表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巡る。  作者: 松本遊心


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/5

ー2

 泉寸七翁がまだ小学四年生のころ、家には一羽のオカメインコがいた。

 友達が少ない彼はその鳥をとても可愛がっていた。白い羽に灰色の頬で名前は”ピコ”。母とデパートへ行ったとき、たまたまペットショップの前を通りかかって、寸七翁が気に入り買ってくれた。

 学校から帰るといつもケージを持って近所の公園へ行き、ベンチに座って、給食の残りのパン屑を与えていた。ピコが部屋の景色だけだと退屈だろうと思ったからだった。


 そんなある日、別のクラスの男の子たち三人がその公園にやって来た。その中に、体が大きく同学年では誰も逆らえないボス的存在の少年がいた。その彼がわんぱく相撲で準優勝したとの噂は寸七翁も知っていた。

「おい、おまえウチの学校のやつだよな」

 彼はベンチの前まできて、左右に従えたふたりより半歩前に出ていった。

「……」寸七翁は怖くて無言で下を向いた。

「なんだよ、しゃべれないの?……あれ、その白い鳥なに?ちょっと見せろよ」

 大きな少年が手を伸ばそうとするのを遮るように、寸七翁はケージに覆いかぶさった。その首根っこを掴まれると、彼はかんたんに持ち上げられ、横へ投げ飛ばされた。

 ピコを覗き込んだ少年は、笑いながらケージを両手に持ち上げると、渾身の力で地面に叩きつけた。

 甲高いギャッという鳴き声と、白い羽が宙に舞った。ケージは歪んで転がった。中にいるピコは小さな痙攣(けいれん)をつづけていたが、やがて動きを止めた。

 寸七翁は頭が真っ白になり、我を忘れて少年に殴りかかったが、まったく相手にならなかった。逆に何度も拳で顔を打たれ、倒れたところを蹴られた。

「おれに逆らうんじゃねーよ、ばーか」

 取り巻きのふたりと、ひとしきり笑うと彼らは去っていった。

 誰もいなくなった公園で、全身の痛みをこらえつつ寸七翁は起き上がり、ケージからピコをそっと掌にのせて歩き出すと、土が柔らかそうな場所に手で穴を掘ってそこに埋葬した。ケージはそのまま放置した。

 この時点で彼の思考回路はどこかぷつりと切断されていた。

 家に帰ると、顔は腫れて(あざ)と血だらけで服は泥にまみれた息子に、母が驚いて質問攻めにしたが、彼は終始無言で風呂に入ると、夕食も食べずに布団をかぶった。


 翌朝、寸七翁はいつも通り目玉焼きトーストを食べると、両目が昨日より腫れあがった息子を心配して会話を求めてくる母を完全無視して、彼女に見られぬよう木のバットを握っていつもより早く、キャップを目深に被って登校した。

 バットを背後に隠して、電柱の陰でしばらく待っていると通学路の角で、例の少年が一人で歩いてくるのを見つけた。彼が通り過ぎるのを待って、寸七翁は背後に回ると、めいっぱいに力を込めて両手に握ったエネルギーを天から後頭部へと打ち落とした。

 

 警察に保護されたとき、彼はただ無表情だった。少年は一命を取りとめたが、とても再び相撲を取れる身体ではなく、全身のいたるところに打撲と骨折がみられ、意識不明の重体だった。

 身受けで母親が警察署に来た時、そこには前日の朝に見た息子はいなかった。今朝と同様、何を訊いても無言で下を向いていた。後日、少年への治療費や慰謝料に見舞金など、相手の弁護士から通知を受けたが、とても支払える金額ではなかった。それでも、保険解約金と貯金をすべて取り崩して、金銭面では現在可能な限り誠意を見せた。

 それから月日が経っても、寸七翁に笑顔が戻ることはなかった。母が何をいっても耳を貸さず、それが執拗(しつよう)だと反抗するようになり、やがて暴力を振るうようになった。

 彼の母親はいつしか(うつ)になり、仕事もできず生活保護に頼っていたが、その支給金も息子がすべて回収して、最低限のインスタント食品などでまかなわせていた。

 そんな(すさ)んだ日々がつづいていたが、改造原付の無免許運転、傷害、窃盗が数度重なり、いよいよ寸七翁は十四歳のとき少年院に送られた。

 

 少年院を出ても、彼は何も変わらなかった。働く気はさらさらなく、あちこちで盗んでは捕まり、薬物に手を出した。

 やがて母が死んだと、保護司から知らされたが、彼の心は(なぎ)のままだった。躁鬱(そううつ)からの精神的ストレスによる、過労からの衰弱死。とても四十代後半には見えないくらいの薄くなった白髪で()せ細り、目はうつろに窪み悲惨な最期だったようだ。


 寸七翁は四十三歳になった。

 だが、あいかわらず仕事もせず友人もなく、六畳一間の風呂なしアパートに家賃二万八千円で住んでいた。生活保護を受けて彼は昼夜逆転の生活を送り、夜な夜な街中に出かけては、金を持っていそうな中高年に的をしぼって、かつあげを繰り返し、パチンコ代と酒代を搾取していた。

 とある日、辺りに人影がない路地で、いつものように中肉中背のスーツ姿のサラリーマン風に背後から声をかけた。

「おい」

 男は立ち止まって振り向いた。五十歳前後のようだ。

 彼が黙ったままなので、寸七翁が口を開いた。「金くれないかな」

「なに、かつあげ?おやじ狩り?……それにしては君もおやじだな」男が口角を上げる。

 彼は頭にきて、拳を固めて相手に近寄っていった。……が、手を上げる間もなく、後ろ回し蹴りが飛んできて寸七翁のこめかみにヒットした。

 その一発で彼は吹き飛び、電柱に当たって崩れ落ちた。意識が朦朧(もうろう)とする中、足音が近づいてきて、目の前で止まった。

「君。四十は過ぎてるよね。いい歳して、こんなことしてて恥ずかしくないのか?初めてじゃなさそうだし、余罪がいっぱいあるんだろうなぁ。はっきりいって社会のゴミだよ、あんた」

 それだけいって、(きびす)を返すと男は去っていった。

 寸七翁の(はらわた)は煮えくり返っていたが、足腰にまったく力が入らず、脳が揺れてまともな思考回路にならなかった。人生で初めて仕返しもできない夜だった。

 

 彼はしばらくして、ふらふらと立ち上がり、帰路についた。

 自宅に帰ってから一時間近く経っていたが、まだ足はがくがくして、頭もずきりと痛んだ。いらいらは治まらない。手近にあった金属バットを握りしめて、壁を五回全力で打った。(ひび)が入り、石膏(せっこう)がぱらぱらと落ちた。

 隣人はたまったものではないが、住みはじめてすぐ、寸七翁は睨みを効かせていた。

 急激に殺意がわいてくるのを彼は感じた。毎日、かつあげして、パチンコをして、酒に酔って寝るの繰り返しをしている自分自身に嫌気がさすのと同時に、世間が何故おれを導いてくれないんだ、と歪んだ思考に行きついた。


 寸七翁は、先日の男に復讐する気で数日、同刻同所で遠巻きに張ったが彼はついに現れなかった。あの日たまたま通っただけなのだろう。

 こうなってくると、寸七翁の怒りの矛先は別へ向かうことになるのだった。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ