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Like A Broken Mirror  作者: 勾田翔
再会
14/51

3(二月七日――午前六時二五分~午前六時五三分)


   3(二月七日――午前六時二五分~午前六時五三分)


 都内のとあるマンション。そこの階段を、久郷は靴音を鳴らしながら登っていた。昨日の朝方などは、冬空から薄い太陽光が降り注いでいたが、今はそんな様子は感じられない。空は鉛色に染まり、いつ雨が降ってきてもおかしくない状態だ。時期を考えると、もしかしたら今年初めての雪が降るかもしれない。相変わらず、口からは白い息が洩れている。

 久郷は一二階の踊り場で立ち止まると、鉄製の重い扉を右手の義手で開け放った。義手を装着してから、まだ数時間しか経っていなかったが、すでに扱いには慣れてきている。

 しかし、この腕は言ってしまえば精密機器の塊だ。いつ何が原因で破損するか分からない。どんな事があろうと無茶だけはしてはならない。

 まず第一に気をつけるべきは、拳銃の取り扱いについてだろう。

 発射時の衝撃を考えれば、通常の『右手で持ち、左手でグリップを支える』という使い方はできそうにない。本物の腕――自分の左手だけでの片手持ちで扱うしかないだろう。ジーンズのベルトに差した黒光りするコルト・ガバメントの感触を確かめながら、久郷は考える。

 まだ暗い廊下を一直線に歩き、あるドアの前で立ち止まる。

 扉横のインターホンを鳴らす。

「…………」しかし返事はない。続けて数回鳴らすが、一向に誰かが出る気配はなかった。

 久郷は溜息をひとつつくと、ベルトからガバメント拳銃を抜き、消音器を取りつけると、一切躊躇する事なくドアノブに押しつけた。



「何してくれちゃってんだテメエェェッ! 朝っぱらから人ん家に押しかけてきてメンドくせーから無視決め込んでたらドアノブ破壊だと!? お前には常識ってモンがねーのか!?」

「この世界で生きてきておいて今更、常識なんて言葉を口にするな。そもそも請負人が訪ねてきて無視する時点で、お前の方が非常識だろう」

 久郷は広いリビングのソファに腰掛け、ここに来る途中に買っていた缶コーヒーを口にしながら、呆れ返った様子で眼の前の男を眺めている。

 無造作にパーマの当てられた金髪と、軽薄そうな顔立ち。正確なところは知らないが、歳は三〇代半ばほど。暖房のよく効いた室内でバスローブを身に着けている。

 この男の名は刈谷(かりや)。下の名前は知らない。この世界において、依頼人と殺し屋を繋ぐ仲介人の仕事をしている者だ。何年か前に知り合い、それ以来、久郷はこの男の下で仕事をこなす事が多くなった。本人の遊び人気質が由来の軽薄さが、少しばかり気に入らないが、他の仲介人と比べて報酬がいいので縁は切っていない。少し前に葛城にも紹介し、以来彼女も刈谷を通して依頼を受ける事が多い。

 ちなみに、自分がやられた事を葛城に言ったのも、こいつである。

「……で。用は何だよ……? 俺っちの安眠を妨害してくれやがったんだ。それなりに重大な事なんだろうな?」ようやく落ち着きを取り戻したらしき刈谷が、後ろ髪をぐしゃぐしゃと掻きながらこちらをねめつける。

 久郷は空になった缶コーヒーをソファ前のテーブルに置き、「どうだろうな」と言った。「……お前が『どれだけ』把握していたかにもよる」

「あ? どういうこ――ッ!?」

 不意に刈谷の言葉が詰まる。一瞬の内にガバメント拳銃を引き抜いた久郷が、その銃口を刈谷の眉間に突きつけたからだ。

 刈谷は眉を歪ませ、押し殺したような声で言った。「……何の冗談だよ……久郷ッ……!」

「これは冗談でも何でもない。言うなれば尋問だ。答えろ刈谷、お前は今回の依頼の『標的』について、どれだけ知っていた? もし、知っていたのなら、それをどこまで俺に隠していた?」久郷は空いている方の右手でサングラスを外し、胸ポケットにしまう。次いで、右手を刈谷の眼前に突き出した。「見ろ。たった一晩の内に、俺は片眼と片腕を失った。理由は簡単だ。標的に対する詳細を知らされていなかったからだ。……もちろん、いきなりあの青年についての情報を包み隠さず話されていたとしても、俺は信じなかっただろう。だが、少しでも事前に情報を押さえておく事ができていれば、結果は違ったかもしれない」

「……あーなるほど、やっぱ『それ』の事か……」

「何?」青年の事を口に出した瞬間、刈谷の表情が変わった。久郷は何か不穏なものを感じながらも、彼に突きつけた銃口はそらさない。

 不意に、刈谷がこちらに背を向けて歩き出す。久郷は威嚇するように再度拳銃を向けたが、刈谷は、「別に何もしねーよ」と軽く言って、キッチンのカウンターに投げ出されていた書類の束を手に取った。それを投げ渡してくる。

 久郷はそれを片手でキャッチすると、「何だこれは」と尋ねる。

「お望みのモンだ。標的の情報含め、依頼の内容が書かれてる。俺っちが依頼人から受け取った書類そのものだよ」

「見せていいものなのか?」

「大して価値のあるモンでもない。俺っちの潔白を証明すんのにはちょうどいいしな」

 言われ、久郷は文書に眼を通していく。だが、文字を追うにつれて、久郷の表情は険しいものに変わっていく。

 書類の一枚目、そこには標的の顔写真と名前が載っていた。写真は当然、銀髪の青年のものであるが、おそらくは偶然にどこかのカメラに写り込んだものの解像度を最大限に引き伸ばしただけの類だろう。顔は正面からは撮られていなかったうえ、画像が粗すぎて表情も確認できない。

 そして写真の横――青年の名前だ。


 ――千条神羅(せんじょう・しんら)


 短く、それだけが表記され、他には何も書かれていない。年齢も表記されていなければ、標的についての情報が載っている訳でもない。A4サイズのコピー用紙は、ほとんどが空白だった。他の書類も一通り読んでみたが、依頼をするにあたっての事務的な契約内容が羅列されているだけ。この依頼を受けるに際に、刈谷から電話越しに聞いた以上の事は何ひとつとして表記されてはいない。

「俺っちがお前に不利になるような情報を伝えねー訳がねーだろ」刈谷は適当な調子で言うと、久郷から書類を取り上げた。「……で、今更失敗した依頼の内容なんか確認して、どうする気なんだ?」

「決まっている」久郷は毅然とした態度で言い放つ。「もう一度、あの青年を見つけ出し――今度こそ殺す」

 刈谷が溜息を洩らす。「仕事熱心だねえ。……つっても、一回『失敗』しちまった以上、信用はなかなか、元には戻らねーぜ? たとえ、お前がリベンジを果たしたとしてもな」

「仕事は関係ない。ただの私怨だ。負けたままでいるのは性に合わんのでな。失った信用は、時間をかけて取り戻せばいい」

「要するにケジメか。まあ、お前がまだ諦めてないってんなら、俺っちとしちゃ好都合だ」

 久郷が眉をピクリと動かす。「どういう意味だ?」

 刈谷は意地の悪い笑みをこぼしながら、「久郷、お前がここに来なくても、俺っちから連絡は入れる予定だったんだよ」と言った。「ちょいと面白い仕事が回って来ててな」

「悪いが、しばらく仕事を受ける気はないぞ」

「まあ、そう言うなよ。今のお前にとっても有意義な仕事だぜ?」

 刈谷は再びカウンターに手を伸ばし、そこから一枚の封筒を手に取った。

 顔の前で封筒を左右に振りながら、彼は言う。


「――『パーティー』の招待状が届いてる」

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