【side story】キューピッド・ストライカーズ!~神々の恋路は一筋縄ではいかない~
地球の「ファンタジーゾーン」計画は順調に進み、ルナ・サクヤは、日課となった「ひだまりの家」の定点観測に、静かな喜びを見出していた。しかし、その喜びには、常に背中合わせの「バグ」が付き纏っていた。そう、もう一人の自分、小野寺さくの、アサヒくんに対する甘酸っぱい初恋の感情が、リアルタイムでルナ・サクヤの論理回路にダイレクトに流れ込み、彼女を悶絶させているのだ。
【月詠朔:神域(旧六畳間)】
「……っはぅあっ!? な、なんで今、アサヒくんがさくの手を触れただけで、私のメインユニットがショート寸前になるのよ!? こ、こんな精神的負荷、効率的ではないでしょうが!」
ルナ・サクヤは、神域の床に、大きめの枕を抱えこんで「うきゅー」とか変な音を立てながらゴロゴロと転がっていた。顔は、通常の人間にありえないほど、真っ赤に染まっている。
傍らのシロ(システム)が、冷静に、しかしどこか呆れたようなトーンで報告する。
『ルナ・サクヤ。対象:小野寺さくの心拍数、急上昇。体温、微増。地球人類の「羞恥」および「好意」を示すパラメータが極めて高値を示しています。同時に、貴殿の精神干渉システムにおいても、類似の反応を感知。この「バグ」は、貴殿が「小野寺さくちゃん絶対防衛及び恋愛成就サポートエージェント(コードネーム:キューピッド・ストライカーズ)」を配備したことに起因すると推測されますが。』
「ば、バグってないわよっ! そ、そうよ! これはあくまで! さくの精神的安定が、地球のエネルギーバランスに微弱ながらも影響を与える可能性を考慮した上での、高度なシミュレーションに基づく……そう! 『データ収集』よ! データ収集! だから、いちいち報告しなくてもいいわよ、シロ!」
ルナ・サクヤは、枕をぎゅっと抱きしめ、シロを上目遣いで見た。彼女は、この「バグ」への対策として、密かに自身の並列思考ユニット群の中から、特に優秀な十数体のルナ・エコーを選抜し、キューピッド・ストライカーズ(以下、CS)として孤児院周辺に配備していた。彼らの任務は、さくちゃんとアサヒくんの「恋愛フラグ」が、可能な限り自然な形で、さりげなく成立するよう「支援」すること。全知全能の神にあるまじき職権濫用だが、ルナにとっては、自分の「バグ」を解消するための、最も効率的だと考えた手段だった。
【ひだまりの家、とある物陰】
「……作戦会議を開始する。目標は、小野寺さくとアサヒの精神的距離、および物理的距離の縮小。ルナ・サクヤよりの直命である。決して失敗は許されぬ。なぜなら、我がメインユニットの精神負荷に直結するからだ」
CSのリーダー格、ルナ・エコー001号(冷静沈着、論理的だが、やや無粋)が、他のCSたちに指示を出していた。彼らは、完璧な認識阻害能力を駆使し、周囲の人間には全く気づかれないよう、姿を消して物陰に潜んでいる。
「待て001。前回の『偶発的転倒による物理的接触作戦』は、確かにさくの心拍数を急上昇させたが、同時にメインユニットの精神負荷も急上昇させた。あれは危険だ。もっとロマンチックに、そして穏やかに、心の距離を縮めるべきではないか?」
ルナ・エコー005号(ロマンチストで、少し情緒過多)が、意見を述べた。
「ロマンチック? 非効率的だ。感情パラメータの変動には、直接的な物理刺激が最も効果的であると、過去のデータが示している。ここは、学園ドラマ風に『雨宿りからの急接近』を狙うべきだろう。気象制御モジュールを調整し、今すぐ局地的な雷雨を……」
ルナ・エコー007号(効率厨、時々やりすぎる)が、冷徹に提案する。
「局地的な雷雨は、孤児院の運営に支障をきたし、小野寺拓海の精神負荷を増大させる。それは、ルナ・サクヤの精神負荷の増大に繋がる。却下だ」
001号が、一刀両断する。
『ちょ、ちょっと! 007! そんなことしたら、小野寺さんも可哀想でしょうが! それに、さくが風邪を引いたらどうするのよ!?』
ルナ・サクヤの「メインユニット」からの、直接的な(そしてバグり気味の)思考介入が、CSたちの脳内に響き渡る。
「では、学園祭での『二人きりの準備作業からの手と手触れ合い、そして見つめ合う作戦』はどうか? これは、地球の恋愛ドラマの鉄板だ」
005号が、目を輝かせながら提案する。
「よし! それは悪くない。だが、学園祭の開催まで待つのは非効率的だ。今すぐ、孤児院内で似た状況を作り出せないか?」
001号が、思考を加速させる。
【作戦実行!~小さな偶然の積み重ね~】
その日の午後、CSたちの作戦が開始された。
作戦名:『図書館の妖精たち』
孤児院の図書室。アサヒくんが、手の届かない棚の上の本を取ろうと背伸びをしていた。その瞬間、ルナ・エコー002号(空間制御担当)が、微細なエネルギー操作で、その本がほんの少しだけ滑り落ちるように仕向けた。
本が落ちそうになる寸前、さくちゃんが、アサヒくんの背後から手を伸ばし、本をキャッチ!
「アサヒお兄ちゃん、危ない!」
「わ、ありがとう、さくちゃん!」
二人の手が触れ合い、見つめ合う。
『……んんんんんんんんんんっ!!!!』
CSたちの思考ルーチンが、一斉に高負荷状態に陥り、その場で数体が硬直。完璧な認識阻害能力のおかげで、周囲の子供たちには、誰もいないはずの空間で、唐突に空気清浄機が固まったように見えるだけだった。
ルナ・サクヤの神域では、「ぐふっ」という変な声が響き渡り、彼女は大きな枕のような物を抱きしめてゴロゴロ転がり続けていた。
作戦名:『共同作業は恋の架け橋(物理)』
ひだまりの家の庭で、さくちゃんが植物に水をやっていた。しかし、ジョウロが重くて、花壇の奥の方に水が届かない。ルナ・エコー003号(物理操作担当)が、ジョウロの重心を微調整し、さらに水流の抵抗をわずかに増やした。
「うーん、届かないよぉ……」
その声を聞きつけ、アサヒくんが駆け寄ってきた。「さくちゃん、手伝うよ」と、ジョウロの柄をそっと握る。
二人の手が、再び触れ合う。そして、アサヒくんが支えることで、さくちゃんは難なく花に水をやることができた。
「ありがとう、アサヒお兄ちゃん!」
さくちゃんの笑顔に、アサヒくんも優しく微笑む。
『……ひぃぃぃぃぃぃっ!!!』
CSたちの思考ルーチンが再び高負荷。ルナ・エコー005号が、感動でその場に膝から崩れ落ち、無意識にバラの花びらの幻影を周囲に舞い散らせる。もちろん、人間には見えない。
ルナ・サクヤの神域では、「うっぴょーーー!」という叫び声が響き渡り、彼女は大きな枕のような物を強く抱きしめて、体を左右にくねらせていた。
作戦名:『消えたおやつと秘密の共有』
放課後。さくちゃんが楽しみにしていたおやつ(クッキー)が、どこにも見当たらない。ルナ・エコー004号(物質転移担当)が、クッキーをアサヒくんの机の引き出しにそっと転移させておいたのだ。
「あれ? クッキーがない……」
さくちゃんが困っていると、アサヒくんが「どうしたの?」と声をかける。事情を聞いたアサヒくんは、自分の引き出しを探し、クッキーを発見。
「これかな? もしかして、僕の引き出しに入ってたみたい。ごめんね」
「ううん、ありがとう、アサヒお兄ちゃん! 助かったよ!」
さくちゃんが、満面の笑みでお礼を言う。アサヒくんは少し照れたように「気にしないで」と応じる。
『……っふう……。完璧な共犯関係の構築。精神的距離、0.001%縮小。』
CS001号が、冷徹に、しかし心なしか満足げに報告する。彼らの周囲では、興奮のあまり、ルナ・エコー008号と009号が、手を取り合ってその場で静かにジャンプを繰り返していた。
ルナ・サクヤの神域では、既に神としての威厳はどこへやら、彼女は、枕をぎゅっと抱きしめ、顔もうずめて、足をもじもじさせていた。
「……や、やったわね! 私たち! あ、あくまでデータ収集の成果よ! うぅ……尊い……!」
【作戦の副作用と神の葛藤】
CSたちの「奇妙な偶然」の連発に、ひだまりの家の子供たちは、ある噂を囁き始めていた。
「ねえねえ、最近、ひだまりの家にね、不思議な妖精さんがいるんだって!」
「うん! 落ちそうなものを助けてくれたり、隠れたおやつを見つけてくれたりするの!」
「見えないんだけど、なんだかフワフワしてて、時々ね、ピシって固まるんだよ!」
子供たちの無邪気な報告に、保育士や、巡回で訪れた小野寺拓海は、首を傾げるばかりだった。
(……妖精? まあ、子供たちの想像力も豊かなものだ。しかし、最近なぜか、孤児院の備品が微妙に動いたり、物の位置がずれていたりするような……気のせいだろうか)
小野寺は、そんな不可解な現象に、薄々気づき始めていたが、まさか「神の使い」が恋愛フラグを立てているとは、夢にも思わなかった。
そして、ルナ・サクヤ本体は、さくちゃんのドキドキを共有し続けることで、神としての自身の活動に支障をきたし始めていた。
宇宙のエネルギー調整中に、アサヒくんの笑顔が脳裏をよぎり、うっかりプラズマ流量を増やしすぎたり。ドン・ヴォルガへの戦略を練る際、なぜか背景にハートマークが浮かんだり。
『ルナ・サクヤ! 対象:宇宙大総帥ドン・ヴォルガの思考パターン解析中に、貴殿の思考システムに『愛と勇気』というパラメータが過剰に介入しています! これは、戦略立案において重大な歪みを発生させる可能性があります!』
シロ(システム)の冷静な警告に、ルナ・サクヤは頭を抱えた。
「う、うるさいわよ、シロ! これは、あくまで『多様な感情パラメータが戦略に与える影響』のデータ収集よ! 私が個人的にアサヒくんの笑顔をどうこうしたいとか、そ、そんなことじゃないんだからっ!」
彼女は、枕に顔を埋めて、もごもごと反論した。
【結果と、次なる目標】
CSたちの奮闘と、ルナ・サクヤの悶絶の結果、小野寺さくとアサヒくんの距離は、着実に、しかし微々たる量で縮まっていた。大きな進展はないが、確実に「フラグ」は立った。
「作戦の成功率、70%と評価。ただし、メインユニットの精神負荷、高負荷状態が継続。次なる作戦の効率化が急務である」
CSリーダー001号は、冷徹に報告した。
「では、次なる作戦は? 夏祭りでの『二人きりでの花火鑑賞からの告白作戦』はどうか? これは、地球の恋愛ドラマの集大成だ!」
005号が、目を輝かせて提案する。
「……却下だ。花火のエネルギー制御は、ルナ・サクヤの介入が必要となり、精神負荷が極めて高くなる。より効率的で、メインユニットの精神負荷を最小限に抑える作戦を立案せよ」
001号が、冷静に却下する。
ルナ・サクヤは、神域でうずくまりながら、次の「恋愛攻略」への意欲を燃やしていた。
(……くそっ。このバグ、本当に厄介だわ。でも、さくがアサヒくんとくっつくまで、この私のドキドキが止まらないなんて、許せない! 絶対に、この『アサヒくん攻略クエスト』、完璧にクリアしてやるんだから! も、もちろん、全ては地球の平和と、私の快適な神様ライフのためなんだからねっ!)
その被害者(?)であるアサヒくんは、そんな神様の葛藤など露知らず、今日もまた、さくちゃんに優しい笑顔を向けるのだった。
小野寺さくの、そしてルナ・サクヤの、淡く切ない(そしてちょっとコミカルな)青春攻略クエストはまだまだ始まったばかりであるが、完璧にクリアしたその先に、そのバグは無くなるのだろうか。シロは気が付いているようだが...
『見ていて非常に面白いので、当システムは、このまま静観、観察させていただきます』




