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放課後の教室で

作者: hanyuu

暇つぶし程度に読んでいただけるとありがたいです。セリフが多めになってます。

「愛してる。付き合ってほしい」

「へー。よかったですね」

 顔も見ず、即答した。

「のど乾いた」

「……だからどうしたんですか」

 放課後の教室で俺は目の前の先輩と二人きりでいた。

 黒髪のショートに中性的な顔立ちが女子の間でも人気があるとかないとか。

 まぁ、モデル体型の上に運動神経も抜群、勉強もできるときたら人気があっても何も不思議じゃない。

 ……それもただ眺めてるだけで話しかけないのが最低条件なわけだが。

「仕方ない……。このお金を渡すから自販機までぱしってきなさい」

「先輩は自分が何を言っているのか分かってます? しかもこれ、コイン型のチョコレートじゃないですかっ!?」

 先輩の手に握られていたのはよく駄菓子屋などで売っている金紙に包まれた円形のチョコレートだった。

「あ~~、ばれたか」

「ばれたか、じゃないでしょう!」

「そうだな。小賢しい真似はやめよう。率直に言う。ぱしれ」

「分かってないっ! 先輩は断じて分かってないっ」

 ぱしれって何だ、ぱしれって!? もしや、ぱしるの命令形なのか……!

「あ」

 と、先輩が何か閃いたとばかりに声を漏らす。

 嫌な予感がする。

 こう見えて先輩は頭がいいからな。またロクでもないことを思いついたんだろう。

 人差し指を自身の下唇につけて一言。

「ふむ。私がマジックをしよう」

「いきなり話し変わりすぎじゃありません!?」

 意味が分からない。脈絡がなさすぎる。

「……どうして先輩の二年次の成績のほうが俺の成績よりいいんだ……?」

 呟き、愚痴る。

「はっはっはっ! それは私のほうが頭がいいからさっ」

 聞こえていたらしい。いやに得意げに言いやがった……!

「あ。頭がいいからでは正確ではないな。体育の成績も私のほうが優秀じゃないか」

 先輩、もはやわざと言ってるんじゃないですよね?

「つまり、私のほうが人間的に優れているということになってしまうのかなぁ」

「……先輩は何をそんなに挑発しているんですか」

 聞くと、先輩は満面の笑みを湛えて、

「マジックしようっ!」

「結局それがしたいだけですか!」


 えーー……と。マジックすることになった。

 先輩との間に一つの机を置き、先輩がトランプを切る。

 はっきり言ってその手つきは素人目にも上手いとは言えないレベルだ。切ってる途中でカードを落とすは折り曲げるはで散々だった。

 で、散々トランプを切った挙句そのトランプは使わないらしい。もう意味わからん。

「で、マジックって何するんですか」

「まぁまぁそんな疑わしそうな目をしなくたっていいじゃないか」

 先輩はばらばらに撒かれたトランプの山から二枚のカードを取り、俺に向ける。

 向けられた絵柄はいずれもトランプの花形といえる『スペードのA』と『ジョーカー』だ。

「いいかい。これは君の心を操るマジック。これから私はこの二枚のカードを裏返して机の上に置く。君にとっての当たりは『ジョーカー』。君がもし『ジョーカー』を選ぶことができたら君の勝ちだ」

「それ、運ゲーですよね」

 確率は純粋に二分の一。先輩が小細工でもしないかぎりただの確率の問題だ。

 しかし、先輩は涼しい顔をしている。

「だから、マジックだと言っているだろう。もちろんこのままやるわけではない。君にはカードを選ぶ前に私と三分ほど会話をしてもらう」

「つまり、あれですか。心理トリックってやつ」

「はははっ! そうだな。そう思ってくれればいい」

 先輩は机の上で二枚のトランプを切る。初めのうちこそ目で追うこともできたがだんだんどちらがどちらか分からなくなる。

「さすがに目じゃ追えないですね」

「当たり前だ。追えたら意味がないだろう」

「そうですね。……そういえば何故当たりが『ジョーカー』なんですか」

「簡単なことだ。君が見事に私のマジックに屈した時のことを想像してみればいい。つまりそれは私の勝利でもある。そして私の勝利には『ジョーカー』などという道化よりも『スペードのA』のほうがお似合いだ。私は学校一優れているからな」

「…………」

 つまり俺にはジョーカーがお似合いだと。……いやここは先輩の学校一優れている発言につっこむべきなのか。

 いろいろ発言がカオスすぎてどこにつっこめばいいのか分かんねぇ。

「君は何で頭を抱えているんだ?」

「ちょっと脳が思考の処理に追いつかなくて」

「そうか。低スペックな脳だな。……略して低の――わっ」

 また先輩がカードを落とす。しかも残りのトランプのカードの山にだ。先輩って不器用だったっけ?

「今、カード入れ替えてないですよね」

「入れ替えるわけないだろう。大体君の敗北条件である『スペードのA』は一箱に一枚しかないんだ。ジュース代すらケチる私が君にマジックを見せるために二箱も買うとでも思っているのか。ちなみにこのトランプは生徒会の備品だ」

「すいません。全力で納得しました」

「まぁいいさ。ほら準備はできたんだ。これ以外にも塩水と砂糖水の二つが入ったコップから君に塩水を選ばせるマジックやコインをどっちの手に持ているか当てさせないマジックを用意しているんだ。とっとと始めるぞ」

 嫌なマジックしかねぇな。

「はぁ」

 息を吐く。それから呼吸を整える。

 何だかんだ言ったって先輩は頭がいい。このままのノリで挑めば『スペードのA』を掴まされるのは明白なのだから恐ろしい。

 だから、今は落ち着こう。

 二枚のカードを見る。

 当然伏せられたカードだ。裏からでは全く見当がつかない。だがさっきから聞いているルールだと先輩はどちらがどちらであるかを把握していることになる。そうでなければ誘導もできないからな。

 ならば確かに先輩の言う心理トリックに引っかかる可能性もあるが逆に先輩から答えを導き出すことも可能なはずだ。

 顔を上げ、先輩を捉える。微笑を湛えた彼女はまるで絶対の勝利を確信しているかのような自信に溢れている。

「じゃあ、会話を始めようか。時間は……そうだな。携帯のアラーム機能を使うことにしよう」

 細い指が携帯を操作し、三分後に鳴るようにセットされる。

 携帯は机の右横に置かれ、二人とも確認できる。どうやらすでに始まっているらしく、時間は残り二分五十秒を示す。

「ねぇ、君はどっちに『スペードのA』があると思ってる?」

 初めに切り出したのは先輩だった。

 質問は至ってシンプルなものに思える。これは他の重要な質問を隠すためのノイズだろうか。

「あくまで『スペードのA』を強調するんですね」

「答えて」

 端的に先輩は返答する。

 今の返答、先輩にしては強硬的だ。これは返答してもらわなければならない質問ということか?

「先輩。ルールは会話をするだけです。先輩には質問に答えさせる強制力はないですよ」

「……そうだな。では次に君から見て右のカードは何だと思う?」

 引き際に質問に対する未練は感じられない。ではさっきの質問はやはりブラフということなのか。

「さぁ? これも答える必要はないと思いますけど」

「その通り。君は実に意地悪だな」

 先輩は余裕の表情で薄い微笑を浮かべる。それが演技なのか素なのかは分からない。

 携帯は残り時間一分半を刻む。

 たった二つの質問でこの時間の浪費。もし俺がまともに質問に答えていたのならそれだけで三分という時間は過ぎていたかもしれない。

「先輩は質問に本当は何て答えてほしかったんですか?」

 探りを入れる。時間の浪費も目的だった。しかし先輩は表情一つ変えず答える。曰く、私の勝ちだそうだ。


「さて、時間だ」

「三分なんてあっというまですね」

 見れば携帯は残り十秒を示している。

 された質問はたったの二つ。これだけで先輩は俺が『スペードのA』を選ぶように誘導したというのか?

 ありえない。直感的にそう思う。けれど同時に先輩ならそれさえも可能にしてしまうような気もする。

「さぁ、選びなさい」

 この期に及んでも先輩の余裕は崩れない。

 純粋な確率は二分の一。どっちだ、右か左か。

「どうしたの? 何故答えない? 私は知っているよ。君は絶対に勝てないからだ。万が一にもね」

「……じゃあ億が一なら可能性はありますね」

 先輩が笑う。俺は一か八か、左のカードへと手を伸ばす。

「面白いことを言うね、君は! 確かにそれぐらいの勝率はあるかもしれない。そのときはぜひもう一勝負願いたいもんだ」

 相変わらず余裕な先輩。けれど今度はそこに違和感を感じる。

 そう。その違和感こそが正解への近道だった。

 先輩の言動を、このゲームのきっかけを再構築すると、結果はすぐに出た。

 違和感の正体。それは『先輩が余裕すぎる』こと――。

 脳が一つの結論に至った瞬間、左のカードに伸ばしかけた腕を止める。

「どうしたの? まだ迷っているの?」

「違いますよ、先輩。答えが分かりました」

 自信を持って断言すると、先輩は注意を払わなければ分からないほど小さく頬を緩める。

 笑った?

「……そう。聞こうか、君の答えを」

 先輩は諦めたように声を落とす。

「このカードは二枚とも『ジョーカー』です」

「……正解」

 先輩が二枚のカードをひっくり返す。カードはともに『ジョーカー』。考えた通りだった。

「参考までに、どうして分かった?」

 何の悔しげもなく先輩は問う。

「先輩が余裕すぎるからですよ」

 なるほど、と彼女は相槌を打つ。

「それでこれは心理トリックではないと推測したんだね」

 そう。先輩は心理トリックを用いてる割に余裕すぎた。確かに心理トリックにおいて自信があるように振る舞うことは大切だ。心理トリックは絶対ではないのだから。

 けれど先輩は俺が何一つ質問に答えていないのに動じなかった。自信を崩さなかった。これは何よりもこのマジックが心理トリックでないことを表している。

「では物理的なトリックとしては何が考えられるか。そう考えたときまず先輩が言ったように『スペードのA』が二枚存在する可能性は否定されます」

 だから、考えられるのは伏せられた二枚は共に『スペードのA』でなく『ジョーカー』。普通のトランプの場合『ジョーカー』が二枚入っているのは珍しいことじゃない。それに勝った側の人間がもう一方のカードを確認するとも考えにくい。

「でもそれでは私の負けじゃないか。どうして私が折角の二分の一の勝率をゼロにしなければならない」

「先輩にとって、マジックの成功が勝利条件じゃなかったんじゃないですか。そう、例えば次のマジックへの警戒心を失くすためとか」

「なるほど。どうやら本当に私の負けのようだ」

 長い息を吐き、先輩は肩を落とす。

 彼女の狙いは初めからマジックの成功になかった。彼女が狙っていたのは次にコインをどちらの手に持っているか当てさせないマジックをさせること。

 だがきっと彼女は硬貨を持っていない。彼女がのどが渇いたと言ったとき自販機に行かなかったのは他でもない小銭を持ち合わせていなかったからだ。だから彼女は財布の中身を見せ小銭がないことを証明して俺から五百円玉でも借りてマジックを行うつもりだったのだろう。

 そしてトランプを入れ替えたようにコイン型のチョコレートと入れ替え、何度もトランプを落っことしたようにその俺が五百円玉だと思っているチョコレートをどこかに飛ばしてしまうつもりだったのだ。そしてその五百円の使い道は小銭がない、のどが渇いた、から簡単に推測できる。

 実に先輩らしいやり方だ。ほぼ詐欺行為にも一切の躊躇いがない。

 俺の考えを先輩に話す。彼女は感心というふうに聞き入っていたがやがて小さく口にする。

「けど、君もまだまだ甘いようだ」

 囁きに、俺は動じた。

「どういうことですか?」

「何だ。私の口から言わせるのか。……まぁ、それもいいだろう」

 そう言うと先輩は俺から背を向けて夕暮れの蜂蜜みたいな空を見上げる。

「私は君ほど甘くない」

「そうですね」

 そのことに関しては全面的に同意だ。だからなおこの状況が理解できない。

「だから私はそもそも敗北など用意しなかった」

 言葉が、理解できない。

「君は確かにこの場所に置かれた様々なもの観察し、私が何をしようとしているのかを見事当ててみせた。君は私をよく見ているね」

「…………」

「けれど君は一番重要なことを忘れいている。木を見て森を見ずと言ったところかな。ここには私たちしかいない。二人きり、なんだよ」

「先輩……?」

 彼女が言わんとすることが一つ浮かんだがあまり突拍子もなく、すぐに打ち消す。

「君は正解した。私の考えを当ててみせた。それが何よりも私の勝利なんだ」

 断言して先輩と視線を交える。

 途端に、俺が「答えが分かりました」と言った直後の微笑を思い出す。

 ――ああ、この人には敵わないな。

 そう思った。「愛してる」と言った彼女の顔を見なかったんじゃない。見れなかった。恥ずかしかったから。

 無意識に俺はこの状況を意識していたんだ。

「俺の負けです。でも、これで終わりじゃないですからね。『次』は俺が勝ちますから」

 俺の照れ隠しに、薄く先輩が微笑んだ気がした。

「――ありがとう。何度でも君を叩き潰してあげるよ」

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