27.百の獣と千の瞳を持つ獅子〈トーヴハァ〉①
27.百の獣と千の瞳を持つ獅子〈トーヴハァ〉①
トーキョー都心に近づけば近づくほど、敵の強くなるのを感じていく。
以前ほどの大きさのモノはもういない。ロバートよりも大きな体を持つ個体の支配する区域に侵入しているのは確かだった。
例えば、それはビルを一突きで破壊する角を持つカブトムシとおぼしき甲虫の類。空を滑空し、羽に隠した毒針や尾羽根で巧みに狩りを行うロック鳥ほどの巨大な怪鳥。ケロイド状の未知物質は空から降ってきて、たちまち地面ごと溶かしてしまう。それも半径五メートル超の粘膜が一斉に降ってくるとなれば躍起になるほかない。
怪物らしい怪物の姿をもったものの中にも時には快傑のような人型をしたものも現れる。剣や槍、弓を構えた軍勢は二人をたちまち取り囲み、日本の合戦さながらの戦闘を街中で繰り広げた。魔術師の力を持つものは奇怪な能力で二人を惑わした。中でも怪物に取り込まれた魔術師はロバートには恐怖そのものだった。いかに低俗な怪物であろうと、魔術師が居るとなれば話は別。メリーのような完全な異形であればまだしも、堕神点ほどの力だけなら、その接点ごと殺されてもおかしくない。
怪物のすべてが堕神するすべての神を許容するわけではない。ここに住むほとんどがアブホースから生まれたものであれば、『天界のハストゥール』は異端。堕神点であれば尚更無くなって欲しいと思うのが、アブホース含む怪物の思うところである。
実際に、怪物同士仲がいいのは稀にしか居ない。アメリカ全土に蔓延り、後に全国に広がった凶悪な怪物『変容のショゴス』が、日本に居ないのも、ショゴスが日本の風土に合わなかったとか、たまたま来なかったなどという“奇跡”ではない。あの怪物は確かに日本にも猛威を振るい、そして死に絶えたのだ。
――第六堕神『暗黒のアブホース』の手によって。
ここに居る二人も、アブホースは常に殺したいという思念を持って行動しているに違いない。だからこそ強力な魔物が現れているし、ロバートの怪物遺伝から『デス・ウォーカー』や、その複合体『白き沈黙の神〈ウェンディゴ〉』が放たれたわけだ。
いよいよもって激烈と化した戦闘の嵐は、確かに二人(特にロバート)の活力を削いでいった。しかし、油断と同時に死に近づくロバートには、むしろそちらの方が性に合うのだった。針のむしろや背水の陣、その生と死の境がなによりロバートの足を動かし、腕を振るわせた。
数日ほど路線の上を歩き続けることで、ようやく目的地トーキョーに近づいた所で、手厚い歓迎に会うことになった。それは、ちょうどマチダ駅前だろう。亡霊めいた邪悪さを全身に纏う、巨大なクリーチャーが二人をじぃと見つめているのを感じとった。
「――敵?」
ロバートが気配と視線を鋭敏に感じ取る。
「強い気配がする。匂いが強く、体は大きい……先の怪物の比ではない……」
メリーの持つ謎の嗅覚をもって、何か危険なものが居ることを察し、振り返った時、眼前で光るものを見た。黄金色をした瞳が、一つ。二つ。三つ四つ五つ六七八九……数えきれない速さで開かれていく!
「――な、何だこいつ……メリーさん!」
ロバートがメリーを塞ぐように立つ。メリーもまた、ロバートを盾に後退した。
「目の数が覆い。アブホースの眷属の一柱の可能性が高い」
「――いかにモ」
その声は、淀んだ水のような、ごろごろとした音だった。
「こ、こいつ喋ったぞ!」
「不思議なことではない……」
ロバートとメリーは目の前の怪物の言葉を待つ。
「その通リ、不思議なことではあるまイ」
複数の瞳を持つこの怪物は、どうやら人語を理解し、会話することができるらしい。人の声帯では無いが、聞き取れない言葉ではない。しかし、こいつには不気味な感覚が呼び起こされる。メリーは怖気すら覚えていた。人語を解する怪物の中には、最悪なモノも存在する……気配から、かなり大きいモンスターではあるが、『最悪の怪物』ではなかった。
「貴様、言葉を話し、理解するなら問う。その名を明かせ」
「――我が名は『百の獣と千の瞳を持つ獅子〈トーヴハァ〉』であル。貴君に用があル。ブリテンの魔女」
怪物がメリーの事を指名してきたようだ……ロバートはただならぬ展開にわずか、慄きを隠せなかった。自ら言葉を出し、何より名前を名乗ったのだ。通常の意思疎通すら行う……その異常性は、現代で言えば、猫や犬と会話することと同義だろう。悪魔狩りとして生活してきたが、かつてこんなことが一度でもあっただろうか……否。いくら世界が変化に包まれたとしても、怪物と会話できる世界など、自分は知らない。
「ブリテンの魔女を出セ、男」
「なっ……なんだって……!」
メリーのみならず、ロバートにもその言葉を使い、話し掛けてきたではないか! それがいくら濁りのある言葉であろうと、空耳で済まされるものではない。確かに、この『トーヴハァ』は、ロバートに“どけ”と言ったのだ。
「――聞こえなかったのカ?」
「ロバート。下がっていて。話の邪魔」
ロバートの動揺とは反して、メリーは勇敢な姿勢だった。いままでの怠けた姿ではなく――それは『魔術師』としての――『ブリテンの魔女』の姿だった。




