1の3 ものすごく落ち込んでいる(カイン視点)
孤児院を出たカインは、しばらく町の中を歩いていた。
後ろから不満げな声が聞こえてくる。
「歩くの疲れたよー、先に帰っていい?」
「もう少し待て。ノアが育った町を見たい」
最後にノアと出会った丘の上に立ち、彼女が育った孤児院を見下ろした。
「ノアが飢える事もなく、健やかに育っていてよかった……。あの院長には感謝してもしきれないな」
そしてぽつりと続ける。
「……どうしてノアには記憶がないんだと思う?」
尋ねられたセラはすっかり疲れ果てていて、草の上にごろんと寝転がった。
「さぁね。転生が失敗したんじゃねーの? っつーかオレが分かるわけないだろ、アイテールに訊いてこいよ」
セラは最高神アイテールによって作られた、聖剣の精霊である。
本体は剣だが、人間や動物に姿を変える事ができ、特にお気に入りは今のような少年の姿だった。
闘神の加護持ちとなった人物には、必ずこの口の悪い精霊が付いてくるのだ。
「訊いたところで、知らんと言われて終わりだろうな」
「オレ、あのオバハン苦手なんだよねー。すげー美人なんだけど言い方キツくて」
「最高神にそんな口をきけるのは、お前ぐらいだ。あまり下手な事を言うと消されるぞ」
カインが呆れた口調で言うと、セラは「やべ」と口元を押さえる動きをした。
夜の風が、カインの漆黒の髪をさらさらと撫でていく。
「ノアは俺が嫌いになったんだろうか。だから俺を忘れて……」
地面にめり込みそうなぐらいずぅんと落ち込む主を見て、セラの口からため息が漏れた。
「めんどくせぇ奴だなぁ。大好きな女が自分を忘れてんのは、ショックだろうけどさ。三百年かけてやっと会えたんだろ、大事なのはこれからじゃねーの?」
セラの言葉を聞いたカインは、ハッとして顔を上げた。
「確かにな。ノアは俺の番になったんだから、焦らずに今から頑張ればいいんだ」
セラの方を振り返って、にこやかに言う。
「ありがとう、セラ。お前が相棒でよかった」
「……オレはお前達に同情してるだけだよ。可哀相だから、手を貸してやってんの」
「じゃあ尚さら頑張らないとな。俺は努力して、ノアに好きになってもらうよ。また俺に恋をしてもらう……絶対に」
「……なんか目がやべぇ気がするけど、まぁいっか」
どうやら主は気を持ち直したらしい。
発言の内容はやや物騒だが、セラは少しばかりホッとした。
「明日はどーすんの? 転移で迎えに行くわけ?」
「いや、明日は馬車で迎えに行こう。いきなり転移したらノアが驚くだろうから」
「……過保護……」
セラの呟きは小声すぎてカインには聞こえておらず、カインは「そろそろ帰るか」と言って痣のある右手を地面に向けた。
「闘神レイトスの名において、転移せよ」
加護持ちとなった人物は神力を使い、様々な奇跡を起こす事ができる。
カインの詠唱によって地面に魔法陣が浮かび上がり、次の瞬間には二人の姿は消えていた。




