第三話:極天の謁見と侵略の狼煙
鉄腕のバルガスの艦隊は、ギャラクシー・ギルドニアの星々を縫うように航行し、やがて銀河の中心領域へと到達した。そこは、無数の星々が密集し、強大なエネルギーが渦巻く、まさに神々の座に相応しい宙域だった。そして、その中心に鎮座していたのが、ギャラクティック・アウトローズ・ユニオンの本拠地――黒鉄の巨星をくり抜いて建造されたという、移動要塞惑星「極天城」だった。
その威容は、ディープ・エコーの想像を遥かに超えていた。惑星そのものが一つの城塞と化し、その表面には無数の砲台やエネルギーシールド発生装置が林立し、絶え間なく宇宙空間を監視している。そして、その城門からは、ギャラクティック・アウトローズ・ユニオンに所属するであろう、様々な姿形をした神々が、それぞれの星系から貢物や報告を手に、絶え間なく出入りしている。その一人一人が、バルガスに匹敵する、あるいはそれ以上の強大な気配を放っており、ディープ・エコーは、自分がどれほど矮小な存在であるかを改めて思い知らされた。
バルガスに促されるまま、ディープ・エコーは極天城の内部へと足を踏み入れた。そこは、まるで神話の世界に迷い込んだかのような、荘厳で、しかしどこか荒々しい雰囲気に満ちた空間だった。巨大な柱が天へと伸び、壁には歴代の勇猛なる神々の武勲を称えるレリーフが刻まれ、そして、廊下の至る所には、屈強な衛兵神たちが、鋭い視線を光らせて立っている。
やがて、彼らは、極天城の中枢に位置する、途方もなく広大な「大謁見の間」へと辿り着いた。
その空間は、まるで宇宙そのものを切り取ってきたかのように、天井には無数の星々が本物のように輝き、床には銀河の渦を模した巨大な紋章が描かれている。そして、その広間の最も奥、一段と高くなった玉座には、このギャラクティック・アウトローズ・ユニオンの頂点に君臨する存在――宇宙大総帥、グランド・アドミラル・ドン・ヴォルガが、泰然自若として座していた。
ドン・ヴォルガの姿は、威圧感そのものだった。その巨躯は、並の神々を遥かに凌駕し、その身に纏う豪奢な神衣は、まるで宇宙の暗黒と星々の輝きを織り交ぜたかのように、神秘的な光を放っている。その顔には、長きにわたる戦いと統治の歴史が深く刻まれ、双眸は、全てを見透かすかのような、しかしどこか楽しげな光を宿していた。そして、その傍らには、細身で知的な雰囲気を漂わせる、しかし油断ならぬ鋭気を感じさせる神――ギャラクティック・アウトローズ・ユニオンの若頭にして、稀代の戦略家と噂される「智略のギデオン」が、静かに控えていた。
広間には、バルガスをはじめとする、組織の最高幹部たちが数十名ほど居並び、その全員が、ディープ・エコーの登場を、固唾を飲んで見守っている。
「――ドン・ヴォルガ様。異銀河からの流れ者、ディープ・エコーを連れて参りました」
バルガスが、恭しくドン・ヴォルガに報告する。
「うむ、ご苦労だった、バルガス」
ドン・ヴォルガの声は、地響きのように低く、しかし広間全体に響き渡った。その声には、絶対的な自信と、そして揺るぎない権威が宿っている。
「さて、貴様が、天の川銀河とやらから逃れてきたという、ディープ・エコーか。顔を上げ、こちらを見よ」
ディープ・エコーは、震える体を必死で抑えながら、ゆっくりと顔を上げた。そして、ドン・ヴォルガの姿を視界に捉えた瞬間、その魂は、まるで氷塊に叩きつけられたかのような衝撃を受けた。
(……だ、ダメだ…! これは…次元が違う…! バルガスですら、この御方の前では赤子同然ではないか…! 抵抗など、考えることすら烏滸がましい…! 逆らえば、一瞬で存在を抹消される…!)
本能的な恐怖が、彼の思考を支配する。生き残るためには、ただひたすらに、この絶対者のご機嫌を損ねないように振る舞うしかない。
「ディープ・エコーとやら。その天の川とかいうシマの話、詳しく聞かせてもらおうか。嘘偽りなく、ありのままをな。もし、我らを欺くようなことがあれば…どうなるか、分かっているな?」
ドン・ヴォルガの言葉は、穏やかでありながらも、その奥に隠された冷徹な意思を感じさせた。
ディープ・エコーは、もはや何の小細工も通用しないことを悟り、必死に、そして誠実に(少なくとも表面上は)天の川銀河の状況を語り始めた。
あの忌まわしき「月の女神」の、常軌を逸した力。彼女によって、いかに「侵食因子(コードネーム:亜)」の勢力が蹂躙され、そして自分がいかに命からがら逃げ延びてきたか。
だが、彼はそこで終わらなかった。
「…しかし、ドン・ヴォルガ様! あの天の川銀河は、確かに『月の女神』という厄介な存在がおりますが、それ以外の神々は未熟で、星々のエネルギーも、まだほとんど手つかずの状態でございます! あの銀河は、まさに未開の荒野! もし、ドン・ヴォルガ様のような、宇宙に冠たる偉大なるお方がその御手を伸ばされれば、必ずや、あの銀河はギャラクティック・アウトローズ・ユニオンの新たな、そして最も豊かなるシマとなることでしょう! このディープ・エコー、その水先案内として、我が身命を賭してお仕えする所存にございます!」
それは、絶体絶命の状況で彼が絞り出した、起死回生を狙った、魂からの(そして打算に満ちた)叫びだった。
ドン・ヴォルガは、ディープ・エコーの話を、腕を組んだまま静かに聞いていた。傍らの若頭ギデオンは、時折、興味深そうに頷いたり、あるいは鋭い視線をディープ・エコーに向けたりしている。
広間は、重い沈黙に包まれていた。
やがて、ドン・ヴォルガは、ふっと息を吐き、そして、玉座に深く身を沈めた。
そして、次の瞬間。
「――クックックッ…カカカカッ!面白い!実に面白いではないか、ギデオンよ!」
ドン・ヴォルガの、腹の底からの豪快な笑い声が、大謁見の間に響き渡った。その笑い声は、まるで宇宙の法則そのものが歓喜しているかのような、圧倒的な力強さを持っていた。
「久しく、これほどまでに血が騒ぐ話は聞いておらなんだわ! 未開の銀河! 手つかずのエネルギー! そして、我らに牙を剥くやもしれぬ『月の女神』だと? 上等ではないか! 我らギャラクティック・アウトローズ・ユニオンの武威を、その未開の地に轟かせてくれるわ!」
ドン・ヴォルガは、玉座から立ち上がり、その巨躯を天に伸ばすかのように高らかに宣言した。
「全組員に触れを出せ! これより、天の川銀河への遠征を開始する! 各星系の腕利きの神々を選抜し、最強の先遣艦隊を編成するのだ! 目指すは、新たなシマの開拓と、そして、そこに眠る無限の可能性よ!」
その言葉に、広間にいた幹部たちも、一斉に雄叫びを上げた。彼らの瞳には、新たな戦いへの期待と興奮が燃え盛っている。
そして、ドン・ヴォルガは、再びディープ・エコーへと視線を向けた。その瞳には、試すような、そしてどこか楽しげな光が宿っている。
「ディープ・エコーとやら。貴様の働き、見事であった。褒めてつかわす。そして、貴様には、その先遣艦隊の先鋒を命じる。我らが切り開く新たな道の一番槍として、その手で手柄を立ててみせよ。成功すれば、このギャラクティック・アウトローズ・ユニオンにおいて、それ相応の地位と名誉を約束しよう。だが、もし、しくじったり、あるいは我らを裏切るようなことがあれば…その時は、貴様の魂ごと、この宇宙の塵にしてくれるわ! 分かったな!」
その言葉は、ディープ・エコーにとって、まさに天国と地獄だった。
「は、ははーっ! このディープ・エコー、グランド・アドミラル・ドン・ヴォルガ様のため、そして偉大なるギャラクティック・アウトローズ・ユニオンのため、我が魂の一片までも捧げ、必ずやお役に立ってご覧にいれまする!」
ディープ・エコーは、床に額を擦り付け、必死に忠誠を誓った。その内心は、恐怖と安堵、そしてほんの少しの野望が入り混じった、複雑な感情で満たされていた。
(うわぁぁぁ、とんでもないことになっちゃったぞ…! まさか、本当に天の川銀河に攻め込むことになるなんて…! でも、こうなったらやるしかない…! あの月の女神に一泡吹かせて、そして、このギャラクティック・アウトローズ・ユニオンの中で、俺は必ずのし上がってみせる…!)
こうして、宇宙大総帥ドン・ヴォルガの鶴の一声により、ギャラクシー・ギルドニアの神々による、天の川銀河への侵攻が決定された。
それは、二つの銀河の運命を大きく揺るがす、壮大な戦いの序曲。
そして、その最前線に立たされることになったディープ・エコーの、波乱に満ちた物語の、新たな一章の始まりでもあった。