23.「もう、あの頃には戻れない」➀
23.「もう、あの頃には戻れない」➀
夜の遊園地だっただろうか。その記憶は曖昧。しかし、言葉にすると、なんだか確信できるものがあった。それに縋るように思い出そうとすると、ぼんやり、五歳ほどの自分の姿が、ベンチに腰掛けている、といった、不思議な光景に出くわす。
遊園地に居るのに、ベンチに座っている自分。
普通なら、観覧車だとか、メリーゴーラウンドだとか、もっと楽しいものに乗っている思い出が蘇っても、おかしくないだろう。
しかし、詩織に思い出せるのは、その光景だけだった。
他の、楽しかった思い出などない。ただベンチに座る自分が、何かを待ち望むように座っている。何か、とは……思い出そうとすれば、簡単に思い出せる。しかし、それには少し勇気が必要だった。
――母親だ。彼女は遅れてやってくる。詩織が座っているのは、迷子センターの待合室……ではなく……詩織は幼い頃からひねくれていたのか、センターの真正面にある、メリーゴーラウンド前のベンチに座っていたのだ。
母親が来るまでの間、詩織に来訪者があった。誰もが若いカップルで、詩織の事を上からじっと見下ろしながら、罵倒にも似た言葉を吐きながら、心を決めたというように、すっと詩織に視線を合わせるのだ。女性は温和な言葉使いで、詩織に話しかけた。
「どうしたの? 迷子?」
「違う……」
この言葉に、今度は男が詩織に視線を合わせて、これもまた、冷静で優しい言葉を詩織に掛けてくれた。
「お母さんは?」
「いない」
「……そうだね。……じゃあ、名前は分かるよね。言ってごらん」
この時の詩織には、二人が別の家族のようにも見えて、非常に惨めな思いをした。子供ながら、相手の優しさや思いには敏感であり、またその裏返しにも、よく気がついた。
だから、詩織は突き放すように、二人に言ってやったのだ。
「名前なんて知らない」
この時の出来事が、まるで詩織の心を、この場所に繋ぎ止めてしまった。
よく、この夢を見る。高校生になった、今でも……。
魚子が起こした事件は、翌日の朝になって発覚した。二人が学校でその話を聞くことになったのは、ちょうど昼休み頃の話。
魚子は先生に呼び出された。――理由は、なんとなく分かる。
二人の行動は派手だったし、誰だって知っていた。それに、三人のうちの一人、狛村はまだ生きていた。ただ、腹を壊して家に閉じこもっているらしい。
魚子が教室へ帰ってくると、誰もが不審な目を向けた。だが、誰が彼女たちを殺したと思うだろうか。二人の家は反対の路線じゃないか……どうやって一夜のうちに、人を二人殺すことができるというのだろうか……。
詩織は、魚子が人を殺したことに対して、もう何も咎めまいと決めていた。
だから、魚子の心の置き場は、詩織をおいて他になかった。魚子が罪悪感によって、他人や、親に気を使っても意味などないのだが、魚子はそう思っていた。いいや、思っていたいのかもしれない。例え、その人殺しが現実に形を留めなくとも、誰かに知っていて欲しいと。




