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夢と幻のキネマ館  作者: 黒木 静
『白と黒のメリー』
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5.突風


 

 5.突風

 


 クーロン街と言えば、かつてはチャイナと呼ばれていた場所だ。〈原初堕神〉……千年近く前の話になるだろう。以降、チャイナは復興にまで至らず、結局多くの人間が死んだ。日本のように怪物の影響を受けて発狂死、変死したものもいれば、怪物の破壊行動によって文明のレベルが下がり、生命を維持するライフライン、つまり水道や食料、住処などが大幅に減ったことで大勢の人間が生きられる環境では無くなってしまったことも理由として上げられる。生きる術を失ったことが、病んだ人々の精神に拍車を掛け、瞬く間に世界人口は減った。チャイナもその一つ。かつては全国で最も人間の住む大国であったが、今では昔の栄華と成長の予感は微塵もない。どの大陸にも見られない成熟した文化遺産。天まで伸びるビルディング、国の流転を司る環状道路。地を歩く人々。そのすべてはこぼれ落ち、受け止めることもできずに消えていった。

 しかし、今でもチャイナは大国に違いない。最も人間の住む国だ。今ではクーロンと名を変えているが、最も人工があり、物資が富んでいる国である。

 ニューヨークにしか興味のないロバートだが、クーロン街となれば話は別。商売敵でもあるし、今では憧れの的である。ニューヨークは第四の堕神時に崩壊してから復活と繁栄しか望んでいない。クーロン街は必ずや必要となる時が来るだろう。

 

 クーロン街の店が立ち並ぶという日本の横浜中華街。しかし、その原型は曖昧なものだった。赤色を貴重とした、いかにもチャイナらしい外観の建物は腐って朽ち果て、蔦が電線のように他の建物へと掛かり、ジャングルのような鬱蒼な場所になっている。

 下からは苔や沼地に生えるような奇妙な植物が群生していた。その場所にあったと思われる車や標識、電柱は不気味なオブジェとも言えたし、なにより中華街のような奇妙な建物たちがジャングルに蹂躙され、街路と一体と化している様は文明を取って食らってやったという自然の凶暴性が伺えてならなかった。


「周りはここまで鬱蒼としていなかったというのに」


 ロバートが言葉を漏らす。草地を一つかき分けるのも苦労が必要だった。


「いきなり環境が変わった。それは危険な合図。バジリスクの居る所には特定の植物が群生するもの。それはバジリスクが石化させられない植物だから。その植物だけしかないということは、つまりバジリスクが他の植物を枯らせてしまったから」


「……単刀直入に言うと?」


「何かが居る」


 メリーの言うとおり、何かがゆらりと動く。草むらだ。粘つく足元ほどの植物の中に何かが居る――!


「‥…お前、何だ?」ロバートの声が亡き繁華街に反響する。


 草むらの中から、“それ”がゆっくりした足取りで現れた。


「――殺しましょう。敵よ」メリーの鋭い号令――ロバートが即座に反応する。


「了解―――『突風街道ブラストロード』――」


 風がロバートを中心に取り巻く。周りの風がロバートに服従するようにぴたりと張り付いている。それがロバートの得意とする技だ。


「ぐわぁ?」怪物の声。


 頭の異様に拡大した人型の怪物。それは人間の声帯には発せない声である。蛙のようなごろごろとした声――これは人間ではない。


「突風は追従する―――それ、弾丸だ!」


 手を敵に差し伸べる。なんら意味のない行動。銃弾は銃に込められるものであり、徒手空拳に等しいロバートからは発せられることのないものである。

 だが、弾丸は発生した。無限に近い弾幕となって繁華街を震わせる。

 何の躊躇いのない破壊が、怪物を破壊した。一瞬だった。何の抵抗もなく、肉体を撃ちぬかれ、撃ちぬかれ、ボロボロの体になったとしても弾丸が止むことはなく、骨の髄まで崩壊という疾走が巻き起こる。怪物は粉微塵と等しくなった。

 同時に発生した弾は中華街の赤色の建物も吹き飛ばした。




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