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Like A Broken Mirror  作者: 勾田翔
再会
15/51

4(二月七日――午前六時一六分〜午前七時二八分)


   4(二月七日――午前六時一六分〜午前七時二八分)


 風呂から上がってきた少女は相変わらず薄汚れたコートを着て、フードを目深に被っていた。とりあえず、彼女にも着れそうなものをと思って、スウェットを用意しておいてやったのだが、お気に召さなかったらしい。フードを被っているのは、やはり顔を見られたくないからなのだろうが……先ほどのやりとりのさなかで、すでに五十嵐に顔を見られている事には気づいていないのかもしれない。

 少女は風呂から上がってきた時に、自分の事を鈴鳴(すずな)と名乗った。名字の方は教えてくれなかったが、どうやら日本人で間違いないらしい。

 鈴鳴が部屋にいない間に制服に着替えた五十嵐は、四畳半の畳部屋の隅に寄りかからせてあった小さなテーブルを引っ張り出し、それを中央に置き、作っておいた朝食を並べた。

 ちなみに献立は、うすあげとワカメの味噌汁、コンビニで買ってきたサバ缶の再調理品、ポテトサラダ、あとレンジでチンするだけでできる白ご飯(正式な商品名忘れた)。朝はパンではなく、ご飯派ですハイ。いつもはもっと簡単なもので済ませるのだが、来客(?)がいる状況では、それは失礼な感じがした。眼前の料理は、それなりに手は込んでいるつもりだ。

 五十嵐はテーブルの前であぐらをかく。置かれたコップにお茶を注ぎながら、「ほら、座りなよ」と鈴鳴を促した。

 しかし、「…………」と彼女はフード越しに五十嵐を見つめたまま動かない。

 五十嵐は困ったように、頭をガシガシと掻いた。「別に危ないモンなんか入ってねえよ」そう言って魚やサラダを口に運ぶ。「全部一緒に料理してるんだ、俺が普通に食ってる以上、問題ないだろ?」

 一瞬の沈黙の後、恐る恐るといった感じで鈴鳴が腰を落とす。五十嵐が箸を渡すと、彼女は小さな声で、「いただきます」と言って、ゆっくりとした動作で料理に箸を伸ばす。おぼつかない手つきでほぐした魚の身を、小さな口で咀嚼した。

「……おいしい」

「お、マジで?」五十嵐がうれしそうに身を乗り出す。

「うん……こんなおいしいもの……久しぶりに食べた……」僅かに声を震わす鈴鳴。

「あら? もしかして、昨日のおかゆはおいしくなかった?」

「へっ?」五十嵐がいたずらっぽく言うと、鈴鳴が間の抜けた返事を洩らした。「……おかゆ?」

「そう、おかゆ」相槌を打ち、台所の流し台を指差す。「昨日の晩、君が食べた二キロの米の事だけど――」

 ビクリと。

 五十嵐が何の気なしに言った途端、鈴鳴が身体を強張らせた。彼女は、ゆっくりと五十嵐が指し示した方向へ視線を泳がせ、巨大な土鍋を見つめる。

 次の瞬間だった。

「ごッ……ごめんなさいぃッ!!」

「え、ちょ――!?」

 突然、箸を置いたかと思うと、とっさに後ろにさがった鈴鳴が、床に額をぶつけるような勢いで頭を下げた。予想外の反応に五十嵐は困惑する。

「悪気があった訳じゃないんです! ただ、意識が朦朧としてる時の私って何も気にしないみたいでッ……! 迷惑をかけるつもりなんて全く……ごめんなさい! ごめんなさい! 許してください! 許してください!」

 今度は五十嵐が驚愕する番だった。

 絶え間なく、懇願するように叫び続ける少女。精神的に錯乱したかのように、五十嵐が何を言っても、彼女は溢れ出る言葉を途切れさせない。ひたすらに許しを乞い続ける。

 やがて、その言葉に涙が滲み出した時、ある一言が鼓膜を叩いた。


「お願いですから……痛い事しないでくださいッ……!」


 瞬間。

 五十嵐の胸を得体の知れない何かが、強烈に締め上げた。

 昨日からの彼女の様子を見ていて、きっと何かしらの事情を抱えているのではないか、とは考えていた。

 だが、そんな五十嵐の生ぬるい想像など、容にこの少女は超えていた。

 まるで極寒の渦中にいるかのように身体を震わせ、額を床にこすりつけて、必死に謝罪の言葉を繰り返す鈴鳴。五十嵐はそんな彼女を前にして、何もする事ができない。ただ、呆然とした眼差しで少女を見ているだけだ。

 一体、どんな人生を送ってきたら、こんな幼い少女が、こんな泣き方をできるのだろう?

 こんな――眼前に死が迫ってきているかのような怯え方ができるのだろう?

 静かな部屋の中で、少女のすすり泣く声だけが漂う。五十嵐は胸の内にわだかまる感情を押し殺しながら唇を噛み締めた。

 たった半日前に会っただけの、ただの他人。そんな些細な事はもう関係なかった。

 不意に、五十嵐は鈴鳴の手を取った。再び少女がこわばる。

 五十嵐は何も言わなかった。ただ、その小さな手のひらを自分の無骨な手で包み込み、一心に彼女の怯えをその身で受け止める。

 気がつけば学校に行く時間はとっくに過ぎていたが、そんな事は気にも留めなかった。

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