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Like A Broken Mirror  作者: 勾田翔
再会
13/51

2(二月七日――午前五時五六分〜午前六時三分)


   2(二月七日――午前五時五六分〜午前六時三分)


「……本気なんですか? 武田さん……」

 信じられないといった表情で言ったのは、武田の隣に立つ、部下の笠峰だ。

「今さら何言ってやがる。お前も聞いただろうが。あのクソ野郎の指示をな」武田は、溢れ出る怒りを隠す素振りもせず吐き捨てる。

 昨夜の事件から約半日が経つ。あの交差点にいた人間は、鑑識や救急隊員、負傷者を含む三八人が殺害された。

 ――あの、銀髪の青年の手によって。

 いまだにあの光景が脳裏に焼きついている。青年の身体から発せられる『光』。あの不気味に蠢く光が、アスファルトを叩き割り、銃弾を跳ね返し、大勢の人間の命を奪い去っていった。

「…………」武田は壁に寄りかかり、周囲を見渡す。

 結局、あの場にいた者達の中で生き残ったのは、武田と笠峰だけだった。二人は、銀髪の青年の事については報告していない。『自分達がその場に着いた時には、すでにそこに死体が転がっていた』、とだけ伝えた。正直に話したところで、頭がおかしくなっただけだと、鼻で笑われるのが予想できたからだ。

「……本気なんですか……?」笠峰は再び尋ねた。

「何度も言わせるんじゃねえ」武田は語気を強める。「このまま(ココ)に留まっているようじゃ、あの銀髪をとっ捕まえられねえ」

 予想はしていた。そして、その予想は的中した。上から問答無用で下った命令は、昨晩の件に対する『一切の無介入』。

「……お偉いサマ共が一体何を考えて、命令を飛ばしてるかは知らねえ。だがな、この数日間だけで四〇人近くが殺された。いいか? 『死んだ』んじゃねえ。『殺された』んだ。犯人であるあの銀髪をほっとけば、これから何百人が死ぬか分かったモンじゃねえんだ」

 たった一日で大量殺人犯となった青年。銃弾すら効かない正体不明の『能力(ちから)』。あんなバケモノに太刀打ちできるハズがない――と思う自分は確かにいる。

 だが。

「それがどうした」武田は言い捨てた。「敵が何だろうが関係ない。俺達が守ってきたこの街で、これ以上好き勝手なマネはさせねえ。……どんな手を使ってでも、あのガキを豚箱にぶち込んでやる」

「……俺は、反対です……」笠峰が声を落とす。

「何だと?」武田は、悲痛な表情を浮かべて俯く笠峰に対して、顔をしかめる。

 やがて、顔を上げた彼は静かに告げる。「……殺されます」

「死ぬ事を怖がってるような奴に、こんな仕事は務まらねえ」

「そういう問題じゃないんです!」笠峰は声を荒げ、懇願するように言う。「俺みたいな新人でもこれだけは分かります! 今回の事件は警察官一人でどうにかなるものじゃない! 仮に、武田さんがあの銀髪を見つけ出したとしても勝てる訳がないんですよ! ……そんなの……ただの無駄死にじゃないですかッ……!」

「…………………………………………………………」

「…………………………………………………………」

 しばしの間、二人の間に沈黙が生じる。まがりなりにも、上司にたてつくような発言をした笠峰は、僅かに恐怖を滲ませた表情をしながらも、真っ直ぐにこちらを見据えている。

 やがて――。

「そうだな、確かにお前の言う通りだ」武田はあっさりと認めた。

 事実、このまま警察を見限り、自分で調査を進めたところで、おそらく有力な情報は手には入らない。もし奇跡的に事件の核心――銀髪の青年に都どり着く事ができたとしても、一介の刑事でしかない武田にはどうする事もできないだろう。

 しかし武田の顔に迷いはない。「それでもな、『ハイそうですか』って引きさがる訳にはいかねえんだ」と踵を返し、笠峰に背を向けながら歩き去っていく。「確率なんて知った事か。俺は俺の流儀を貫き通すだけだ」

 眼の前の問題から眼をそむけ続け、何も知らない、何の力もない大勢の一般人が死にゆくのを指を咥えて見ている――そうすれば、少なくとも自分の命が脅かされる事はないだろう。

 しかし――そうして生き残ったところで、一体何が残る?

 簡単だ。

 後悔。

 もしかしたら、救えたかもしれない命を、たったひとつの恐怖に屈して助けられなかったという、堪え難い後悔だけだ。

 昨夜だってそうだ。自分がもっと早くに青年の異変に気づいていれば? 突然降りかかった脅威に対しておののかず、もっと声を張り上げて同僚達に呼びかけていれば?

 ――たとえ、全員とはいかなくても、救えた命があったのではないか?

 あんな思いは、もう二度としたくなかった。

 だから、立ち向かう。

 極小の可能性にすがりついてでも、事件を解決する事ができる手段を探す。

「ああ、そうだ。笠峰」武田は振り返らずに声をあげる。「確かにな、俺はどう足掻こうが結局、ただの刑事である事には変わりはねえ。超人なんかじゃない、還暦間近の貧弱な身体しかねえ。それでもな――」

 彼は、笠峰には見えないところで、口許に攻撃的な笑みを浮かべた。


「俺は無駄死にする気なんて最初から持ち合わせてねえよ」


 そうだ。死ぬ気なんか最初から持ち合わせてない。自分一人しかいなくても、必ずあの青年を捕まえてここに戻ってきてやろう。明確な『結果』で示してやれば、上層部だって何も言えなくなるハズだ。

 おそらく、これは自分の人生、最大の仕事になる。この事件の解決を退職金代わりにしてやろうと武田は胸の内で決意した。

「さて……と……」

 ――まずはあの警視総監(クソ野郎)を殴り飛ばして、情報を引き出す事から始めるか。

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