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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
第七章 銀河の揺りかご、あるいは神々の工房

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【side story】 特命全権大使の長い一日と、頼もしき(?)部下たち


月詠朔つくよみさく――ルナ・サクヤとの「お茶会」から数日。

小野寺拓海おのでらたくみは、首相官邸の自室で、目の前に積み上げられた、あまりにも性質の異なる二つの「神案件」に関する資料の山を前に、もはや日課となった深いため息をついていた。

一つは、ルナ・サクヤから「神託」として提示された、「ファンタジーゾーン・フェーズ2」の初期構想案と、それに関する膨大な参考データ(主に、システム経由で送られてきた、異世界のゲームバランス調整資料や、モンスター生態系のシミュレーション結果のようなものだった)。

もう一つは、同じく彼女から「国家の威信をかけた最重要任務」として(半ば冗談めかして)託された、「神域内・草原のテラスカフェ」専属パティシエ及び料理人の候補者リストと、その選考基準(という名の、ルナ・サクヤの個人的な好みと、時折混じる「宇宙的インスピレーション」に基づく無茶振り)が記されたメモ。


(……私は一体、内閣府の役人なのか、それとも異世界ゲームのプランナー兼、神様の専属コンシェルジュなのだろうか…)

小野寺は、こめかみを押さえた。最近、このフレーズが口癖になりつつある。

だが、彼も一人でこの途方もない業務を抱え込んでいるわけではなかった。彼の元には、政府内から選りすぐられた(あるいは、その奇抜な任務内容ゆえに、他部署から押し付けられたとも言える)、少数精鋭の部下たちが配属されていたのだ。


「小野寺特命大使、おはようございます! 本日の『ルナ・サクヤ様ご機嫌麗しゅうパフェ』の試作品、第一弾が到着しております! 今回のテーマは『銀河の夜明けをイメージした、七色のジュレと星屑のトッピング』だそうですよ! 早速、試食の準備を!」

執務室に飛び込んできたのは、明るく溌剌とした声と共に、小野寺の秘書官の一人、陽気ひなたひかりだった。小柄で可愛らしい容姿に、常に笑顔を絶やさない彼女は、主にルナ・サクヤの「おやつ案件」と「神域カフェ運営準備」を担当している。その手には、いかにも高級そうな保冷バッグが握られており、中からは甘い香りが漂ってくる。

「ひ、陽気君、朝から元気だね…。それはありがたいが、まずは今日の国際会議のブリーフィング資料の確認を…」

「だーめですよ、小野寺さん! ルナ様案件は何よりも優先です! 神様のご機嫌を損ねたら、地球の明日がどうなるか分かりませんからね! ささ、こちらへ!」

ひかりは、小野寺の抗議などどこ吹く風とばかりに、テキパキと試食の準備を始める。彼女は、この「神のおやつ担当」という前代未聞の任務に、妙な使命感と、そして何よりも純粋な楽しさを見出しているようだった。目指すは「パティシエ選抜 ルナ・サクヤカップ」の開催と、そこでグランプリに輝くであろう究極のスイーツの完成だ。そして、その過程で、この真面目で少し不器用な上司との距離が、ほんの少しでも縮まればいいな、なんて淡い期待も抱いていたりいなかったり。


「…ったく、朝から甘ったるい匂いをさせやがって。こっちは、ドラゴンのブレス対策と、ミノタウロスの迷宮のトラップ配置で頭がいっぱいなんだぞ」

ひかりの背後から、低い、しかしどこか優しげな声がした。執務室の隅のデスクで、巨大なホログラムモニターと格闘していたのは、小野寺のもう一人の腹心、熊井くまいいわおだった。その名の通り、熊のように屈強な体躯と、一見すると強面な風貌は、ファンタジーゾーンの最前線でモンスターと渡り合っても遜色なさそうだが、その実、彼は極めて温厚で、そして子供好きというギャップの持ち主だった。(見た目で損をしている、と周囲からはよく言われる)

彼の担当は、もちろん「ファンタジーゾーン・フェーズ2」の具体的な計画立案と、その安全管理体制の構築。元自衛隊の特殊部隊出身という経歴と、意外なほどの緻密な分析能力が買われ、この人選となった。

「熊井君、例の『エンシェント・ドラゴンズ・ネスト』の生態系シミュレーション、進捗はどうだ? ルナ・サクヤ様からは『ただ強いだけじゃつまらない。ちゃんと弱点と、攻略のためのヒントも用意しておくように』と、また無茶な…いや、高度なご指示があったが」

小野寺が尋ねると、熊井は大きなため息をついた。

「…それがですね、大使。ルナ様の『ヒント』が、あまりにも詩的というか、哲学的というか…。『ドラゴンの逆鱗は、月光を浴びた乙女の涙で清められた聖剣でのみ貫ける…ただし、その乙女が真実の愛を知らなければ、聖剣はただの鉄クズに還る』とか、本気で言ってるんですかね、あのお方…」

「……だろうね。彼女の『お遊び心』には、いつも驚かされるよ…」

小野寺と熊井は、顔を見合わせ、再び深いため息をついた。この神様、絶対に地球のRPGをやり込んでいるに違いない。


「まあまあ、お二人とも! 難しい顔ばかりしてると、眉間にシワが寄っちゃいますよ? ほら、熊井さんも、この『星屑シュークリーム』、一口いかがです? きっと、ドラゴンの鱗くらい、サクサク攻略できるアイデアが浮かびますって!」

ひかりが、お皿に乗せた試作品のシュークリームを、熊井の大きな手のひらに乗せる。

「…お、おう。すまんな、ひかりちゃん」

熊井は、少し照れたようにそれを受け取ると、大きな口で頬張った。その瞬間、彼の強面が、ほんの少しだけ綻んだのを、小野寺は見逃さなかった。

(…まあ、こんな風に、それぞれの得意分野で助けてくれる部下がいるだけでも、私は幸運なのかもしれないな。たとえ、その仕事内容が、常識の斜め上を行っていたとしても…)


「さて、ひかり君。その『銀河の夜明けパフェ』の評価レポートは、後でしっかり目を通させてもらうとして…熊井君、例の『冒険者ギルド設立準備委員会』の各国代表者会議、今日の午後だったね。議題は、初期のクエストランク設定と、新人冒険者への訓練プログラムについてだ。特に、能力者と非能力者の混成パーティーにおける連携戦術の標準化は急務だ。ファンタジーゾーンは、決して安全な場所ではないのだから」

小野寺は、気を取り直し、それぞれの案件に指示を出す。

彼の頭の中では、神の気まぐれな要求と、地球の現実的な問題が、常に目まぐるしく交錯している。


「はい、承知いたしました! 会議資料、完璧に準備しておきます! あ、それと小野寺さん、今日のネクタイ、春らしくて素敵ですね!」

「…うむ。ギルドの規約案、最終チェックしておく。それと、ひかりちゃん、そのパフェ、俺にも後で一口…いや、全部食わせてくれ」

ひかりの明るい声と、熊井のぶっきらぼうだが頼りになる声が、執務室に響く。

その様子を、小野寺は、どこか温かい気持ちで見守っていた。

(……ルナ・サクヤ様は、確かに気まぐれで、そしてとてつもない力をお持ちだ。だが、彼女がもたらしたこの『変革』は、決して悪いことばかりではないのかもしれない。少なくとも、こうして、立場や能力を超えて、皆が同じ目標に向かって必死に努力しているのだから)


特命全権大使の長い一日は、今日もまた、ケーキとドラゴンと、そして頼もしき部下たちの笑顔(と、時折見せる変人っぷり)と共に、慌ただしく過ぎていくのだった。

そして、その全てを、遥か彼方の「神域」から、一人の孤独な神様が、ほんの少しだけ楽しそうに(そして、次のおやつのことを考えながら)見守っていることを、彼らはまだ知らない。


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