37.「トーテム」vs「パワーズ」⑧
37.「トーテム」vs「パワーズ」⑧
見えないが、ティートが解き放った『ミックスキャンディ』によって呼び出されたトーテムたち。体からは武器が突出し、接近されるだけで深手を負わせることができる。
しかし、その本質は「姿を隠す」こと。見えないカメレオンたちは、知らずうちに敵へと近づき、暗殺することができる。
すでにシュンには見破られている手段だ。だが、ティートがその方法で未だに挑むのは、どういう理由だろうか。と、シュンとジンは気配を辿りながら思考した。
「見えなくなるのは、なにもカメレオンや私だけではない。カメレオンたちが何かに触れれば、それも見えなくなる。私が針を消したように……」
「……しかし、それは僕には意味が無いな」
「いいえ……あなたの聴力にも、限界はある。小さな音は聞こえないし、遠くの音も、また同じに聞こえない。あなたの聴力の範囲は、すでにこの針をあちこちに投げつけて確かめた。あなたがずっと耳を済ましていたのは知っていた。だから、毒針の攻撃が分かった。でも、毒針を投げた時に投げた、もう一本の針には気がつかなかった。それは天井に投げた……」
「何を言っているんだ……? まさか、僕の耳にも聞こえないものがあるとでも?」
「現に、オデットの息遣いが聞こえていないじゃない」
「なん―――ッ!」
二人が振り返ろうとした瞬間、シュンはそれに気がついた。
上から、沢山の風を切る音が聞こえたのだ。それも、まるでこの体育館を震わせるような、かなりの量で!
次にはボトボトボトと長くモノが落ちる音が続いた。二人はぞっとした。見えないが、それはうねうねと這う、蛇だった!
「お、おい! ジン、早く『ミルキーウェイ』を張れ! 咬み殺されるぞ!」
「ちくしょうッ! 不意打ちしやがったなこの野郎! 死んだフリしてまで……」
「そういえば、心臓の音を消して一度、姿を捉え損なっていたな……そして、天井の蛇には、まったく気がつかなかった……」
「耳がいいのは、あなただけじゃない。あなたにとって聴力がいいといっても、私よりずっと耳は聞こえないみたいね……上に居る蛇がこんなに群がっているのに、気がつかないなんて」
ティートの言葉が終わるまでの間に、数百匹を越える蛇の山が浮上した。ジンの『ミルキーウェイ』が蛇たちを持ち上げてしまったようだ。
「血祭りに上げてやる……『クンフー……』」
「馬鹿野郎! そんなことより、ガキの死体がねーぞ!」
あったはずのオデットの死体がなくなっている。すでにティートの魔術がオデットの姿をかくしてしまったのだ。そして、ジンの首筋に絡みつく気配! 極太の蛇がそこに巻き付いていたのだ。
「僕をさんざんクソガキ扱いしてくれたお礼だよ。今度はきちんと首筋を掻っ切ってあげるよ。特別製の麻痺毒でね。『レインボースネーク』の本領発揮だ!」
「くそ野郎離せッ! 『ミルキーウェイ』! ミルキーッ! ミルキ……ミル……みる……」
首もとを締められ、能力に集中できなくなったジン。首には大蛇の牙が迫っていた。
そこに割入るのは、武器を手に持ったシュンだ。
「僕の存在を忘れたんじゃないか? もう一度切り裂かれるといいッ!」
トンファーを強く打ち付けると、その音波が再び一陣の刃となってオデットの元へ降り注がれた。が、オデットだと判断するものはない。すでにティートの姿で消えてしまったオデットは、首を締めている蛇の近くに居るとは限らないのだ。
だが、確実に音がした。トン、トン、トン、トン。四歩だ。四歩歩いた。ティートから三メートル、元居た場所からすでにかなりの距離を歩いていることに気がついた。
しかし、そこに居ると分かれば、攻撃に躊躇は居らなかった。
「血をまき散らせ! そしてその全てを礎に、僕は完璧を目指すのだぁーッ!」
音波の刃が空間を真っ二つに切り裂く。が、切り裂いた音もなければ、動いた音一つなかった。空中へ浮いた蛇を数対刻んだが、人の大きさほどの物は切り裂いていなかった。
「音に頼りすぎて、あなたは間違えたのよ」
「……今の音は、お前が出したとでも言うのか……?」
彼女にも伏兵が居ることを完全にこの混乱の中で失念していた。音を出していたのはカメレオンだ。まさか、隠れるだけしか脳がないと思っていたカメレオンに、音で騙されるとは、流石のシュンも思わなかっただろう。
「では、オデットはどこへ消えたのだ……駄目だ。ここで深追いはできない。すでに、すでに――この体育館に、僕たちは包囲されていたんだ! 制圧能力の高さは、評価しなくてはいけない……だが、この逆境、この恐慌があるからこそ、乗り越えがいがあるのだ! まだ負けた訳ではないッ! ティートォ……次はお前だッ!」
まだシュンは諦めていない。見えない敵に戸惑いはあっても、それを乗り越えようとする力は、誰よりも強かった。
ティートに狙いを定めったシュンは再びトンファーをくるくると回し、構えを取ろうとしている。この攻撃を躱すためには、ティートの身体能力では無理がある。
だが、すでにティートは一人ではない。そこには、頼もしい仲間が、今にも死にそうな姿で戦っている。それを見ただけで、ティートはやらねばならないという強い思いに駆られた。
「私は諦めない。クレアルドールから本を奪うまで、骨が折れても、肉が裂けても、戦い続けると誓った。あなたには、負けないッ!」




