第一章
「おーい!和希!」
和希と呼ばれた少年はうんざりとした顔をしながら呼び声の持ち主の方を向く。
「・・・何さ、柚?」
「ははは、朝から無気力モードかい?流行らないよ、そういうの」
柚は笑いながら続ける。
「いやね、ほら明日ってテストでしたっしょ?」
気まずい顔を一つも見せずに、
「それでさ、一つ頼みがあるんよね」
嫌な予感でもしたのか、それ以上聞こうともせず和希は歩き出す。
「お、おい待てよ!話はまだ終わってないだろ!」
「聞かんでも分かる」
「お!ホント?いいねえ、以心伝心ってやつ?俺たちラブラブだね!ってか」
和希に追いついた柚はへらへら顔は変えずに本題に移る。
「本題に移ろう。・・・カンニングペーパー作るの手伝っ「断る」
即答。
「ひどい!」
「明日がテストなのは一週間前から分かってたことだろ?十分勉強する時間はあったはずだ」
正論。
「そんな正論つまんない!」
柚は、そんな正論にも負けず、
「勉強するよりカンペ作った方が手っ取り早く点数とれるだろ!」
反論にもならない酷い自論を振りかざす。
「あえて、柚の意見に乗ってみよう。しかし、一週間あればカンペも用意できるのではないのか?」
しかし、あっさり返され、
「忘れてたんだよごめんなさい!」
あっさり謝る。
「自分で頑張ることだな」
これ以上いくら言っても折れないことが分かったのか、柚は肩を落とし、次の話題に移っていく。
「そういえば聞いた?今、噂になってる――」
そんなこんなしながら二人は校門をくぐり、教室に行くのだった。
教室は、いつも通り・・・いやテスト前日ということもあってか少々落ち着きのない様子ではあったが、これといって変化のない、いつもの教室である。
その教室でいつもの調子で、柚は弁当箱を広げながら和希に絡んでいる。
「だーかーらー、朝言ったっしょ?例の噂」
「噂?」
和希はというとそんなこと初耳だとでも言うように反応を返しながら、購買で買ってきたパンの封を切っている。
「聞いてなかったのね・・・」
「お前の話はいつも中身が無いからな。聞くだけ疲れるだけだから聞き流してるんだ」
「その毒舌なんとかならんのかね・・・傷ついているんだぜ?これでも」
唐揚げを頬張りながら大げさなジェスチャーで肩を落とす柚。
「で、その噂ってなんなんだよ?」
「おお!和希が珍しく興味を持ってくれた!」
これまた大げさに喜ぶ柚は続ける。
「今日のは珍しく中身があるからねえ。ちゃんと聞くんだよ!」
「いいから続けろ」
「分かってるさ。驚きすぎて、今食べてる焼きそばパンを俺に向かって飛ばすんじゃねえぞ?」
「・・・」
「ま、待って!話すから寝ないで!」
不機嫌そうに顔を上げる和希に向かって、
「いやね、ほら今ネットで地図の上の場所が写真で見れるサイトがあるじゃん?なんとかマップっていう」
「それがどうしたんだ?」
「そのサイトで、ある場所に行くと写真が表示されなくなって画面が真っ黒になるって噂があるんだよ!」
目を輝かせながら身を乗り出す柚に対し、和希は、
「なんだ、そんなことか。期待して損した・・・」
「そんなこととはどういうことだよ!昨日ネットで拾った最新の情報なんだぞ!」
淡々と話しだす。
「データセンターなんかはセキュリティ観点上、正確な場所を公表してないんだよ」
「いきなりだな。で、なんでなんだ?」
「お前は好奇心でゲームのセーブデータを消されてもいいのか?」
柚は顔を真っ赤にし、
「そんな訳ねえだろ!消した奴見つけて泣くまで殴り続けてやる!」
「だろ?データセンターもいたずらでデータを消されたくないから場所を隠してるってわけ」
「なるほど。セーブデータ消される前にソフト自体を隠してるってわけか」
「持ってるデータがゲームのセーブデータだけならまだいいんだけど、様々な企業の大事なデータだったりするから可能な限りセキュリティ性を向上させてるんだよ」
柚は腕を組みながら、
「ふーむ・・・。で、それがなんとかマップの噂とどういう関係があるんだよ?」
「データセンターは場所を知ってほしくないから、写真の掲載許可をサイトに出さないとする。するとサイトの方はどうなると思う?」
「載せる写真がなくなるな」
「そう。載せる写真が無いからその部分だけ写真のない真っ黒な画面になるってわけだ。まあ、これ以外にもいろんな理由があるんだろうけど、それのどれも単純な理由なはずだよ」
「んなぁーるほど!って和希君は夢がないね・・・」
「現実的と言ってくれ」
そう言いながら昼寝の体制に移る和希。
「朝と昼にお前の相手をして疲れた」
「ひどいなー」
「・・・寝る」
「え?でも、もう少しで・・・」
キーンコーン
昼休みの終了を知らせる鐘の音が鳴った。
「・・・」
苦い顔をしながら柚を睨む和希を尻目に柚はそそくさと自分の席に戻るのであった。
――放課後
部活動など入っているはずもない和希は相も変わらず柚に絡まれながら帰宅している。
「――昨日まで写真が載ってたところがいきなり真っ黒な画面になってたりもするんだてよ!」
携帯電話を片手に、昼休みの続きを話す柚に、
「って掲示板にでも書いてあるのか?」
和希は、これも相変わらず冷たいながらも相手をしている。
「そうなんだよ!やっぱり何か起きてるんだよきっと!」
携帯電話でネット掲示板を見ながら想像を膨らます柚に対して、和希。
「しょうもない理由で写真を消しただけだ・・・」
「夢がないなあ!もう!」
拗ねる柚。
「朝からお前の相手をしていていい加減疲れた。これ以上話しかけないでくれ・・・」
純粋なまでの拒否にもめげず、
「そんなん毎日のことだろ?いい加減慣れろよなー」
「毎日だから疲れたって言ってるんだ・・・」
目頭を押さえながら、
「それに俺は騒がしいのはキライなんだ。それにお前みたいな中身のない話を強いる人種とは話す気さえ起きない」
二度も拒否されたはずの柚はそれでもニコニコ顔で、
「若いうちから好き嫌いはよくないぞ!そんなんじゃ大きくなれないんだからね」
何故か幼馴染口調で、
「何がだよ?」
拒否しながらも律儀に返事を返す和希。それに対して即答で柚。
「器!」
頭を抱え、もう一切返事をしないと誓う和希に対して柚はワハハと笑うだけだった。
そんな帰路。
十字路にあたる。
「お、じゃあ俺こっちだから。また明日なー!」
柚は、和希に向かって右手を大きく振る
「・・・」
が、和希はあれ以降、沈黙を守ったままだった。
無言で十字路をまっすぐ歩く。
まっすぐ家に向かい、まっすぐ自室に向かい、まっすぐベッドへ横になり、まっすぐ夢の世界へ落ちるため。
まっすぐ歩く。
柚を追い払う口実でもなんでもなく、実際和希は疲れていた。
ここ数日はテスト勉強で寝る時間が遅くなっていた。
明日のテストは定期テストではない。
しかし、和希は定期テスト同様の勉強量でテストに臨んでいた。
教員からしたら全生徒がそのくらい勉強をしてほしいと思っているだろう。
しかし、定期テスト以外で必死になって勉強をしている人なんて一握りだ。
教員側もそれを分かっている。
その一握りの中に和希は含まれている。
勉強量だけを見ると和希だけ段違いに狂っている。
帰宅すると勉強。
朝起きて朝食を食べる前に勉強。
登校してホームルーム前に勉強。
休み時間には勉強。
そして時々、――今日のように身体が活動限界に陥り、休息を求めるのだ。
部活動に入っていないのも勉強する時間を減らさないためであるが、なぜそこまでして勉強に時間を割くのか?
勉強ができないからか?
――否。
事実、和希は学年一桁を常にキープしている。一位になったことだって少なくない。
では何故か?
何故、和希は疲労が蓄積していくのを理解しながら勉強の蟲になっているのだろうか?
その理由はただただ単純な理由である。
聞けば誰でも『そんなことで?』と、さらに疑問を浮かべるだろう。
そのくらい単純なこと。
しかし、和希にとっては重要なこと。
当たり前だが、先ほどまで和希にまとわりついていた柚も聞いたことがある。
「なあ、なんでお前そんな勉強ばっかしてんの?」
当たり前のことを言うみたいに迷いなく和希は、
「それは、――」
――俺が『高校生』だから。
そう答えた。
自分が『高校生』であるという現実が理由。
なぜ、たったそれだけの理由で限界以上に勉強の蟲になることが出来るのだろうか?
今のところはただ、和希が固定観念の塊だからとでも言っておこう。