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第二章

和希は何が起きたのか理解ができなかった。

目の前にはブロック塀だったものが散乱している。

和希は帰宅するためいつもの曲がり角を曲がろうとした、その瞬間左手側にあったブロック塀が、さながら散弾のように弾けたのである。

「な・・・なんなんだ・・・?」

普段、感情を表に出すことのない和希もこの状況には、普段通りとはいかなかった。

表情筋がここぞとばかりに和希の顔を変えていく。

――恐怖

あと数センチずれていたら顔面にコンクリート片が激突していただろう。

――驚愕

鼓膜が悲鳴を上げている轟音にか、この状況自体にか。

――また、それ以外の和希が抱いたことのない感情の数々が現れては消えていく。

衝撃からか和希は激しい頭痛を覚えながら、状況を把握しようと試みた。

ブロック塀が爆発?

――何故?

テロ?

――何故ここで?

様々な疑問が浮かび、消える間もなく疑問で埋め尽くされる。

疑問が一切解消しないまま、和希は思考を切り替えた。

和希は周囲を見渡す。

大量のコンクリート片のその向こう。

人影が二つ、向かいあっていた。


長身の男性と少女のようだった。

「いやーびっくりだねー」

少女には不釣り合いな大鎌を携えて少女は苦々しく笑う。

対して、男性はなぜか剣玉で遊びながら、顔色一つ変えず言う。

「まさか、あなたがこの街を・・・いや、この世界を壊すとは思いもしませんでしたよ」

「まさかこんなに物理威力があるとは思ってなかったからねえ。にはははは」

困った顔をしながら少女は笑い、

「威力だけはピカイチな代物なんですよ、それ」

長身の男も笑いながら返す。

「あとで直しとかなくちゃなー」

少女はそう呟く。

「ほう、『あとで』ですか」

剣先に玉を刺し、

「それがあればいいんですけどねえ・・・。フフフ」

男は残念そうな顔をしながら笑った。

瞬間、手の内にあった剣玉は消え、代わりに一振りの刀が現れていた。

「さて、やられっぱなしは性に合いませんので、やり返しましょうかねえ」

少女は怯まず、

「にはははは!その台詞は悪役っぽくて好きだねー」

笑いながら、

「さながら私は、正義の味方の謎の美少女!」

大鎌を振り上げ、

「知ってるかい?正義は必ず勝つんだよ!」

対峙する。


和希は逃げ出そうと思った。

しかし、疲労のためか、はたまた先ほどの衝撃のためか身体は動けずにいた。

『動けないのなら』と、今起きている現実をこの目で理解しようとした。

しかし、現実が理解を追い放していく。

理解できるはずのない現実が突然繰り広げられている。

あの男と少女はなんなんだ?

銃刀法違反じゃないのか?

警察は何をしているんだ?

疑問が飽和していく。

目の前で起きていることすら理解できない。

十六年という短い人生ではあるが、理解できない現実に初めて遭遇した和希はひどく混乱していた。


「にはー、こわいねー」

大鎌を持った少女と、

「しぶといですねえ」

刀を振るう男は、互いの攻撃を受け止めあっていた。

「そろそろ、壊れてくれてもいいんじゃないんですかあ?」

その問いに対して少女は、

「いやー、今壊れちゃったら壁が直せないしさー」

苦笑いで返す。

しかし、男は笑いながら、

「あなたのことじゃないですよ。フフフ」

それまでとは違う、大きな一撃を少女に叩き込む。

「そんな攻撃防いじゃうよー」

否、叩き込んだのは少女にではなく、

「あれ・・・?」

武器に対してだった。

攻撃を受け止めていた大鎌の刃には、放射状にヒビが広がっていた。

「まじですか・・・」

「まじですよ。フフフ」

男は笑い、さらに一刃。

反射的に防御した少女。

瞬間、大鎌が砕け散り、少女の手の内から消えていった。

男は大きく笑い声を上げ、

「フフフフフフハハハハハハハ!さあ、今度はあなたも壊れてくださいね!」

少女にとどめを振り下ろした。


和希は混乱した頭ながら、考えていた。

面識のない男女。

その二人が今まさに殺し合いをしている。

理由は分からない。

善悪も分からない。

ただ、殺し合いという現実だけが分かっている。

少女の武器が壊されたとき、和希は少女が殺されると思った。

そんなもの見たくないとも思った。

顔をそむければいい。

目を伏せればいい。

耳をふさげばいい。

この場から立ち去ればいい。

少年は重い身体を起こし、歩き出した。


「そうはいかないにゃあー」

男の背後から少女はそう言った。

言われた本人は空を斬った刀を整え、答える。

「体術系も“展開”していたのですか」

「質量のないものは普段からほとんど“圧縮”してないよー。逃げる分には便利だしさー」

「それは厄介ですねえ」

「でも武器が壊れちゃったから逃げるだけしか出来ないんだよねー。にはは」

苦笑。

「残念ながら逃げることも出来ませんよ」

そう言い、男は移動していた。

――少女の背後に。

「え、ちょ、ま」

少女は焦り、先ほどの攻撃を避けたときと同様に高速で移動し距離を置いた。

「あせったー!背後に殺気とか寿命縮むって!」

「反応速度はいいようですね。あとコンマ五秒遅かったら壊してあげたのですけれど」

そう言って、両者の戦いは攻撃の受け合いから避け合いになっていった。

否、避けていたのは少女のみ。

さながら鬼ごっこ。

超高速の鬼ごっこ。

鬼は右手に持った獲物を鈍く光らせながら少女に迫る。

少女はそれを避け、距離を開ける。

視認可能ギリギリの速度で両者は追い、逃げる。

お遊びのような命の取り合い。

「逃げてばっかりじゃ駄目っぽいにゃあ・・・」

そう呟くと、油断からか、はたまた反撃のためか数瞬動きを止めた。

その動作に一瞬驚くもここぞと攻め、

「何をするつもりか知りませんがさっさと壊れてくださいな!」

男は少女を蹴り飛ばしていた。

――両者の戦いで唯一のクリーンヒット。

轟音。

少女は数メートルほど飛ばされ、ブロック塀にぶつかり、動きを止める。

塀は衝撃からか少女を中心にクレーターを作り、次第に崩れていった。

少女は動きを止めたまま、

「・・・」

先ほどまでの軽い口調も止まっている。

「あらあら、さっきまでの“謎の美少女”はどこに行ったのでしょうか。フフフ」

「・・・」

少しだけ残念そうな顔をし、

「壊れてしまったのですか?意外とあっさりですねえ」

「・・・」

刀を構え、

「念のため、確実に壊しきっておきますね」

振り上げる。


そのとき予想にしていないことが起きる。

予想にしていない人物が現れる。

一人の少年が少女と庇うように右手を広げ、両者の間に割り込んできたのだ。

「あなたはそこの逃亡者の攻撃に巻き込まれていた人じゃないですか。興味も恐怖も感じなかったので放っておいたのですが、何をしているんですか?」

少女のことを『逃亡者』と呼び、刀を下げながら、男は少年――和希に問う。

「人が、殺されるのは・・・見たくないんでね・・・」

肩で息をしながら答える。

「“人”ですか。フフフ」

意味深く笑いながら、

「まあ良いです。ならば、すべてを見なかったふりをして、逃げ出せばよかったのではありませんか?」

さらに和希に問う。

「見てしまったから・・・そんなことは、出来ない・・・」

「答えになっているのやら、なってないのやら」

男は苦笑しながら本題に入る。

「それで、あなたは私を壊す術を持っているのでしょうか?」

「持っていないな」

即答。

さすがに予想外の答えだったのだろうか。

「フフ・・・フハハハハ!ハハハハハハハ!」

おかしく笑いながら。

「何も!何も持っていないのに!私を!この私を壊すつもりですか!フッフハハ!」

男は一瞬だけ和希の全身を見る。

「フフ。一応“視て”見ましたが、確かに何も持っていないただの“人”のようですねえ!何も持っていないのは分かりましたが、どうやって少女を救うつもりだったのでしょうか?フフフ」

和希はその問いに、

「・・・」

答えられなかった。

「そんな方法なんてありませんよねえ。そこの逃亡者はどうせもう壊れているのでしょうから、あなたを先に殺しておきましょうかねえ」

飽きたようにそう言い、男は再度、刀を振り上げた。


――「少年!」


不意に、少年の背後から声がする。

その声は少女のものだった

少女は軽い口調で、

「勇気ある少年よ!手段も武器も手にせずに私を庇ったことは理解できなかったけど、正直助かったよー。時間稼ぎありがとねー」

そう言う。

時間稼ぎ。

和希はそんなつもりではなかったのだが、少女は時間稼ぎと言い放った。

なんのための時間だろうか。

和希は未だ混乱の残っている頭で考えた。

「だけど、今はちょっとだけ邪魔だねー」

そう言うと、少女は右手を男に向け、ただ一言だけ呟いた。


「展開セヨ我ガ武装 -extract-」


その瞬間。

少女の右手から刃が噴き出す。

数十数百の刃が男を狙って湧き出てくる。

刃の洪水は、完全に油断しきっていた男を飲み込み、脳天、眼窩、人中、喉仏、鎖骨、肋骨、心臓、鳩尾、腎臓、膀胱、膝、アキレス腱のすべてを突き刺していた。

歪なオブジェと化した男は、完全に活動を停止させた。

「破壊しゅーりょー」

先ほどまで男の右手に握られていた刀を拾いながら、明るい声でそういうと少女は和希に向かって、

「ところで、君は誰なのかねー?」

呑気にそんなことを聞いたのだった。

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