49.魔女の竈
49.魔女の竈
風歌に案内されるままにエレベーターに入る三人。その間にもこのビルの説明をうけていた三人。八階からは個人の部屋で、今まで居た会議室が五階。メリーに当てた部屋が四階。ロバートの部屋が三階。テレスが二階だった。
なにぶん無理矢理ですが。と風歌は付け加えた。どの部屋も雑多だし、二階は怪物の気配が近く、落ち着けないかもしれないと言っていた。
「気にしなくていいのよ。それに、テレスは私と同じ部屋でいいわ。ロバート、あなたも来る?」
「そう言いたいところだけど……テレスという素敵な騎士さまがいるなら、僕に別はいらないだろう? 少し片付けて、腕でも馴らしておくよ」
「そう。わかったわ」
「足りない物がありましたら、どうぞお申し付けを」
慇懃に頭を下げると、エレベーターへと案内した。エレベーター内はやはり暗い。
金属音が鳴り、四階にたどり着いた。扉から見えた部屋は、やはり混沌としていた。オフィスを構成するデスクや椅子、古びたパソコンなどが画面を光らせて睨んでいる。
「では、わたくしは、ここでお暇致します。用があればなんなりと。五階にいます」
「ありがとう」
メリーが一言で礼を言うと、風歌は次の階へ向けてエレベーターを操作した。
ロバートも三階にたどり着く。風歌の言葉を半分は聞き入れ、部屋へと入っていった。四階と同じく、混沌としたオフィスそのもの。わずかに端に寄せられているだけで、そこに出来た小さな空間がロバートの部屋となりそうだ。
「きったない部屋ね。あんたにお似合いじゃない」
「――っ! 誰だ!」
ロバートが声の主を探す。しかし、部屋の中にもどこにも、その姿はない。
「どこに目をつけているの? こっちよ」
「こっちよ」
「こっちよ?」
「何処――――何処だ!」
「こっちって―――言ってるじゃないの!」
刹那――背中を駆け巡る高温!
「――――ッ!」
ロバートが決死の回避をすると、高熱の正体が分かった。
鉄だ。高温で真紅に染まった……鉄の槍だ。
炎はビルに穴を開けた。熱が部屋の中を侵略する。そして、濃密な声が響き渡る。
「さあ、どうしたの……魔女の竈に逃げ込んだ愚かなヘンゼルとグレーテル? 焼かれるのが怖いのかしら……」
魔女の如く嗤いが室内に充満する。ロバートの正常な精神は既に熱と鋼鉄に阻まれ、異常を来していてもおかしくなかった。
漂うのは、死の香り。一瞬の対峙で分かりうる敵の技量。その魔術。
魔女という名の通り、恐ろしい女の声。
それだけで、ロバートは精神が軋むのを感じた。わずかに対抗するのは、今まで培ってきた本能と、魔術師としての経験だった。高温で煮えたぎる竈の中……ロバートが額に汗を感じると、熱は再び武器となって牙を向いた。
真正面。その速度は光速。狙いは心臓に絞られている。それを感じ取って手を前にしたロバート。瞳が力を感じるのは、その光速よりも早かった。
『風』が、ロバートの体を取り巻く。手の平で炎は動きをやめ、燃えるのもやめた。中には高温によって赤色に燃える鉄の矢がある。それはぴたりと目の前で止まっている。
「『突風街道』……なんとか間に合った」
「いいえ、遅いわ」
矢よりも分厚い槍は、ブラストロードの結界をたやすく貫いた。ロバートの腹に激痛が走る!
「……ッ! 何故だ……」
腹の鉄槍を素手で抜き去ると、傷が徐々に治っていく。しかし、火で炙られた肉は再生が遅れていた。その間にも、ロバートの冷静に考えていた。
――そもそも、この敵は何だ? いきなりの襲撃。室内の誰もが気付かなかった怪物が、この部屋の中に潜んでいたとでも言うのだろうか――それが今、自分の命を狙っている……それはない。あの黒兎だけでも相当のやり手だと感じた。悔しいが、雨道の千里眼の精度も高い。愛路橋や夢見野の先見は恐ろしく当たるし、この場所に居る魔術師が気付かない訳がない。
この場所で急に現れた、謎の声。
「―――――」ロバートは思い出す。
『では、もう二人くらいだそうかしら? ロバートもテレスでは勝ち目が無いから……』
『誰を呼ぶの?』
『サラと、そうね……久しぶりにウェンディでも呼びましょう』




