41.「親の愛、子の愛、友の愛」➉
41.「親の愛、子の愛、友の愛」➉
桃色の頭部を持つ龍は、その切っ先に貫かれて死んでいる。
「詩織ちゃん!」
もう聞けないかと思ったその声が、詩織をはっとさせた。すでにユトグタの術中から開放されてした。そして、自由落下していた詩織を、セーラー服が華麗に受け止めると、地面へとゆっくり着地した。
「魚子……よかった……死ぬかと思ったわよ……」
「ごめんね、遅れちゃって!」
ユトグタが銛を体から引き抜こうと、龍の首を用いて触れた瞬間、その銛はまるで木の枝のように分枝を発達させた。体の中から生えてくる銛の痛みに、ヨトグタが苦痛の絶叫を辺りにまき散らした。
影の中から想像を生み出すことのできる魚子の力が、体内に潜伏して、ズタズタに切り裂く。もう魚子も、昔のような弱虫ではない。立派なブライトとして、その力を十分に発揮していた。
しかし、ユトグタに致命傷を与えるには、もっと大きな力が必要だ。
すぐさま銛を引き抜くと、自然と傷口が回復していく。想像力によって補われる血液や細胞は、即座に自身の体を作るものへと変化する。人間には想像できないほどの膨大なエネルギーを、ユトグタは持っている。
「あれを上回るためには、一人では駄目。魚子――私に作戦がある」
「……なに? あんまり無謀なのは、駄目だよ。いつも一人だけ、突っ走るんだから……」
魚子は詩織を立ち上がらせると、詩織の作戦に耳を傾けた。
詩織は上を見上げた。ユトグタは回復に専念しているようだ。
「今までの戦いでは、力任せで勝てた。けど、あれはそう簡単には消えない。だから、私たちは、戦う方法を変えないといけない……私は見たわ。あの中に、想像力を生み出している根源がある。それを発見して、直接想像力を生み出している部分を破壊すれば、倒せる」
人間であれば、脳みそをかち割られれば、想像することはできなくなる。
つまり、ユトグタの脳を破壊する作戦だ。
「確信はできない。けど、やって見る価値はあると思う」
詩織の顔には、なんの迷いもなかった。だからこそ、魚子もそれを支持した。詩織に反対する理由はない――友人として、詩織の意見を信じる。
「私は、何をすればいいの?」
「あの首をできるだけ破壊して―――私はその隙に、奴の頭に潜り込む」
詩織は薙刀で空間に徴を描いた。すると、周りの風景が変貌を開始する。団地の姿はなくなり、ドミノが使っていたような、大正時代の風景が織りなされる。
「周りの被害を少しでも縮小できれば、いいと思ったけど、これは少し難しかったわ」
橙色をした結界が、団地一帯を覆う。それでも、十分に詩織にはすごいと思った。
「これで、少しくらい、破壊されても大丈夫……だと思うわ」
すでに破壊されつくしている団地内だが、まだ人が出たり入ったりを繰り返している。
――どういうことか、詩織にも分からないが、そういった人間でも、やっぱり無視できないと思ってしまう。
しかし、詩織の作る防壁は、それほど強くない。空間を操るような技巧を必要とする能力は、ユトグタも苦手なように、詩織もまた苦手だった。ドミノの力がなければ、これを作ることはできなかっただろうし、詩織の心が、優しさに目覚めていなければ、やろうともしなかったことだ。
「さあ、準備はいい……行くわよ」
魚子が手を合わせると、想像力が周囲に広がり浸透した。地面からは大きな砲台が十門。その全てに砲弾が詰められている。導火線に燃え上がる炎が生まれ、爆発すると共に、詩織は弾丸と共に跳躍した。
詩織たちの攻撃を察したユトグタは、すぐさま多頭龍の姿を整え、砲弾へと攻撃を開始した。七色のトカゲのような首と、九つの龍とは呼べない歪んだ首。まるで触手のように絡まりながら、次々と魚子の砲弾を破壊していった。
しかし、それも魚子の作戦のうちだった。砲弾が破裂すると、中からたくさんの小魚が飛び散った。それは、魚子が夢の中で戦ったシャドウから奪い取った想像の力を形としたのだ。
――きっと、彼女もそれを望んだはずだ。そう魚子は思っている。
幾重にも散る魚の爆弾は、龍の攻撃を華麗に回避しながら、追尾ミサイルさながらの動きでユトグタへと命中した。爆撃が空気を震わせる――あまりのものすごさに、詩織は空中を走る力を失いかけたが、それでも前を目指して必死に宙を走った。魚子が戦ってくれている。それに答えなければならない。その強い思いが、詩織をさらに前へと進ませた。
「GUUUUULLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLL!」
その時、黄金の頭部が口を開けた。荷電粒子砲を想像した口内には、またたく間にエネルギーが収束されていく。
「いいわよ……掛かって来なさい!」
白熱、発光! 一瞬のうちに詩織の眼前へと迫ったエネルギーに、詩織は薙刀一本を付き出して突撃した。
「やあああぁぁぁぁぁぁああ!」
薙刀を鋭く突き出し――電子をも断ち切る一撃で、それをさらに奥へ、奥へ突き出した。
「GYAAAAOOOOOUUUUUUUU!」
詩織の切っ先が、黄金の龍の首を切り落とした。詩織の薙刀が、砲撃に優ったのだ。
それこそ、詩織の想像した「光線崩し」。薙刀の新しい能力だ。
断ち切った首に素早く乗り移ると、巨大なユトグタの体の中へと侵入した。うねくる触手を断ち切り、迫りうる首を吹き飛ばしては、ユトグタの核となる部分を探した。
――そして、黄金の頭を見つけた。他のものとは違う、本来からそうあるべきとしてある、ユトグタの頭部だった。
「馬鹿もの。ここに来たのがお前の運の尽きだ」
急にユトグタが口を聞いたので、詩織は驚いた。
「何をするつもり……」
「下にいる、お前の仲間を殺す。こいつでな―――」
黒い頭部をした龍が、魚子の方に向いた。
それを魚子が確認した時には、すでにその口から、それが発射されていた。
大型の、爆弾にしては不恰好なもの。
「お前たちの好きな『核爆弾』だ。これであの少女は消し炭になるだろうな」
「――――ッ! あなた、私を怒らせたわよ……」
「どうせ今頃お前には何もできんのだ。あの少女は、この攻撃に耐えられない。粉微塵に吹き飛ぶだろうよ……かっはっは……」
「いいえ……吹き飛ぶのは、あなたの方よ」
ユトグタは、周りに張られた結界が、徐々に形を変えていることに気がついた。
段々小さくなってきている。その範囲が縮まり、魚子から結界は離れ、団地から離れ、結界の中にあるのは、上空の空気と爆弾、ユトグタ、詩織だけとなった。
「自殺するつもりか!」
「いいえ。私にあれは効かない。死ぬのはあなただけ」
薙刀を振るう。
「覚悟なさい!」
「いいだろう。だったら入ってくるがいい!」
そして、詩織はユトグタの中へと侵入した――刹那、閃光が魚子の目を貫いた。
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無意味な文字の羅列。時代を示す年表。海が密かに集めた堆積の記録。
ここはユトグタの精神世界だ。すでにこの場所に居る人間は、与えられる奇妙な情報で頭を満たし、発狂させるだろう。本来、シャドウたちはそうして人間の心に取り憑く。
そこには、袴姿の詩織が居た。
そこには、ゴシックロリータの詩織が居た。
もはや人間だということも忘れて、暗黒の中へ身を落とす。
「あなたには、どちらが正義か分かる?」
「お前には、どちらが悪か分かるか?」
「自分のあり方を受け入れているの?」
「自分のあり方に気がついているか?」
「自分の死を願う私が」
「他人の為に死ねるか?」
二人は同時に拳銃を握った。
「私は、自分の望むままに生きる。心には、同志の思いを」
「私は、自分の望むままに生きる。心には、全てを滅ぼす思いを」
「「弾丸として込める」」
二つの影が、弾丸を込めた拳銃を構えた。
「さようなら。昔の私」
「さようなら。これからの私」
二つの銃声が重なる。
【ズダンッ!】――雷鳴に似た一撃。
倒れたのは、袴姿をした詩織だった。胸を穿たれて、一撃必殺だった。
「愚か者め、最後の最後、自分を撃つことに躊躇したからだ」
「違うわ……」
詩織は体に力を入れて、倒れそうになった体を持ち上げた。
そして――胸から一筋の光が発射された。
「―――ッ!」
それは、黒い詩織の胸を穿った。
「くぅ……これは……」
三又の銛。魚子が、詩織の心に託した想像だった。
「ぬ……ぬおおおぉぉおおおお!」
三又の銛は、ユトグタの体内で砕けた。そして、バラバラに散らばった破片が、銛として派生する。内部からズタズタに切り刻む銛。さらに砕けては新たにユトグタを苛む茨となり、その行動を封じた。
詩織の左胸には、小さな金魚がアクセサリーのようにくっついていた。
「魚子は、自分が居なくなることを拒んだ。自分が一人になることを恐れた。でも、もう違う。だから、あなたにだって負けないわ。そして、私もその魚子から、力を与えられた」
「まさか、私の胸を貫くとは……詩織の胸だぞ……魚子は、そんなことできないはずだ……」
「人間を殺し続けた罰よ。そして、人間を……自分を、愛せなかった罰」
影として暗躍し、人の命を奪い、自らの願望を叶えるもの。
そして、宇宙からやって来た侵略者。
自らの王を目覚めさせるために、人の心を狂わせ続ける怪物。
その終幕の言葉を、詩織は唱えた。
夢は終わりへ、現は果てへ、
愛しい人は、胸の中に。
一人彼方へ落ちたドミノへ、
時の調べを伝えよう。
――ならば、私の一人旅。
夢であるなら目覚めておくれ、
継ぎ接ぎだらけの心の闇を。
幻を見せる卑しき影よ、
元ある心のあり方へ。
――全ては反転する。夢は現実へ、現実は夢へ。
影は光となり、光は影となる。
しかし、臆することはない。
心に光が無くとも、
そこには影があるのだから。
薙刀の綺羅めき。稲妻の一撃が、王の心臓を貫き、全てが決着した。




