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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
【side story】深淵からの使者、あるいは厄介な火種
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第四話:先鋒の任と天の川への帰還(恐怖と共に)


グランド・アドミラル・ドン・ヴォルガによる天の川銀河遠征の号令は、瞬く間にギャラクティック・アウトローズ・ユニオン銀河の全星系、星雲、およびその支配下に置かれた星々にまで伝播した。極天城は、新たな「シマ」拡大への期待と興奮に沸き立ち、各星系の腕利きの神々が、我こそはと名乗りを上げて集結し始めた。

その喧騒の中で、ディープ・エコーは、ドン・ヴォルガ直々の「神命」により、編成される先遣の神柱しんちゅうたちの「先駆け」という、名誉であり、同時に極めて危険な任を拝することとなった。


「ディープ・エコーよ。貴様には、この星系の精鋭百柱と、小型次元哨戒艇三隻を与える。これらを率い、天の川銀河へと先行し、かの『月の女神』の動向、及び、銀河内のエネルギー資源の詳細な情報を収集し、逐一我らに報告せよ」

ドン・ヴォルガの言葉は、簡潔だが、有無を言わせぬ重みを持っていた。

与えられた「精鋭百柱」とは名ばかりで、その実態は、ディープ・エコーの能力を測り、そして何よりも彼を監視するための、ドン・ヴォルガ直属の「目付け役」のような神々だった。艦艇も、長距離の次元航行に最低限必要な機能を備えただけの、いわば使い捨ての偵察艇に過ぎない。

それは、ドン・ヴォルガからの、暗黙の「支援」であり、同時に「まずは貴様の忠誠と手腕を見せてもらおうか」という、冷徹な試金石でもあった。


(……これが、宇宙大総帥の「支援」か。実質、丸裸で敵地に放り込まれるようなものではないか…! だが、ここで弱音を吐けば、即座にこの首が飛ぶ…!)

ディープ・エコーは、内心で悪態をつきながらも、恭しく頭を下げた。

「はっ! ドン・ヴォルガ様のご期待に沿えるよう、このディープ・エコー、粉骨砕身、任務を遂行いたします!」

その声は、勇ましさを装ってはいたが、その奥には、再びあの恐るべき「月の女神」と対峙しなければならないという、拭いきれない恐怖が滲んでいた。


数日後。

ギャラクティック・アウトローズ・ユニオンの技術によって安定化・大型化された「ディメンション・ワームホール」のゲートが、極天城の眼前に開いた。その暗黒の裂け目の向こう側には、ディープ・エコーにとって悪夢の記憶が刻まれた、天の川銀河の星々が不気味に輝いている。

「行け、ディープ・エコー。貴様の働き、期待しておるぞ」

ドン・ヴォルガの、どこか楽しげな声に見送られ、ディープ・エコーは、与えられた百柱の神々と三隻の哨戒艇と共に、再び天の川銀河へとその身を投じた。


ワームホールを抜けた先は、天の川銀河の外縁部に位置する、星間物質の比較的薄い、しかし以前の彼が知る天の川銀河とは明らかに異なる「雰囲気」を纏った宙域だった。

(……む? 何か…妙だな。私がいた頃とは、銀河全体のエネルギーの流れが、わずかに、しかし確実に変わっている…? これは、単なる自然現象ではない。何者かの意思が介在している…? まさか、あの月の女神か…!?)


ディープ・エコーは、率いる哨戒艇に厳重な警戒態勢を敷かせつつ、慎重に周囲の探査を開始した。

すると、彼の感覚器が、以前には存在しなかったはずの、人工的な構造物群を、銀河の広範囲に渡って断続的に捉え始めた。それは、様々な星系や星雲の境界付近に配置された、比較的小規模な観測ステーションや、自動化された防衛プラットフォームのように見えた。その一つ一つは、ディープ・エコーが単独で対処できないほどの脅威ではない。しかし、それらが銀河全体を網羅するように、極めて広範囲に、かつ巧妙な配置でネットワークを形成している様子は、彼に言いようのない不気味さと、そして底知れない「何か」の存在を感じさせた。


(……なんだ、これは…!? 私がいた頃には、こんなものは影も形もなかったはずだ。あの月の女神め、私がいない間に、こんな悪趣味で面倒な監視網を、銀河全域に張り巡らせていたというのか…? 一つ一つは取るに足らぬが、この数と配置…まるで、銀河全体が巨大な蜘蛛の巣にでもなったかのようだ。そして、その巣の主は、一体どこに潜んでいる…?)


ディープ・エコーは、その広大すぎる監視網を前に、どこから手をつけて良いのか、一瞬途方に暮れた。彼の哨戒艇が、どれだけ巧妙に航行しようとも、このネットワークの「目」から完全に逃れることは不可能に思えた。

そして、彼がまだ気づいていない、この監視網のさらに奥深く、宇宙の法則すら捻じ曲げる「クロノス・ヴェール」によって完全に隠蔽された「サンクチュアリ・ゼロ」が、今この瞬間も、天文学的な量のエネルギーを静かに、しかし確実に生産し続けていることなど、想像も及ばない。彼が今、その末端で感知している微弱なエネルギー反応や、巧妙に配置された観測・防衛システムは、その「サンクチュアリ・ゼロ」が生み出すエネルギーの、ほんの氷山の一角の、さらにその先端に過ぎないのだ。


(……厄介なものをこしらえてくれたものだ。この監視網は、明らかに我々を警戒し、そして誘い込もうとしている。だが、ドン・ヴォルガ様とその本隊が来れば、この程度の防衛ラインなど、物の数ではあるまい。よし、まずはこの監視網の規模と、その弱点となりそうな箇所を正確に把握し、ドン・ヴォルガ様に報告だ。そして、あの月の女神の居場所を突き止めねば…! この監視網のどこかに、必ず彼女の痕跡があるはずだ!)


ディープ・エコーは、目の前の「見える範囲」の脅威に対しては、まだ楽観的な見通しを(必死に)保とうとしていた。彼の想像を遥かに超える「真の脅威」が、この銀河のどこか、決して彼には到達できない聖域に潜んでいることにも気づかずに。

彼の、天の川銀河における「先駆け」としての任務は、開始早々、広大すぎる監視網と、そして己の認識の甘さという、二重の困難に直面していた。

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