2の4 カイン、王城にて(カイン視点)
加護持ちの職場がある建物を出たカインは、ひとりで王城へと転移した。
カツカツと足音を鳴らしながら大股で廊下を歩いていると、そこかしこからヒソヒソと声が聞こえてくる。
「呪われた王子……」
「もう番は得たのだろう。まだ陛下に頼み事があるのか?」
「あの髪と瞳、いつ見ても気味が悪い」
要職に就いている貴族達だ。
彼らはカインを目にする度に、聞こえよがしに陰口を言う。
幼少の頃からこんな状態なので、聞こえない振りをするのにもすっかり慣れてしまった。
(気味が悪い、か……。そう言われても仕方がないかもな。俺のせいで母は死んだのだから)
王城に自分の居場所はないと悟ったカインは、わずか八歳で王城を出て、闘神の加護持ちが代々《だいだい》治める土地へと移った。
彼にはもう家族を苦しめたくないという決意があった。
国王の執務室に着くと、ドアの前に立っただけで向こうから開いた。
「やっと顔を見せてくれたな」
弟が来るのを今か今かと待ち構えていたのだろう。
国王――カインの兄、セドリックはにこやかに弟を迎えた。
さあ座れと促されてソファに座ると、お茶の用意が整ったテーブルが視界に映った。
「セラが教えてくれてな。もうすぐここにお前が来るだろうと」
そう言われて部屋を見渡せば、執務机の上でクッキーをついばむ空色の鳥と視線が合った。
「余計な事をするな、セラ。ノアを守るように言っただろう」
カインが叱りつけても鳥は知らん顔で、窓をコツコツと嘴でつつく。
セドリックが窓を開けてやると、その隙間から飛んで行ってしまった。
「そう怒るな、セラはお前の事が心配なんだ。でもその顔だと、番とうまくやっているようだな? 表情が柔らかくなった。いい傾向だ」
セドリックはカインの真向かいに座った。
真正面から兄の顔を見て、しみじみとカインは思った――「全然似ていない」と。
セドリックは父譲りの金髪、そして母譲りの紫の瞳を持つ。
父は金髪碧眼で、母は銀の髪に紫の瞳だったから、カインだけが両親のどちらにも似ていない。
その理由はカイン自身も分かってはいるが、自分はまるで王家に侵入した異分子のようだと思う。
カインは暗い考えを脳裏から追い出し、セドリックに話しかけた。
「孤児院の件ですが、無理を言って申し訳ありませんでした」
「あれぐらい、無理なんかじゃないさ。孤児達が立派な大人に育てば、国の財産となる。そのように言ったら、反対する貴族は誰もいなかった」
「ありがとうございます。やはり兄上は、人を動かす力をお持ちだ」
「褒めても何も出ないぞ……と言いたいところだが、お前は昔から何も欲しがらないからなぁ。初めてじゃないか? お前が私に頼みごとをしたのは」
そう言って紅茶を一口飲むと、砕けた口調で言った。
「で、どうなんだ? 番は可愛いんだろう? 私に頼みごとをするくらい、惚れてる訳だな?」
「……そういう話をするのなら、もう失礼します」
カインが立ち上がろうとすると、セドリックは慌てて「ちょっと待て」と言った。
「冗談だ。……まったく、冗談ぐらい言わせろ」
「兄上には感謝しています。婚約に関する通達の件も……もう充分です」
カインの番が現れるというお告げがあっても、カインはセドリックに何も頼んだりはしなかった。
セドリックが弟の負担を減らすために、独断で通達を出したのだ。
しかし内情を知らない貴族達は、カインが兄に頼んだのだろうと思っている。
(これ以上何かを兄上に頼めば、さすがに貴族達は黙っていないだろう。兄上の国王としての立場が危うくなる)
カインが立ち上がると、セドリックは低い声で言った。
「先ほど、ミレーナ嬢がここに来た」
カインが思わず兄の方を振り返ると、彼は心配そうに弟を見つめていた。
「あの番はカイン殿下には相応しくないと訴えてな……。ミレーナはお前の領地に行けると決まった時、大喜びではしゃいでいた。……多少、厄介な事になるかもしれない」
カインは一礼し、淡々と言った。
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。後はこちらで対処します」
部屋を出る寸前、ドアの隙間から不安そうな兄の顔が見えた。
それでもカインは扉を閉めて歩き出した。
(子どもの頃から、誰も選ばないつもりで距離を置いてきたのにな……。そう簡単に諦めてはくれないか)
ミレーナがカインの妃になりたいと望んでいるのは気づいていた。
彼女の努力も知っている。
それでもカインは、ミレーナを選ぶ訳にはいかなかった――いずれ番が現れると、知っていたからだ。
後ろから「カイン兄上」と呼ぶ声がして、カインは足をとめた。
ようやく七歳になったヨシュアがぱたぱたと駆けてくる。
セドリックとカインは五つしか離れていないが、ヨシュアだけ極端に年が離れているのは、ある理由からだった。
「お久しぶりです! 僕は七歳になりました!」
「……おめでとう、ヨシュア。誕生日に来れなくてすまなかったな」
頭を撫でてやると、小さなヨシュアは「えへへ」と笑った。
「兄上は魔獣退治で忙しいのですから、仕方ないです。僕は我慢できます!」
こちらを見上げるヨシュアの瞳は澄んでいて、カインは目を逸らしたくなった。
俺はお前から母親を奪ったのに、どうしてそんな目ができるんだ。
お前は俺を恨んでもいいのに。
前王妃はカインを産んでから、部屋に籠りがちになった。
カイン王子は不義の子ではないかと、貴族達が噂したからだ。
――わたくしは陛下を裏切ってなどいない。それを証明してみせるわ!
そう言って産み落としたのがヨシュアで、彼女は産後すぐに亡くなった。
高齢で出産したせいで、体を壊したのだ。
死ぬ直前、銀の髪と青い瞳を持つ男児を見て、安堵した顔で呟いたらしい……「間違いなく、陛下とわたくしの子だわ」と。
母の思いを想像する度に、カインの胸は締め付けられる。申し訳なくて、何度でも謝りたくなる。
(それでも俺は、王家に生まれなくてはならなかった。……今度こそノアを救うために)
闘神の加護持ちは、必ずヴァルト王家に生まれる。
加護持ちのほとんどが十歳以降に加護の痣が出るが、カインはわずか五歳で痣を得た。
貴族達がカインを「呪われた王子」と恐れるのも、無理はない話なのだ。
(ノアと二人で、ひっそりと生きていこう。もう誰も苦しめないように)
カインはヨシュアの手を取って、ゆっくりと歩き出した。
兄と弟の幸せを壊したくない、ただその思いが胸にあった。




