15.怒れる死の風〈デス・ウォーカー〉③
15.怒れる死の風〈デス・ウォーカー〉③
小さな男が巨大な相手に立ち向かう。場所はスクランブル交差点。すでに〈デス・ウォーカー〉は堕神の工程を終え、粘土化していた快傑から“孵化”していた。
〈デス・ウォーカー〉に明確な身長は存在しない。伸び上がることも縮まることも自由自在である。今はビルと同等の高さ……半透明状の体だが、わずかにそれを知ることができる。今に体を伸ばし、風を受けて加速する。巻き上げた風を発見者に向けて投げ、その身を空中へと打ち上げ、空にある気流に巻き込んでしまう。そうなれば無事ではないだろう。怪物を見た時点ですでに人間は正気で居られまい。
〈死の風〉のやり方……空気の薄い天空まで連れていかれ、落下する方法もなく数年と漂えば生きてはいられないだろう。無事に気流から逃れたところで、地上から十キロ程離れた場所から落下すれば、その人間の体がどうなるかなど、火を見るより明らかである。
ロバートは慎重な歩みで接近する。対して〈デス・ウォーカー〉はようやくロバートを発見したといったところである。最初に見たものを親と感じる哺乳類のことを思い出したロバートは、やややりづらい気持ちになった。
(親といっちゃあ、親なのか?)
怪物であれ、そんな感情があるのだろうか? まさか。〈怪物〉と一言でいっても〈宙色の怪物〉同士は複雑な関係を持っていると、メリーが言っていたのを思い出す。一概に怪物同士が鳥類、爬虫類のように分けられるわけではない。共に対立しあう怪物もおり、同時に《黒山羊》と《名も亡き王》のような同族意識のある怪物も居るという。
……どうやら、対立するもの同士であると、すぐにでも戦闘が始まるらしい。〈デス・ウォーカー〉がこちらに目配せすると、警戒意識が一気に増すのを感じた。
この〈怪物〉に睨まれ――――ロバートは思い出す。
ニューヨークが怪物に幾度も狙われ、その度に歯噛みして見ていただけ……たった一度だけ、この〈デス・ウォーカー〉を倒したのみ……肝心の《変容のショゴス》などの強大な力を持つ〈宙色の怪物〉から祖国を救うことは出来ていない。それだけでなく、自らが〈怪物〉として国を壊すことになるかもしれない……故にロバートは祖国アメリカから旅に出ることになった。居ることなどできはしなかった。
ロバートはこの身に宿る〈怪物の種〉である〈堕神点〉を潰すまで、祖国の地を踏むことはしないと誓ったのだ。
――様々な思いが交錯する。すべてを思えば、この怪物から始まった――。
メリーにも出会った。他国の人間とも出会った。同志や仲間を作り、〈怪物〉をこの世界から葬り、再び人間の生活を取り戻すと誓ったこともあった。
国境や言葉は関係なく、すべてが一体となった。世界の危機に立ち向かうという一つの目的を達成するために……自分が生きるために……人は一つになったのだ。
「負けるわけには、いかないな――」ロバートが地面を蹴る!
一瞬の間で加速する。方向に加えられる力は日本を走る新幹線の速度である。しかし、その速度で単純に移動が行われるわけではない。金属の塊に付属する操縦を用いるものではないため、もっと人間的な、足による方向転換が連動して行われる。『突風街道』は一歩の間に俊足を極め、〈デス・ウォーカー〉の巨大な足に激突していく。
そして、ただ適当に殴る!
体全身を包みこむ『魔術』の力で、強靭な獣を思わせる一撃だった。ロバートの大柄から、熊のような力強さがあった。腕力にモノを言わせた拳撃は〈デス・ウォーカー〉の足を吹き飛ばした。同時、『デス・ウォーカー』がよろめく。巨体が倒れてくるかと、ロバートは突風のような疾さでメリーの方向へと退いた。遠くから見れば見るほど〈デス・ウォーカー〉の大きさが分かる。だが、こいつがそう簡単に倒れるだろうか?
「メリーさん。あいつは僕と同じ力を使う……と言っても、根本的な力は違うけど、風を操るんだ。風が揺らいだら、気をつけたほうがいい」
「つまり、窒息死に気をつけろと、そういうことね」
「……そんな厄介な使い方はしたことが無いけど……まあ、気をつけてくれ。僕の術はほとんど、こいつから奪ったものなんだから……」
「加速、跳躍、旋回。自身の移動力を底上げする魔法。一定空間の方向を自在に操る魔法。そして、すでにある方向の相殺をする魔法……全部自分で作った魔法ではない?」
メリーはそんなことはずっと前から知っていたが、あえてそう言った。
「今に分かるよ……僕は肉体強化する魔法と、道具を使った戦闘以外には家からは学ばなかった……だから、こいつには苦戦したんだ。思い出したよ」
今となってはいい思い出である。メリーに会うまで片腕だった彼の言葉。
――と、〈デス・ウォーカー〉はどうなったのか? 彼の方向を操る能力……というより大気全体を操作する異能は健在である。前のめりに発生した力が相殺され、倒れかけた形で停滞。徐々に持ち上げられていく。ゆるりと大勢を立て直した様は『ダイダラボッチ』そのものかもしれない。
半透明の怪物の目が開く――緑色の巨大な瞳……エメラルドを思わせる輝きがギンとロバートとメリーを睨みつけた。――曰く、〈デス・ウォーカー〉に睨まれた人間は生きては帰れないという――二人は緑眼を睨んだ。




