一、致命傷を逃れたとしても、続けて弾丸を撃ち込まれればそれで終わりだ。

 八方塞がり。そんな言葉が、脳内に木霊する。

 その時だった。


 バンッ! と。

 武田の真後ろ、警視総監室のドアが勢い良く開け放たれた。


「「――なッ!?」」武田と松坂の二人が同時に声を上げる。

 一触即発の状況に、一切の躊躇なく飛び込んできた若い男は言う。

「すみません武田さん! 俺……あの後、考えたんですけど……やっぱり武田さんが行くのは反対です! 一人じゃ危険です! だから、俺も一緒に……って、あれ……!?」

「ナイスタイミングだ、笠峰」

「ぎゃふんッ!?」困惑していた笠峰の後頭部を鷲掴みし、思い切り床に叩きつける。直後、一瞬遅れて発砲音が響き渡り、頭上を九ミリ弾が通過。武田は即座に回転式拳銃を抜くと、迷わず発砲。銃弾は松坂の左肩に被弾し、金切り声と共に彼の身体が倒れる。

 武田はすぐさま松坂の方へ詰め寄り、なおも抵抗の意思を見せていた彼の拳銃をつま先で弾き飛ばした。回転式拳銃のグリップで松坂の脳天を強打し、意識を刈り取る。

「……あのー……これって一体、何がどうなってるんですかね……?」よろよろと起き上った、顔面鼻血まみれの笠峰が恐る恐る尋ねてきた。

「お前が今まで俺に作ってきた借りを、今日この場で一瞬の内に返したって事は確かだな」

 咥えた煙草に火を着けながら、武田はそっけなく言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ