1の2 結局、逃げられない
しかしその甘い考えは、殿下の一言で儚く砕け散った。
「孤児院の事が心配なんだな。ではこちらで支援金を出そう。人手も確保しておく」
「………………え?」
いやいや、そうではなくて。
私がここにいたいという意思表示の話なのですが……。
(こ、この王子様……空気読んでくれない!)
やんわりと「番になるより、ここにいたいなぁ」という空気を作ったつもりだったが、殿下には微塵も伝わっていない様子だ。
「俺が死んだ後も、支援が永久に続くように予算を組もう。兄上にも進言して、国中の孤児院に支援すると約束する」
「え、ちょっ……」
(あなたの兄上って、国王陛下ですよね!?)
どこまで話が大きくなるのか。
全身から変な汗が出てきた頃、院長先生が「もう充分です」と叫んだ。
「ノア、これで安心したでしょう。あなたは殿下の誠意に応えなければなりませんよ」
「うっ…………はぃ……」
そうですよね。ここまで言われたら、断れないですよね……。
内心のショックを表面上の微笑みで隠しながら、カイン殿下と院長先生の会話を聞いた。
ほとんど頭に入らなかったけど、しばらくして殿下は「そろそろ失礼する」と言って立ち上がった。
「お見送りしなさい」
院長先生に促されるままに、ふらふらとした足取りでカイン殿下とセラ君を門まで案内する。
門の外はひっそりとして馬車もなく、護衛もなく、不思議に思って殿下に尋ねた。
「歩いてここまで来られたんですか? 護衛とかは……」
「闘神の加護持ちに、護衛なんかいるわけないんだよなぁ。むしろ足手まといかも」
なぜかセラ君が答えてくれたけど、私を見てニヤニヤ笑っている。口調もさらに砕けている。
(院長先生の前では一応、畏まってたのね。でもこっちのセラ君の方が話しやすくていいかも)
私はいきなり殿下の番になったものの、元はただの平民……しかも孤児だ。
丁寧な態度で接してもらっても、どう反応していいのか分からなくなるだろう。
カイン殿下はしばらく私をじっと見てから、「触れてもいいか?」と尋ねてきた。
いきなり抱きしめて拒否された事を気にしているのだろう。
私が頷くと、彼は私の手を取って甲にキスを落とした。
(ひゃあ……)
王子様がやるとすごく絵になる。ぽわぽわと気分が浮き立ってきたけど、精神力でグッと耐えた。
(勘違いしない。これは私が番だからやってくれただけよ……! 本来なら貴族のご令嬢が、殿下のお相手になっていたはず)
市場に行く道を歩いていると、たまに貴族の馬車が通りすぎる事がある。
中に乗っているのは綺麗に着飾ったご令嬢で、本来ならば彼女達のような人が殿下の花嫁になるべきなのだ。
この先何があろうと、自分は平民なのだとちゃんと弁えておこう。
「明日の午後、きみを迎えにくるよ」
「はい」
(早っ……)
せめて二・三日は待ってもらえるかと思っていた。
でも孤児院の支援を約束していただいたのだから、もう観念するしかないだろう。
そう考えて反抗する素振りもなく返事をしたのに、カイン殿下はぐっと顔を近づけてきた。
もう鼻の先がくっついてしまうんじゃないかと思うくらい、近い。
「えっ、あの……で、殿下?」
殿下の瞳に、明らかに動揺している私の顔が映った。
恥ずかしさに耐えていると、彼は頼み込むような切ない表情で言った。
「絶対に来るから、どこにも行かないでくれ」
「は、はいっ……」
私はドキドキしながら、内心で殿下を気の毒に思った。
(ここまで心配になるほど、番の事が大切なんだ……。なんだか可哀相)
番を得た獣人は、相手以外の事はどうでもよくなるほど溺愛するらしい。
身分や立場を無視して、本人の意思も関係なく、ただ惹かれあうのだそうだ。
(私は何ともないけど、殿下は獣人と同じような状態になってるのかも。でもここまで溺愛全開の状態から、どうやってあの夢に繋がっていくのかな?)
門を出た殿下は、セラ君と一緒に夜道を歩いていく。
彼らの背中が見えなくなるまで見送ってから、ある事に気がついた。
「あのお告げの紙、私の名前は書いてなかった……よね」
カイン殿下は初対面の時、私を「ノア」と呼んだはずだ。
お告げにもない私の名を、どうやって知ったのだろう。
(あらかじめ調べてあったとか? ……無理よね。星が落ちてきたから、私を見つけられたんだろうし)
考えても分からなくて、疑問を頭から追い出した。
短時間に色んな出来事が起こりすぎて、とにかく疲れていた。




