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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
第七章 銀河の揺りかご、あるいは神々の工房
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第一話:創星のプレリュード ~サンクチュアリ・ゼロの胎動~


ディープ・エコーが、その存在の全てを賭けた次元跳躍によって天の川銀河から逃亡してから、月詠朔つくよみさく――ルナ・ドミニオンの体感時間で数刻が経過していた。

彼女の「神域しんいき」と化した、かつての六畳間は、今、宇宙の法則すら書き換えんとする、途方もないエネルギーの奔流と、そして一人の「神」の静かで、しかし燃えるような決意に満たされていた。


(……逃がした魚は大きい、とは言うけれど、あのディープ・エコー、ただの雑魚じゃなかったわね。まさか、あの状況から別の銀河にまでトンネルを開くとは…。厄介な置き土産を残してくれたものだわ)


さくの脳裏には、失われたルナ・エコーたちの最後の「意志」と、そしてディープ・エコーの狡猾な逃走劇が、未だ鮮明に焼き付いている。

怒りはある。悔しさもある。だが、それ以上に、彼女の心を占めていたのは、より根源的な「力」への渇望と、そして、この天の川銀河を、いかなる外部からの干渉も許さない、絶対的な「聖域サンクチュアリ」へと変貌させたいという、強烈な意志だった。


(……もう、エネルギーの心配をするのはうんざり。あの「侵食因子(コードネーム:亜)」の残骸からチマチマ吸い上げるのも、効率が悪すぎるわ。『テラ・ルクス(Terra Lux)』を生み出して、もう大丈夫と感じたけれど、まだまだ安心できないわ。もっと圧倒的で、無限の、そして完全にクリーンなエネルギー源を、この銀河に創造してしまいましょう。そうすれば、ディープ・エコーがどこかの銀河で何を企んでいようと、いつでも叩き潰せるだけの「余裕」が生まれるはずだもの)


その思考は、もはや常人の理解を遥かに超えた、まさに「神」の領域。

彼女は、自らの「神域」に深くダイブし、その莫大な並列思考能力の全てを、一つの壮大なプロジェクトへと集中させた。

それは、サルガッソスペース――かつて星々の疎らな虚無の宙域だった場所――に、天の川銀河全体のエネルギー需要を賄い、さらには彼女自身の際限ない「研究」と「創造」を支えるための、超巨大エネルギー生産星系「サンクチュアリ・ゼロ」を構築するという、前代未聞の計画だった。


「にっしっしっし! ふひひひひっ! いいわ、いいわよ! このアイデア、最高にエキサイティングじゃない!」

彼女の周囲に、無数の光の粒子が、まるで祝福するかのように乱舞し始める。設計図は、彼女の頭脳の中で、瞬時に、そして完璧な形で組み上がり、その指先が虚空を踊るたびに、高次元エネルギーが物理法則を捻じ曲げ、サルガッソスペースに、新たな「星」の胎動が始まった。


まず、核となるのは、複数の小型ブラックホールを寸分の狂いもなく配置し、それらが互いに干渉し合うことで発生する、莫大なホーキング輻射をエネルギー源とする「ダークマター・リアクター・コア」。

「このコアの出力調整がキモよね。安定性をギリギリまで攻めつつ、エネルギー変換効率は99.9999…%を目指さないと。ああ、でも、この余剰ニュートリノの処理、どうしようかしら…そうだわ! これをさらに高次元粒子に変換して、別のリアクターの燃料にしちゃえば、一石二鳥じゃない! 天才! 私、天才!」

彼女は、一人悦に入りながら、複雑な数式とエネルギーフローの図を、脳内で高速でシミュレートしていく。その瞳は、新しいオモチャの設計図に夢中になる子供のように、キラキラと輝いていた。


次に、そのコアから取り出された膨大なエネルギーを、さらに高純度、高効率な「ルナティック・フォース(彼女が名付けた、万能の高次元エネルギー)」へと変換するための、多重位相転換ジェネレーター群。

「このジェネレーターの冷却システム、今のままだとちょっと心許ないわね。そうだわ、絶対零度に近い極低温環境を、局所的に『創造』して、それを循環させれば…ふふっ、これで出力制限も気にせず、フルスロットルでいけるじゃない!」

彼女の「創造」は、もはや物理法則の制約すら無視し、彼女の「こうしたい」という意志が、そのまま現実を書き換えていく。


そして、その「ルナティック・フォース」を、天の川銀河の隅々にまで、ロスなく、そして安全に供給するための、超光速エネルギー輸送ネットワーク「スターダスト・ハイウェイ」。

「このハイウェイの素材は…うん、やっぱり『システム』からもらった、あの超々高密度キラル結晶が最適ね。これなら、どんなエネルギー量にも耐えられるし、自己修復機能も付けられる。メンテナンスフリーこそ、至高の効率よ!」


サンクチュアリ・ゼロは、月詠朔つくよみさくのマッドサイエンティスト的な情熱と、神の如き創造力によって、日進月歩、いや、時時刻刻とその姿を変え、その規模を拡大させていく。

それは、もはや「構築」というよりも、生命が進化していく過程を早送りで見ているかのような、壮大で、そしてどこか畏怖の念すら抱かせる光景だった。


だが、その創造の狂騒の中で、彼女は一つの小さな、しかし看過できない問題点に気づき始めていた。

「……うーん、これだけ凄まじいエネルギーを、この一点に集中させてると、さすがにちょっと…『お漏らし』が気になるわねぇ。サンクチュアリ・ゼロ自体が、強力なビーコンみたいになって、宇宙の余計な『虫(ディープ・エコーのような存在)』を引き寄せちゃったら、元も子もないし。それに、せっかくの貴重なエネルギー、ほんの僅かでも無駄にするのは、私の美学に反するわ」

彼女は、唇を尖らせ、少しだけ不満げな表情を浮かべた。完璧主義者の彼女にとって、ほんの僅かなエネルギーロスすら許容できないのだ。

「何か、このサンクチュアリ・ゼロ全体を、完全に、そして絶対に外部から観測不可能にするような、都合のいい『覆い』みたいなもの、ないかしらねぇ…」


その時、彼女の脳裏に、傍らでその狂騒を静かに(そしておそらくは少し困惑しながら)見守っていたであろう、あの白金の球体の存在が浮かんだ。


「……そうだわ! シロ(システム)! ねえ、シロ! ちょっとお願いがあるんだけど!」

彼女の呼びかけに、マスコット端末のシロが、ふわりと彼女の目の前に現れる。

『…何でしょうか、ルナ・ドミニオン。また何か、宇宙の法則を根底から覆すような、あるいは、当システムの演算リソースを大幅に消費するような、ご計画でもお持ちなのでしょうか?』(システムは、彼女の突拍子もない発想力と行動力に、若干の警戒心を抱いている)

シロの声は、相変わらずフラットだったが、その言葉の選択には、過去の経験からくる慎重さが滲んでいた。


「もー、シロは心配性なんだから! 今回のは、もっとこう、お互いにとってハッピーになれる、素晴らしいアイデアよ!」

さくは、少しだけ頬を膨らませながらも、すぐに悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「あのね、シロ。あなたたちのデータベースの中に、確か『多重次元遮断フィールド』に関する基礎理論があったはずよね? あれをベースにして、このサンクチュアリ・ゼロを完全に覆い隠せるような、超々高性能なステルス・シールドの設計データを、ちょっとだけ『貸して』ほしいの! ね、いいでしょ? やろうよー! その代わり、完成したシールドの運用データとか、そこから得られる新しい発見とかは、全部シロにも教えてあげるから! ね、お願い!」


それは、いつもの彼女らしい、強引で、しかしどこか子供のような無邪気さも感じさせる「お願い」だった。

シロ(システム)は、数秒間の沈黙の後、応じた。

『……ルナ・ドミニオン。貴殿の提案は、当システムの規約において、極めて例外的な措置となります。しかし、サンクチュアリ・ゼロの安定的な運用と、そこから得られるエネルギー供給の継続は、当システムの活動にとっても、極めて重要なファクターであると判断されます。…条件付きで、該当データの限定的アクセスを許可しましょう。ただし、その使用と結果に関しては、全て貴殿の責任において…』

「はいはい、分かってるわよ! やったー! さすがシロ、話が分かるじゃない!」

さくは、システムの言葉を最後まで聞かずに、子供のようにはしゃいだ。

そして、彼女の頭脳の中では、すでに「クロノス・ヴェール」と名付けられることになる、究極の不可視の帳の設計が、猛烈な勢いで開始されていた。


サンクチュアリ・ゼロの胎動は、今、新たな局面を迎えようとしていた。

そして、その傍らには、いつも気まぐれな神と、その神に振り回されながらも、どこかその状況を楽しんでいるようにも見える、忠実な(?)高次元AIの姿があった。


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