3
「あら、勇者様がお祈りにいらしているわ! 素敵……!」
「真剣なお姿ね。神託で選ばれた勇者ですもの。神様の声を聞けるのかも……」
「まぁっ! 邪魔しないようにしないと」
祈祷に訪れていた貴婦人たちの黄色い声を聞きながら、私は女神像の前で跪き、手を組んで祈っていた。……神様の声を聞ける、か。本当にそうだったら、どれだけよかっただろう。
「はぁ~……」
思わず、深いため息が漏れる。かれこれ一時間、こうしているが神からも声など欠片も聞こえない。ただ膝が痛いだけだ。ドレス姿だと、コルセットも苦しいし。
それでも、こうして祈っているのは――呪いに掛けられた自分に、流石も神様も情けを下さるのでは、という一縷の望みからだった。私は、神が選んだ勇者。そんな勇者が、魔族の呪いに掛けられたのだから。聖なる力で、こう……浄化とか、あるんじゃないかと。
「結果は、無駄骨だったが……」
この国の人々が進行する女神様は、この世界に大地を作り、人を住まわせ、我々を神託で導いてきた。今回の魔王討伐だって、そうだ。だが、私はそのお力を直に感じたことは、一度もない。私を勇者に選んだ――ただそれだけ。
「呪いは解けなくても、せめて、マシな男と結婚できるように……とか。無理ですかね……?」
ぽつりと呟いてみたものの、神からの返事はない。女神像は、微動だにせず、冷たく私を見下ろしている。とびきり深いため息が漏れた。
「帰ろう。午後からまた見合いだし……カス男との……」
諦めて、帰ろうとした――その時だった。
『勇者、アリステラよ。よく使命を果たしました』
「っ――」
聞こえてきた声に、はっと顔を上げる。頭に直接響いてくるような、そんな感覚にすぐさま声の主が女神であることを悟った。
「申し訳ございません。私――」
『わかっています。私の力が足りぬばかりに、苦労を掛けました』
「っ……」
ごくりと息を飲む。さすがは女神、私が考えていたことなど、全てお見通しらしい。
『年々、神への信仰は弱まり、私の力は弱まっています。今では、悪の台頭も止められず、神託を与えることしかできません』
「そのようなことに……」
『あなたが置かれている状況は、理解しています。おぞましい呪いに掛けられたようですね。救世の勇者として、全ての幸せを享受すべきあなたに、なんという仕打ちか……』
女神の言葉に、じわりと目の奥が熱くなる。……神が私に何もしてくれなかったもは事実なのに。見守って下さっていたことに、安堵し、喜びを覚える。
『アリステラ。私に残された僅かな力を使い、あなたの呪いを歪めることができました』
「っ――」
『ただ一人ではありますが――あなたが結婚するに相応しい者と出逢えることでしょう』
目の前がぱっと明るくなっていく。まさか、魔王討伐で一切力を貸して貰えなかったのに、結婚で神に力を借りることになるとは。人生とはわからないものだ。
「ありがとうございます、女神様!」
『それでは、あなたの幸運を祈ります。……それと』
時折は男装もよいと思いますよ、と。その言葉を最後に、女神さまの声は途絶えた。
「ん? ……どういうことだ?」
男装もよい、って……。ああ、そうか。私がドレスに嫌気がさしていたから、気遣って下さったのだろう。女神様に感謝を捧げなければ。そう思い、少しの間祈りを続けた私は、しばらくして教会を出た。お見合いに向かうその足取りは、来た頃よりも幾分か軽くなっていた。




