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夢と幻のキネマ館  作者: 黒木 静
『白と黒のメリー』
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19.白き沈黙の神〈ウェンディゴ〉③



19.白き沈黙の神〈ウェンディゴ〉③



 しばらくして、〈ウェンディゴ〉から距離を取ったメリーは、遠くから爆発音をさせて近づく気配を感じ取る。しかし、ロバートが開放された感じはない。

 今まで止められていた『時間』を取り戻したロケット弾は、的外れな位置に飛んでいき、街のあちこちを爆破した。メリーとしては許されざることに違いないが、同時にこの街に蔓延る小さな魔物の巣窟があることを考えれば、効率の良い攻撃でもあった。お陰で、〈小さな怪物〉の姿はみるみる減っていった。気配が死んで、静寂が満ちる。

 しかし、大量に発生した〈怪物〉はまだ有り余って存在する。

 メリーは駅から五〇〇メートルほど遠のき、尖塔の形をしたビルに潜伏した。

 対して〈ウェンディゴ〉は駅前のスクランブル交差点から離れない。うろうろと歩きまわっては時たま空中に停滞したロケット弾を投げて、遊ぶように時間を過ごしていた。ロバートの事を警戒しているのか、彼の周りから離れようとしない。

 まさか、こちらの計画がばれているわけではあるまい。メリーはビル屋上の時計塔に寄りかかった。もはや自分に回す分の『アンノウン』ですら惜しい。

 階段から小さな声が聞こえた。屋上でやかましく走り回っているようだ。


「主も不便な体で仕事させるわね。疲れたわ」


「しかし、あなた。サボるのはいけないわ」


「二時方向。怪物二体確認。敵もこちらの位置を確認。対応はF。行きなさい」


「――また私が行くの。疲れたわ。変わって頂戴よ」


 別段不思議な光景ではない。めまぐるしく動きまわるのがすべてメリーの姿であっても。である。しかしやかましい。一人では静かなメリーでも集まると違うらしい。

 今、この瞬間で百人ほどのメリーが動き回っている。『アンノウン』の操作能力も、もはや限界に近いほどの力を行使している。しかし、お陰で確実に勝利の可能性が確立されていく。ざっと千通りに分岐する作戦。それはメリーらしい抜け目の無さである。もし最初の作戦で〈ウェンディゴ〉を致命傷にすることが出来れば、残りの作戦が無意味になるということであっても、出し惜しみがないのがメリーらしい。現在、本物のメリーはビル屋上、時計塔の頭頂部から〈ウェンディゴ〉をじっと監視している。

 時計塔の最上階にある時計の間。時計塔というだけあって、大きな洋風の時計が据えていた。頂点には巨大な鐘がついている。時間には鐘の音を鳴らすのだろう。もっとも、今では動きそうにない。時計の針も『氷雪時計』のように停止したままである。

 時計は十一時三十五分を指している。――もし、動いているなら、ぴったり十二時に作戦が開始されるだろう。ロバートが拘束されてから五時間が経過している。いかに不死であろうと、死んだままあそこに居るのは苦しいはずだ。

 あの場所で凍りついたまま、死んでいたなら、それはそれで大変だろう。なにせ眷属が主の〈堕神点〉という〈誓い〉を壊すのだから。それは親に逆らうこと同義。しかし、いかに不死の仕組みを内包しようと、怪物同士の戦いでは常に死と隣り合わせだと言っていい。今回のケースでは、《暗黒のアブホース》が干渉している。《天界のハストゥール》の復活をよく思わないのなら、この場所で〈堕神点〉を葬りたいと考えるはずだ。怪物にも好き嫌いはある。敵対関係はそれこそ時空を越えて行われている。


(この場所からでは、ロバートの生死は分からない……)


 ロバートとほぼ同じ地点にいるメリーの触手人形も動かない。操作も出来ない。操作が出来ればロバートの安否も分かる……ロバートの右腕はメリーが寄越した“義手”である。そこから心拍を察することもできよう。――もっとも『アイス・クロノグラフ』の能力の解釈が正しいのであれば、ロバートは“凍っている”。心拍は聞こえないだろう。

 くすんだ色の鐘。この場所から一望する眺めは、まさに崩壊した都市、日本の姿だった。緑色が圧倒的に多く、空の紫や雷鳴の白、地面を覆うコンクリートやビルの灰色。空の色が変わるとここまで世界が変わる。太陽の光がなくなれば同時に生き物が死に絶える。植物もまた同じ。――しかし、暗闇の中でも育つ植物はある。微量の光のみで生き残るものもある。

 ここは樹海だ。暗闇の樹海。ビルやその他の建造物もこの樹海を構成する高低差に過ぎない。地形でしかないのだ。雑草の葉群も放っておけば森になる。

 ここからの風景は、まるで雲海の上にいるようだった。緑色の雲の上に突き出すこの時計塔の景色は、《暗黒のアブホース》の成す能力とは思えないほど、自然的で、なにより冒涜的な原風景なのだ。


「――そろそろかしら」呟くと、陛下からメリーの顔が覗く。


「準備完了。作戦はいつでも開始できる……相変わらず、人使いの荒い……」


「粘土は黙って働きなさい。……では、そろそろ始めましょうか」


 手に持ったのは金属のハンマー。少女の手には余るものだが、メリーはそれを思い切り振りかぶり、鐘に打ち付けた。狙いは大きく、外れることもなかった。


『ご~~~~~ん!』


 鐘の音が響く。錆の多い鐘だが、音色は健在だった。

 懐かしい西洋の音がした。異国であれ、鐘の音は美しいものであった。

 魔の行軍から神聖を取り戻さんと、一翼の天使が舞い降りたかのような、壮大な反響を以て、メリーと〈ウェンディゴ〉との闘争が始まりを迎えた。






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