1の1 加護持ちになりました
院長先生はマントの紋章を見て、すぐにカイン殿下が王族だと見抜いたらしい。
彼は私の予想通り王弟殿下だった。
御年ニ十歳だという。
先生は腰が抜けるほど驚いた後に、カイン殿下と従者の少年を院長室に案内した。
カイン殿下は従者をひとりだけ伴っていたのだ。
十代前半くらいの銀髪の少年だったけど、彼を見た時、私はさらに絶望を感じた。
「オレはセラ、カイン殿下の従者です。よろしく!」
王族の従者にしては軽すぎる話し方に違和感があったけど……でも今はそれよりも。
(セラ君の空色の瞳……夢の人が持ってた剣の宝石と、同じ色だわ)
サファイヤほど青くはない、透き通った空のような独特の色。
セラ君はどう見ても人間だけど、ここまで同じ色だと、あの剣と無関係だとは思えない。
(カイン殿下とセラ君が一緒にいる……きっとただの偶然じゃないわよね)
カイン殿下おひとりだったら、顔が似てるだけの別人だと自分を無理やり納得させられたかもしれない。
でも二人が一緒にいるからこそ、あの夢の人物はカイン殿下でほぼ間違いないのだろうと……暗い予感で胸が重くなる。
(なんとかして今の状況から逃げたい……! じゃないと近い未来に、私は死んでるかも)
自分が剣で刺された姿を想像して、震える手でお茶の用意をしていると、背後から院長先生の嬉しそうな声が聞こえてきた。
「本当に、こんなに喜ばしい事はございません。誕生日に殿下の番に選ばれるなんて……やはり神は善人を見ておられるのですね!」
もう泣きそうなぐらい喜んでいる。
こうなると「殿下の番になるのは嫌だから助けてください」なんて、院長先生に頼むわけにはいかない。
(自分で何とかするしかないわ……。とりあえず疑問をぶつけて、時間稼ぎをしよう)
紅茶をテーブルに置くと、カイン殿下は「ありがとう」とよく通る声で言った。
ドアの隙間からは何個も小さな顔が覗いているし、「おーじさまだ」だの「でけー男のひとだ」だの聞こえてくる。
夕飯を食べていなさいと言ったのに、興味津々で我慢できなかったのだろう。
こんな田舎に王族が来ることはまずないから。
私は院長先生の隣に座り、カイン殿下の顔を見つめた。
「質問してもいいですか?」
「いいよ。何でも訊いてくれ」
王族に対しては無礼かと思うような態度で話しかけたのに、すごくにこやかに返された。
もう太陽みたいな眩しい笑顔だ。
(すごく気さくな人なのね。これくらいじゃ、私を嫌いになったりしないって事かな……)
あるいは、こんな田舎の孤児院に礼節を求めるのは無理だと悟っているのか。
でもこの笑顔の様子だと、私が話しかけただけで本気で喜んでいるみたいだ……気のせいかもしれないけど。
「私が殿下の番だという、神のお告げがあったのですよね?」
「そうだよ」
殿下と話す私の横顔に、院長先生の不安そうな視線を感じる。
多分、「何か不満でもあるの?」と不思議に思っているのだろう。
普通に考えれば、ただの平民が王子様の番に選ばれるなんてあり得ない事だ。自分はなんて幸運なんだろうかと、泣きながら感謝するべきところだ。
院長先生に内心で謝りつつ、質問を続ける。
「獣人以外でも、番を得ることはあるのですか? 殿下も私も、普通の人間だと思うのですが……」
この世界には少数ながら、獣人が存在する。
顔や体は人間とほぼ同じだが、頭に動物の耳が生えていたり、お尻からしっぽが生えていたりする。
彼らはごくまれに『番』という、運命の伴侶を得る事があるらしい。
一度だけ市場で獣人の番達を見かけたけど、今の殿下のように目が合うだけで嬉しそうだった。しっぽの動きがすごかった。
(どう見ても、殿下の耳は人間の耳よね……しっぽもなさそう)
食い入るように殿下の耳を見ていたら、彼は苦笑して言った。
「きみが不安に思うのも無理はない。こんな事もあろうかと、証拠を持ってきた。セラ」
「はいはーい。これが証拠ですよ、っと」
セラ君は丸い筒から一枚の紙を取り出して、テーブルの上に広げた。
少し厚めの紙には、焼き印を押したような不思議な字がつらつらと並んでいる。
なのに紙は燃えておらず、こんな芸当は神にしかできないだろうと思った。
――『流星が降る夜に、カイン・ヴァルト・レイトスは番を得るだろう。その娘には癒しの神フォルトナの加護が宿る』
(フォルトナ……そういえば流星の時に聞こえた声は、『フォルトナの子』と言っていたかも)
はっきりとは聞き取れなかったけど、確かにそのような響きだったはずだ。
「フォルトナの加護ってなんでしょう?」
私が訝しげに呟くと、殿下は「これだよ」と言って右腕の袖を少し捲った。
手首と肘の中間ぐらいの位置に、剣をかたどったような痣がある。
「俺は闘神レイトスの加護持ちなんだ。きみの腕にも、同じような痣があるだろう?」
そう言われて自分の袖を捲ってみると、確かに殿下と同じ位置に花のような痣があった。
「さっきまでなかったのに……」
「流星が落ちた時に加護が宿ったんだ。きみはノア・フォルトナとなったんだよ」
(なるほど……。加護持ちになると、神様の名前が入るのね)
でも加護持ちと言われても自分の体に何か変化があったとは思えないし、不思議な力も使えそうにない。
首を傾げていたら、院長先生が「ノア」と私を呼んだ。
「これで安心したでしょう。あなたは間違いなく、カイン殿下の番ですよ」
そう言って、優しく私を抱きしめてくれる。
私は泣き出したい気分だった。
(違うんです、院長先生! この王子様は、私を殺すかもしれなくて……とか言えないし!)
もう運命からは逃げられないのかもしれない。
でも私にだって、死にたくないという意地がある。
最後の抵抗ぐらいはしても許されるはずだ――ぐっと歯を食いしばり、表面だけの笑顔を作った。
そして可能な限りしおらしい声で話し出す。
「殿下の番に選ばれた事は、とても光栄に思います。でも、私がいなくなったら孤児院がどうなるのかと心配で……うちは見ての通りかなり老朽化して、人手も足りていないですし」
「ノア……! 私達の心配なんて、しなくていいのですよ」
この演技は、ただの時間稼ぎだ。
院長先生の顔を見ていると良心がずきずきと痛むけど、背に腹は代えられない。
孤児院が心配だから、まだしばらくはここにいたい――と訴えれば、殿下は数年ぐらい待ってくださるかも……。




