廃墟の図書館と、忘れられた星の歌
この世界には、まだまだ語られていない謎がたくさんある。
その日、世界から「記録」が消えた。
「沈黙の風化」と呼ばれる、謎の現象。本は、ただの紙の束になり、サーバーのデータは、意味のないノイズに変わった。人類が、何千年もかけて積み上げてきた、あらゆる知識と歴史が、一夜にして、失われたのだ。
そんな世界で、僕、カイトは、「ライブラリアン」として、生計を立てている。
風化した都市の廃墟に眠る、奇跡の遺物「メモリークリスタル」。それは、風化を免れた、旧時代の、情報の断片。僕たちは、その、過去の「記憶」を探し出し、復興を目指す人々に、売り渡すのが仕事だ。
僕には、ライブラリアンとして、もう一つの、個人的な目的があった。
かつて、伝説のライブラリアンと呼ばれた、父さんと母さん。彼らは、十年前に、幻の「中央書庫」を探す旅に出て、そのまま、消息を絶った。
僕は、二人の足跡を追い、そして、風化の謎を、解き明かしたいのだ。
今日の獲物は、旧時代の、国立天文台の廃墟。
僕の持つ、旧式の「共鳴計」が、微かな、クリスタルの反応を捉えている。
崩れかけたドームの中に、僕は、慎重に、足を踏み入れた。床には、文字の消えた、分厚い本が、散乱している。
ドームの中央。巨大な望遠鏡の残骸の下に、それは、あった。
人為的な光を失ったドームの中で、月光を浴びて、青白く、儚げに、輝いている。今まで見たこともないほど、純度の高いメモリークリスタルだ。
僕は、それを、慎重に、手に取った。そして、携帯端末に、接続する。
再生されたのは、一人の、老いた天文学者の、最後の音声ログだった。
『……信じられない。この信号は、一体、何だ……?』
老人の、興奮と、畏怖に満ちた声が、響く。
『ノイズじゃない。これは、歌だ。遥か、アンドロメダの彼方から、届いている。静かで、だが、力強い……魂を、根こそぎ、無に還すような……ああ、美しい……沈黙の、歌……』
その言葉を最後に、ログは、途切れていた。
これが、沈黙の風化の、正体? 宇宙から届いた「歌」が、全ての記録を、消し去ったとでもいうのか?
僕が、呆然と、クリスタルを握りしめていた、その時だった。
背後で、物音がした。
「……そのクリスタルを、渡せ」
そこに立っていたのは、黒い、フードを目深にかぶった、一人の男。その手には、ライブラリアンが使う共鳴計とは違う、禍々しい、破壊用の削岩器が、握られている。
「清掃人……!」
過去の知識を「呪い」と呼び、メモリークリスタルを、見つけ次第、破壊して回る、狂信者集団。
「過ぎた知識は、災いをもたらす。我々は、世界を、無垢な時代へと、還すのだ」
男は、ゆっくりと、僕との距離を、詰めてくる。
僕は、天文台の、複雑な構造を思い出し、走り出した。このクリスタルだけは、渡すわけにはいかない。これは、父さんたちに繋がる、唯一の手がかりなんだ。
瓦礫の山を飛び越え、崩れた階段を駆け上る。男は、執拗に、後を追ってくる。
僕は、ドームの、観測用の、小さな窓へと、飛び込んだ。
眼下には、廃墟と化した、旧時代の都市が、広がっている。
僕は、ためらわずに、そこから、飛び降りた。下の階の、腐った床を突き破り、散乱した本の山が、クッションとなって、僕の体を受け止める。
なんとか、天文台から、脱出できた。
僕は、夜の廃墟を、走り続けた。
手の中のクリスタルを、強く、握りしめる。
沈黙の歌。アンドロメダ。そして、清掃人。
謎は、まだ、何も、解けていない。
だが、僕の旅は、確かに、今、新たな一歩を、踏み出したのだ。
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王都の門番、ヨハンのスキルは【見送る】だけ。旅立つ者を見送ることでしか経験値を得られない、ゴミスキルと長年笑われてきた。だが、五十年ひたすら人々を見送り続けた彼のスキルがレベル99に達した時、国を揺るがす奇跡が起きる。これは、最も地味な男が世界を救う物語。